第28話 龍の勇者の妻

 ケンゴは言葉で気持ちを伝えることが苦手みたいで、今まで愛してるなんて言われた事はなかった。だからこそ、あのテレパスが聞こえた時、私はケンゴの死を確信してしまった。ケンゴはああ見えて私の次くらいには強い。そして、いざという時には絶対に逃げない。恐らく、その「いざ」が来たのだ。であれば、敵も只では済まなかった筈。私はまだ本調子とは言えないが、アレックスの帰還後、長と共に奇襲を掛ければ確実に敵を叩けるだろう。頭では分かっている。だが、おかしい。体に、力が入らない……。


 アレックスが帰ってきて、敵の居場所が判明する。長の判断は、半年待って私の調子や集落周辺の守りを整えてからの奇襲だった。正しい判断だと思う。でも正直、私は半年後に戦えるコンディションまで回復できている自信がなかった。かといって、長一人で奇襲を掛けるのも危険だ。敵はケンゴを倒せる程の実力を持っている。何が起きるか分からない。絡め手を使われた可能性も考えられる。とにかく今は、来る日に備えて十全に準備を整えるしかないだろう。


 ケンゴが死んだ事は言わなかった。アレックスの様子から誰もが察していたが、口に出してしまったら、本当の本当に、現実になってしまう気がした。でも、一週間もすればディナは当然不思議に思う。誤魔化すわけにはいかない。龍は嘘を付かない。

 説明しようと口を開いたが、言葉が出てこなかった。代わりに、涙だけが流れていく。


「ママ、大丈夫!?どうしたの!」


 小さな娘にまで心配されて、私はこんなにも弱かったのか。結局、娘に説明することもできなかった。



 私は一向に元気にならなかった。産後の体力自体は戻っているが、心が戦う事を拒否している。戦いに出向けば恐らくケンゴを殺した敵と相対する。ケンゴの死が確定してしまう。 ある日、塞ぎ混んでしまった私を心配して、長が訪ねてきた。


「……最悪、ワシだけで奇襲することも考えておる。倅は、何か敵の情報をお前に伝えてなかったか?」


「何も……。今までありがとう。愛してるって、それだけ……。ごめんなさい。何の役にも立たない。馬鹿みたい……」


「……そうか。あれは、中々根性のある男じゃった。でなければ、お前との結婚など認めん。……ワシを恨むか?」


「いいえ……。長として正しい判断だと思う。私でも同じ采配をする。私が……、強くしたのが悪かったのよ」


 そうだ……。私との結婚が決まった時点で、ケンゴは魔王討伐を諦めていた。あそこまで強くなる理由なんて、なかったのだ。


「それは違う。あれは男として、お前を守れるだけの強さを欲したのじゃ。……そしてそれは、成功したと言って良いじゃろう」


「死んだら何の意味もないじゃない!!!もう帰ってよ!!!」


 私は長を追い出す。最後に小声で謝罪を入れて、部屋に閉じ籠る。



 

 元々奇襲を予定していた半年の準備時間はあっという間に過ぎてしまった。情けないことに、私はまだ立ち直れていなかった。長は半ば私の復帰を諦めていて、そうなると万が一に備えて、もう少し集落の守りを堅牢にする必要があったから、襲撃は先送りにされた。


 私自身、もう立ち直れると思っていなかった。私にとって、ケンゴはそういう存在だったのだ。兵士としての復帰は諦め、娘と一緒に食糧調達としての仕事を始めていた。そんな生活に慣れてきたある日のこと、いつも通りディナと食糧散策に出掛けた先で、大量の獣神の魔物に囲まれた。完全に油断していた。昔の私なら、場の雰囲気や、守護獣の減少に気付いていただろうに。

 ディナを守りながらでは、この数を相手にするのは流石に無理だ。娘は何としても守りたい。ただ一方で、もう生きるのが辛かった。私は娘を守りながら、魔物になぶられることを許容していた。ああこれで、ようやく私も逝ける。私はやがて、痛みで意識を失った。



 ……何故か私は生きていた。そして、目を開けた先で信じられないものを見る。


 ケンゴ……?


 もちろん、そんな奇跡は起きていなかった。似ているが、良く見ると違う。彼はキヨスミと言った。勇者召喚された人間だと……。


 ……私は馬鹿だ。危うく娘を失い掛けた。何より大事な、ケンゴとの愛の証。

 ……私は馬鹿だ。ケンゴが命を懸けて守ろうとしてくれた命を、あっさり手離そうとした。


 ……私は馬鹿だ。一瞬、ケンゴの姿が見えただけで、こんなにも力が溢れてくる。 


 私はもう、間違えない。ケンゴが守ろうとした命は、私が守ってみせる。


 勇者の登場によって状況は一変した。準備していた集落周辺の守りは薄くなり、否が応でも亜獣種を攻める必要が出てきた。龍種から誰が行くかという話になったとき、当然、長が手を挙げた。私はそれに猛反対した。何かあった時、長が集落にいる状態がディナにとって最も安全だからだ。それに私は、ケンゴの仇を取りたかった。長いこと押し問答したが、最後には長が折れた。ただし、絶対に生きて帰ってくること。それだけ約束させられた。





