第31話 隻腕の獅子

 間に、合わなかった……?


 エヴァは、獅子の亜獣種の横で倒れている。そして今しがたコイツは、龍の女を殺した、と言った。


 いや、まだ分からない。戦いは、終わったばかりに見える。サクラなら、何とかできるかも知れない。


 今はただ、目の前の敵が邪魔だ。


 どうする?敵とエヴァが近すぎる。広範囲な技は使えない。かといって、アメノオハバリによる攻撃はまた避けられるだろう。……エヴァは別れ際、この敵には未来見えていると言った。だが、決して無敵な訳ではない。エヴァにやられている。例え見えていたとしても、敵を上回る速度で攻撃を行えば当たるのだ。敵は疲弊している。


 エヴァは言った。龍種はその筋肉の密度が高過ぎるため、魔力を使いづらいのだと。体の中を魔力が巡りにくいからだろう。


 エヴァに龍化の魔法を掛けられてから日が浅い。俺はまだ、完全な形で龍化の魔法を使うことはできない。だからこそ。


 半端な龍化状態なら、恐らく電気魔法が使える。加えて、敵の現状。今なら、俺の速度が上回るだろう。


 俺は全身に、不完全な龍化の魔法を掛ける。龍の集落を訪れた勇者が、一週間眠る事が出来なかったという激痛。それに加えて、電気魔法を通す。筋肉のリミットを外す。いつもなら再生の軽鎧を使いながらの使用だが、今は使えない。龍化が解けてしまう。タイムリミットはすぐにやってくるだろう。


「なんだそれは。そんなもので、私を倒せるつもりでいるのか?」


 俺は獅子の亜獣種に接近する。武器はいらない。エヴァから引き離せればそれで良い。何も考えず、殴りかかる。当たらない。逆に数発貰う。俺は気にせず、前に進みながらラッシュを続ける。敵の攻撃は、的確に俺を貫く。芯に響く。だが、前ほどの威力はない。立っているのもやっとなはずだ。この男の執念は……。


「サクラ!!!エヴァの回復を頼む!!!」


「任せて!」


 良し。エヴァとの距離は離した。後は……。


「インドラ!!援護を!!」


「了解した!!」


 俺の攻撃に合わせて、インドラが魔法を放つ。少しずつだが、俺の攻撃が通り始める。


 だが、慣れない龍化と電気魔法の使用により限界を越えた俺の肉体は、早々に悲鳴を上げ始める。敵の攻撃を貰い過ぎた。上手く呼吸が出来ない。動けなくなる前に、何としても仕留める。


「ぁぁぁあああああああああ!!!!」


 渾身の回し蹴り。それを避け切るだけの体力は、獅子の亜獣には残っていない。両の腕でガード。俺の脚、敵の腕、双方の骨が砕ける嫌な感触。獅子は吹き飛ばされる。同時に俺は水魔法を放つ。


 次郎。すまない。


 そう、聞こえた気がした。

 

 宙を舞う獅子が地に落ちる間際。俺は水魔法に質量操作を掛ける。


 轟音。辺り一体を揺らす振動。赤黒い水と、クレーターだけが残る。





 体中が痛い。脚が……。俺は痛みを堪えてエヴァの元へ。


「サクラ……。回復は……」


「……」


 エヴァの顔は綺麗で、安らかだった。……あの時の、イザナギさんと同じ。


「……まだ、治せるだろ?」


「……できない」


「……サクラ」


「もう、死んでる!!!」


 そん、な……。俺はまた、間違えたのか……。イザナギさんの時もそうだ。子供を殺すなというイザナギさんの制止を無視して、最初から魔族を皆殺しにすれば良かった。今回もそう。亜獣種は直接殺さない。そんな下らない事を言ってないで、一帯を超重量の魔力で潰せば良かった。獅子の亜獣種は、直近の未来しか見えていなかった。でなければ仲間を呼びに行く俺を逃がさないだろうし、瀕死の状態で俺達と対峙することもないはずだ。


 殺せたのだ。俺に覚悟があれば。


 居住区の亜獣種。敵の動きを止めて、エヴァに殺させる。どうせ、殺すのだ。だったら、なんで自分でやらなかった。イザナギさんに言われたから?だが、エヴァは全滅させると言った。それには当然、女子供も含まれる。俺はそれを止めることすらしていない。何の信念もない。ただ卑怯なだけ。


 俺の選択によって、誰かが死ぬ。それは、俺が殺した事と何が違う?


