第32話 闇の中
さて、どうするか。俺の攻撃では、狙ったところであの龍には当たらないだろう。かといって一帯に超重量の魔力を使うには魔力の放出量が足りない。敵の出方が早過ぎた。
「キヨスミ君、私たちが時間を稼ぐわ。準備ができたら合図して。行くわよ!インドラ!!」
「了解した」
二人が前に出る。あの龍を前に恐れることもない。
……普段の様子から忘れがちだが、サクラは最強の魔術師。そしてインドラは魔王軍五大将。一瞬で状況を把握し、最善手を取る。俺にも異論はない。おそらくそれが、最も効率的だ。俺は魔力の放出を続ける。
サクラとインドラは、手始めに敵に向けて水魔法を放つ。サクラは知っていたが、インドラのレベルも遜色ない。極限まで圧縮された水流は、当たればレーザーの如くあらゆる物を貫く。はずだった。
……龍は避けない。水魔法は龍の胸と額に着弾した。しかし、それらは鱗に弾かれる。傷一つ付かない。
「な……」
「馬鹿な……」
……硬すぎる。
驚愕。二人とも、避けられることは想定していただろう。しかし、直撃して無傷など、誰が想像できる。
「インドラ、炎、行けるかしら」
「勿論だ」
水が駄目なら熱。いかに装甲が厚かろうが中身は生物。焼かれれば、それで終わりだろう。
「燃えつきろぉぉぉおおおおおお!!!」
自信のある水魔法が効かなかったことが堪えたのか。らしくなく叫ぶサクラ。正しく全力。インドラの火力も合わせれば、例えどんな生物が相手だろうが一瞬で骨まで炭にするであろう熱量。離れている俺にまで届く熱波。
しかし……。
一振り。龍はその尾で、炎を吹き飛ばす。
「これは、ちょっとヤバいわね……」
「……サクラ、雷魔法を」
インドラが足止めの為に氷魔法を使う。辺りが氷で覆われる。
龍が、前に出る。マッチ棒でも折るかのように、氷を砕く。インドラは次々と氷を生成していくが、龍の破壊の方が早い。
インドラは短刀を抜き、自身に電気魔法を掛ける。
自身と敵を隔てる最後の氷を龍が破壊すると同時に、龍に斬りかかる。
キィン!
首筋を狙った短刀はしかし、龍の首で止まる。
狙いは切断ではない。すかさず電気魔法を敵に流すインドラ。
「……ぐおぉぉあぁぁぁああ"ああ"!!!」
龍の咆哮。インドラは咄嗟に両腕でガードし、後方へ回避。電気で若干動きの鈍った龍の拳がカスる。それだけで、短刀諸共インドラの腕は砕け、壁に叩き付けられる。
「……ガッ!」
ズルズルと、崩れ落ちるインドラ。
「……調子に、乗んなぁ!!!」
雷鳴。一面の白。雷は光速。確実に直撃する。
「そ、んな……」
……龍は無傷。尾を地面に突き刺さし、全てのエネルギーを大地に逃がしている。
龍は尾を引き抜き、サクラに肉薄する。……行くべきか?
「それなら……!!」
だが、サクラに焦った様子はない。世界最強の魔術師。サクラのそれは誇張ではない。龍に接近されたサクラは、自身に電気魔法を掛けて反応速度を上げる。風魔法を使って、敵の拳をほんの少し反らす。その拳を、氷魔法で覆った腕で滑らせる。触れた瞬間に電気魔法。そして、それらをこなしながら火炎魔法で敵を熱し続ける。
……凄いな。いくつもの魔法を同時に使っている。サクラの攻撃は致命打にはならないが、時間稼ぎには十分。あと少しで、俺の魔力も準備完了だ。……良し。
「サクラ!!もう離れ……!!」
一筋の水流。桜の脚を、それが貫く。隻腕の、獅子……。亜獣種はそのレベルの魔法は使えないはずじゃ……。
それでも、通常のサクラならばその魔法が当たる事は無かっただろう。龍との命懸けの戦闘。極限の集中。俺の掛け声によって、それが解かれた瞬間を狙われた。
サクラの体勢が崩れる。電気魔法による龍の痺れはすぐに解ける。このままでは、サクラは死ぬ。
だが……、どうだろう。龍を倒した後、ここから先、魔王までの道中にそれ以上の敵はまず現れないだろう。道案内のインドラは生きている。サクラは必要ない。放っておけばサクラは死ぬ。なら、今サクラごと龍を圧殺するのが、最も確実な手段。俺は既に、数え切れない数の人間を殺している。これから更に亜獣種も殺す。今さら一人増えた所で。どうせ俺は元の世界に戻る。だから、関係ない。気に病む必要はないし、俺にそんな正義はない。
なのに、なんで……。
優しく、背中を押されたような感触があった。
体は、俺の意思に反して龍とサクラの間に割って入る。非合理だ。俺が死んだら、それこそ終わりなのに。
全てがスローモーションに見える。
龍が右腕を振りかぶる。俺は左腕でガードすると共に、サクラを突き飛ばす。
龍の攻撃は、俺の左腕を粉砕すると共に、俺の胴体に風穴を空ける。
クソが。痛みすら分からない。脳が痛みを誤魔化す。致命傷。
「うぉぉぉぉぉおおおおああああ!!!」
俺は、俺の中を通る龍の腕に向けて、体内の魔力を一気に電気に変換して放つ。
俺と龍の体に電撃が走る。
「……………!!!!」
俺の血で濡れた龍の腕。さぞ、電気が流れ安いことだろう。龍の動きが、止まる。
……良いね。予定とは少し変わったが、これなら避けようがないだろ?