「…………きさまかぁぁぁぁああああ!!!!」


 そして今。私はケンゴの仇と相対している。初撃でもらった攻撃は、自分で跳んで避けただけで大したダメージにはなっていない。敵からケンゴの名前が出てくるまでもなく、私はコイツが仇だと理解していた。すぐに戦線復帰出来なかったのはケンゴが死んだというトラウマがフラッシュバックしていたから。そのせいで、キヨスミ君に怪我をさせてしまった。でもそのお陰で、敵の戦い方を見ることが出来た。敵の体術は達人レベルだ。キヨスミ君も決して弱いわけではないが、全ての攻撃が読まれていた。おまけにあの攻撃。確実に、鎧の上からダメージを与えていた。龍種とはいえ、貰い過ぎるのはまずいだろう。


 大丈夫。ケンゴに似た君の事も、私が守って見せる。


 とは言え、まずは戦闘の勘を取り戻す必要がある。体の状態は万全とは言え、ブランクの影響は大きい。邂逅が早すぎた。敵の攻撃を避けることに専念し、自分もダメージを与えるつもりのない攻撃をメインに繰り出していく。一方で私の攻撃は一撃必殺。まともに入ればそれで終わりだ。何十発かに一発、本命を混ぜる。


「……龍種の割に賢しいな。そうだ。まずは敵の戦闘力の分析。基本中の基本だ。やはりお前は強い。楽しめそうだ」


 ……たまたまだけどね。

 今のところ敵の攻撃の直撃はない。何発かいなしているが、芯に響くような嫌な感じを受ける。やはり、直撃は不味いだろう。対して私の攻撃は。ダメージのない攻撃だけがいなされ、本命は必ず避けられている。……いくら達人レベルだとしても、この速さで動く私の攻撃をここまで正確に判別できるものなのか?コイツは一体……。


「あなたは、最初から全力で来た方が良かったと思うわよ?」


「ふむ。更に速度を上げていくか。そうでなくては」


 勘は戻った。ここからは全力だ。さぁ、今までみたいに行くかしら?


 私の攻撃は全て必殺。一発入れば終わり。この戦いはすぐに終わりを迎えることだろう。


 そのはずだった。


 ……当たらない。あり得ない。流石に全て避けられる訳ではない。だが、いなしが完璧過ぎる。威力が殺される。ダメージにならない。おまけに敵は回避だけに専念している訳ではない。全力で動く私は小手調べの時よりも隙ができる。こちらも直撃は避けているが、確実に削られているのが分かる。それは覚悟していた。こちらは一発当てれば良いのだ。決して部の悪い賭けではないのに。敵の動きは最小限。体力でさえ、先に尽きるのは私の方だろう。まずい。倒せるビジョンが浮かばない。であれば……。


「どうした?まさか龍種が、あの小僧に頼って我が身もろともなんて、情けないことを言わないよな。仇なのだろう?それよりも先に、できることがあるはずだ。あの男のように」


 ……極限の龍化。そうか。ケンゴは……。


 私は一度、敵との距離を取る。確かにキヨスミ君に頼る手はある。だが、コイツの先読みは異常だ。未来が見えているとしか思えない。……いや、そうなのか?こいつも、ケンゴと同じ転生者?ならば、この強さにも納得できる。キヨスミ君に頼ったとして、最悪私だけがやられるという可能性もある。そもそも、そんな事を彼に頼めない。なら、結論は一つだ。コイツの強さは、龍を滅ぼすだろう。長ですら危うい。あの時、私がすぐに動けていたら。私はケンゴの頑張りを無駄にしてしまった。……コイツは、私がここで倒す。絶対に。


「……キヨスミ君!!この亜獣種には、未来が見えている!!コイツは、私が倒す!!キヨスミ君は逃げて!!」


 敵は、インドラとサクラがいることを知らない。もし私がやられても、必ず彼らが倒してくれる。キヨスミ君は察してくれた。敵は、弱者に興味などないと言わんばかりに、彼の逃亡を静観していた。


「……正解だ。私が神に与えられた力は未来予知。自分に関係すること、かつ数十秒後までしか見えないが、それで十分。お前は強い。その観察眼も含め、この世界でも最強の一人だろう。私がいなければな」


「ペラペラ喋って余裕ね。その口で、命乞いをしなくて良いのかしら?」


「……くはは。啖呵の切り方があの男に似ているな。いやなに、あの状態になったら、まともに喋る事もできんだろう?」


 最後に良い話が聞けた。そうか。ケンゴは虚勢を張るとき、私の真似をしていたんだ。知らなかった。自然と、涙が溢れる。

 

「……私の名前は東堂一郎。亜獣の勇者だ」


「ご丁寧にどうも。私はエヴァ。龍の勇者の妻よ」


 そして私は、極限の龍化を使う。



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