 魔王軍五大将の一人、アグニ。

 魔王軍の一般兵。

 魔王軍五大将の一人。名前も知らない。

 この居住区に住んでいた、半数以上の亜獣種。

 獅子の亜獣種。


 エヴァ。

 イザナギさん。


 何人、殺した。俺の、仮面は……。


 イザナギさんが肯定してくれた、偽りの正義の仮面。本当に、嬉しかった。だがやはり、弱さは罪なのだ。正しくあろうとする姿勢なんてのは所詮、言い訳。逃げているだけ。


 俺は、気付いてしまった。俺が積み上げてきた正しさに、価値はなかった。全部、間違っていたのだ。


 ……ああ。面倒だ。手遅れ。くだらない。もうどうでもいい。さっさと魔王を殺して、家に帰ろう。ああ、その前に獣神か。めんどくさい。無視して魔王城に行くか?龍の長が邪魔して来ても、別に殺せば良い。……いや。エヴァに、申し訳が立たない。なら……。


「……勇者よ。これからどうする?」


「エヴァが持っていた地図を辿って、亜獣種を皆殺しにする。予定を変更する必要はないだろう」


「お前、どうした?雰囲気が……」


「気にしないでくれ。さて、まずはこの居住区の残りだな。ちょっと魔力で満たすのに時間が掛かるから、サクラ、その間に回復を頼む」


 俺は早速、魔力の放出を始める。

  

「え?もちろん回復はするけど、皆、殺すの?」


「そりゃ、俺のせいでエヴァが死んだんだから、俺がやるだろ」


「……それはあなたのせいじゃない。そうじゃなくて……」


「じゃあ、代わりにお前がやってくれるのか?俺は別にどっちでも良い。俺がやるのが効率的だから、俺がやるだけだ」


「……分かった。じっとしてて」


 サクラに回復魔法を掛けられる。エヴァに掛けてもらった脚の龍化も含め、全身が通常の状態に戻る。それに伴って痛みも消えていく。


「インドラ、悪いけどエヴァの懐から地図を取り出して、読み込んでおいてくれ。ここから先のナビを頼む」


「あ、ああ……。了解した」


 回復が終わり、居住区に十分な魔力が満ちた後、俺は残りの亜獣種たちを圧殺した。




 それから俺たちは、インドラの誘導に従って道中の獣神の魔物を始末しながら、残りの居住区を廻る。単純作業だ。何て事はない。超重量の魔力で圧殺した後、その魔力で鉄を生成して蓋をするだけ。居住区に人が住んでいた形跡すら残らない。最初の居住区では亜獣種はテント状の家に住んでいたが、それごと潰すから本当に何も残らない。……簡単なこと。それなのに、俺は。


 エヴァがいないから、流石に元々想定していたよりも時間が掛かったが、次で最後だ。そこに獣神がいる。だが、やることは同じ。獣神の能力は魔物を生み出すこと。俺の能力の前になす術はないだろう。……仮に、あの獅子の亜獣種と同じ能力だとしても、関係ない。


 獣神の居住区。俺はそれまでと同じように、そこから少し距離を離した場所から、魔力の放出を始めようとする。前方から人の気配。


 隻腕の、獅子の亜獣種。……ああ、お前が、弟か。


「そこにいるのは分かっている。俺の能力は、魔物を造ることだけじゃない。造り出した魔物の位置も把握している。お前たちが、魔物を倒しながらここに近付いている事は手に取るように分かった。全員は無理だったが、居住区の仲間も避難させている。残念だったな」


 成る程。俺の殺し方では、敵の死を確認することもないからな。だが、逆に好都合。この場所に集結しているなら、ここを落とせばそれで終わりだ。漏らすこともない。俺は気にせず、魔力の放出を始める。少し、時間稼ぎでもするか。


「お前の兄に、お前の事を見逃してほしいと頼まれたんだが、どうする?」


「……人間?……まさか、お前も。……そうか。分かっていた。やはり、兄は……」


「あの獅子の亜獣は強かった。信じられない位に。お前は、兄よりも強いのか?そうでなければ、無駄死にするだけだぞ」


 どちらにせよ、逃がすつもりは無いが。


「……俺は弱い。だが、死ぬつもりもない。……本当は、これだけはしたくなかった。人を魔物にするなんてこと。生への冒涜だ。俺にもどうなるか分からない。そして、この手を使わないことは、兄の強さに対する信頼でもあった」


 ……何を言っている。第一、亜獣種を魔物にしたところでたかが知れているだろう。


 薄暗くて気付いていなかったが、隻腕の獅子の後ろには、氷に閉じ込められた人間。いや、あれは龍種、なのか?


「……龍の勇者。兄を圧倒した、真の龍。コイツを使って、俺はお前らを、龍の王を倒す。そして神に、兄を生き返らせて貰う。……神はこの世界を映画館だと言った。もしかしたら、俺の存在はただのデータなのかも知れない。それでも……!!!俺達の物語は、まだ終わっちゃいない……!!!」


 氷が、割れる。閉じ込められていた龍種は変容し、全身が硬い鱗に覆われていく。これは、龍だ。巨大な龍を、人の形に閉じ込めている。


 空気が重くなっていく。そう錯覚するような威圧感。

 

「グゥゥゥゥォォォォォオオオオオアアアアアアアア!!!」


 耳を塞ぎたくなる咆哮。


 だが、関係ない。俺は、お前らを殺す。


 

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