電気魔法で無理やり右手を龍の頭上にかざし、直接、超重量の魔力を落とす。
重さは、力だ。如何に装甲が厚かろうが、質量操作を掛けた魔力の粒子は、全てを貫く。
……魔力の量が少なかったからだろうか。龍の原型は残ったままで、ただ動かなくなった。
俺も限界だ。腹には龍の腕が刺さったまま。いや、まだだ。隻腕の獅子と魔物を殲滅しないと。サクラ一人ではキツいだろう。問題ない。魔力は十分に満ちた。
「……どうした!?龍の勇者よ、何故動かない!?」
もう、死んでるからな。混乱してるのか。そりゃそうか。隻腕の獅子から見たら、龍がやられた意味が分からないだろう。
安心しろ。痛みなんて感じる間も無く、お前も死ねる。
……お前らの物語は、ここで終わりだ。
そして俺は、前方に見える全ての生物を圧殺した。
「……おぇぇぇぇえええ。……魔法で痛みの神経を遮断してくれるのは、本当に有り難いんだが、もう少しこう、優しく抜けないのか?絵面だけでショック死しそうなんだが……」
「しょうがないじゃない。この腕、鱗が反しになってて抜きづらいのよ!贅沢言わないで!下手に残したまま回復しちゃったらキヨスミ君、一生半身不随よ!嫌なら目、瞑ってて!」
……確かに。思いっきり腹貫かれて、背骨までやられてる。実際、下半身の感覚はない。うっ。また気持ち悪くなってきた……。
「サクラよ、ならば龍の腕を切断してだな、押し込む方向ならば簡単に抜けるのではないか?」
「なるほど……。冴えてるわね、インドラ!じゃ、切断よろしく!」
「了解した」
了解した。じゃねぇわ。普段通り過ぎてムカつくわ。
ちなみにインドラは自分で自分の傷を治していて、もう完治している。他の魔法もそうだったが、やはり五大将というだけあってレベルが高い。普通に白兵戦もしていたし。
で、龍の腕は綺麗に抜けて、俺の体も元通り。……いや、マジで良かった。
「さて、獣神も倒した事だし、龍の集落に帰りましょう?」
「……いや。亜獣種の生き残りが残ってる」
俺が獣神と魔物を殺した後、兵士と思われる何人かの亜獣種が攻めてきた。それらはインドラが始末してくれたが、この居住区に避難してきたはずの亜獣種はまだ片付けていないし、居住区から逃げている亜獣種もいるかもしれない。
「……ねぇ、キヨスミ君。もう、止めようよ。目的は達成したんだからさ」
「……言ったろ。エヴァは俺が殺したようなものだ。彼女がやろうしていたことは、俺がやる。亜獣種を全滅させれば、二度と転生者は現れない。龍種が危険に晒されることもない」
そうでなければ、エヴァが浮かばれない。
「キヨスミ君がやらなくても、龍種がやるわよ。……殺したくないでしょ?あなた、優しいもの。途中の亜獣種が避難していたことを知ってホッとしてた。私の事も助けてくれた。そして今、これからしようとしている事で、顔を青くしてる」
……優しいとかじゃない。嫌な事から逃げているだけだ。
サクラの言うことは尤もだ。確かに俺がやらなくても龍種がやるだろう。だが、この状況を作り出したのは俺だ。どちらにせよ亜獣種は死ぬ。だったら、俺がやる。
「……時間は掛からない。奴等は下にしか逃げられない。この居住区を更地にした後、下層を丸ごと土魔法で塞ぐ。仮にそれで生き残れても、永遠に闇の中だ」
俺は最後の居住区を潰す。相変わらず殺したという実感は残らない。元からなかった、という印象に近い。地下を土魔法で埋めた時もそう。
だが、何だろう。気持ち悪い。
錯覚だ。俺には人の気持ちなんて分からない。はりぼての正義は壊れた。
……その、はずだ。
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