第27話 勇者タナカの冒険譚 後編

 そんなわけで、俺とエヴァの関係は劇的に変わった。劇的にと言ってもまぁ、要するに俺が童貞じゃなくなったってことだ。まさか異世界で卒業することになるとは。それで、その件で凄まじく衝撃を受けたことがある。俺にとっての初めての次の日の朝、起きるとお尻に違和感があった。なんぞ?と思ってお尻の付近を触ってみると小さな尻尾が生えていた。何でやねん。

 エヴァはそれを見て滅茶苦茶笑っていた。そんな貧相な尻尾は未だかつて見たことがないと。だが一方で喜んでもいた。理由は分からないが俺が龍種になれるなら、結婚に関しての難易度が大幅に下がるからだ。基本的に龍種は他の種族を見下している。見下すというか、人間がチンパンジーを見るような感じだ。エヴァは俺がもう少し強くなったら長も認めてくれるだろうと言ったが、実際のところそれは希望的観測というか、つまり反対された場合には力で黙らせる気だったみたい。いや、君達の大怪獣親子喧嘩に巻き込まれて生き残れる自信ないんですけど……。


 結局のところ、体が龍種に近づいたメカニズムは分からなかったが、そうなる条件はすぐに分かった。俺はまだ童貞卒業したばかりで言葉にするのも恥ずかしいものがあるが、結論としてはセックスだ。体を交わせる度に、お尻の尻尾が成長していた。だから何でやねん。

 肉体については元々魔法で龍化していたから変化は感じられなかったが、尻尾の成長は半年くらいで止まったように思う。もう誰が見ても俺は龍種だ。尻尾って意外にも色々な事に使えて便利だったけど、唯一困ったことは仰向けで寝づらくなったことかな。っていうか、龍の力が得られるという元ネタは、こっちの方法だったんじゃ……。あの地獄の痛みは一体……。まぁ、あそこで根性見せてなかったら今はなかったと思うし、結果オーライかな。


 体が龍種に近づくにつれて、エヴァとの修行もそこそこやれるようになってきた。ぶっちゃけ、今なら余裕で魔王を倒せる気がする。でも正直な話、魔王とか俺を追い出した王国のやつらとか、どうでも良くなっていた。だって今幸せだし。唯一の気掛かりは、俺が生きている限り勇者召喚を行えないことだ。心に余裕ができると他人の心配ができるようになるんだな、と自分の変化に感心しつつその懸念も体が完全に龍種になった時に消えた。何故だか確信があった。俺が龍になったことで、人間の勇者は消えた。おそらく今なら、勇者召喚が可能なはずだ。



 と言うことで、俺は暫くの間エヴァとのラブラブ生活(含修行)を楽しんでいた。ただ、ここにも何も問題が無いわけではない。元々、定期的に変な輩が龍の長を殺しに来ては返り討ちに会っているようだけど、最近の輩は一味違うらしい。外堀から埋めているというか、獣神の魔物とかいう化け物を量産して、徐々にこちらを疲弊させている。勿論、タイマンなら龍種の方が圧倒的に強いが、やつらは普通の魔物に比べると大分強いし、何せ数が多い。龍種側にも守護獣がいるが、こちらはそこまで強くない。時間は稼げるし敵の襲撃に気付けるから重要な要ではあるけど。

 と言うことで、ここ最近の龍種の作戦はとにかく獣神の魔物を作り出している敵の居場所を見つけて、それを叩くことにある。龍種の数は多くない。調査隊に人を割くとどうしても集落が手薄になるため、調査は中々進まない。何より一番の問題は、調査隊の隊長がエヴァだということだ。エヴァの強さは誰もが認める所だが、やはり心配はする。俺も調査隊に志願したが、「そういう生意気なことは、私に勝てるようになってからにしてよね」との事で、聞く耳を持ってくれない。俺は集落の食糧を調達する係。それはそれで大事だし、テレパスで連携が取れるから重宝されている。で、暇な時間は龍の長と修行。おい、エヴァ!余計なこと頼むんじゃねぇよ!龍の長、絶対俺のこと嫌いだって!毎回ボコボコされるんですけど!

 そんな生活が暫く続き、エヴァが身籠った事が分かる。調査隊の隊長は、エヴァに変わって俺が任命された。子供が出来ることと、なんやかんや長に認められていたという実感から、俺はこの上なく充実を感じていた。反対に、エヴァは俺が隊長に任命されたことを酷く心配していた。大丈夫だって!伊達にお前や長にしごかれちゃいない。今では龍種の中でもNo3の実力はあると思う。まぁ、二位と三位の差が激しいわけだけど。

 で、子供が生まれる。とても可愛い、エヴァ似の女の子だ。ディナと名付けた。俺は仕事が忙しくて中々帰れないけど、本当、可愛くてしょうがない。さっさとこの争いを終わらせて、心置きなく娘と遊びたいものだ。そうそう、ディナが生まれて、龍の長の態度が急に軟化したのは笑ったな。じじいが孫に甘いのは、どこの世界でも同じことらしい。



 ディナが生まれて少し経った頃、俺はついに獣神の居場所を発見する。後はこの情報を持ち帰れば任務終了だ。深追いはしない。エヴァやディナの為にも、ここで終わらせたい気持ちはあるが俺はそこまで強くない。ディナも生まれてそこそこ経つ。もう少しすればエヴァも本調子に戻るだろう。居場所は分かった。後は、頃合いを見計らって龍の長とエヴァで奇襲。それが一番確実な方法だ。俺はディナと集落を守りながら、二人の帰還を待てば良い。


 俺は退却を判断する。部下に指示を出そうとしたところで、これまでに感じたことの無い寒気を感じる。振り向くとそこには、獅子を彷彿とさせる亜獣種が一人。


「せっかくここまで来たんだ。まさかとは思うが、かの龍種様が、亜獣種を前に逃げ出すなんてことはないよな?」


 コイツは、ヤバい。頭の中でアラームが鳴る。煩いくらいに。俺は判断しなければならない。コイツはヤバいが、恐らくは逃げに徹すれば撤退できないことは無いだろう。犠牲者ゼロとは行かないだろうが。ただその場合、敵は居場所を変えるだろう。発見にまた何年もの時を要することになる。その間に、獣神の魔物は増え続ける。龍の長とエヴァはそれでも何とかなるかもしれないが、他の龍種を守りきれなくなってくるだろう。

 ……俺は用心深い。もしもに備えて、いつも隊の一人を隊列からかなり離した場所に置いている。俺は決断する。


【アレックス。敵のアジトが見つかった。だが、予定変更だ。俺たちはこれから交戦に入る。悪いが、お前は先に情報を持ち帰ってくれ】


【そんな!ここまで来て!俺も戦いますよ!】


【念のためってやつだ。お前が亜獣種に恨みがあることは知っているが、頼む。この任務は、万が一にも失敗するわけには行かない】


【……分かりました。必ず帰ってきてくださいね】


【もちろん、そのつもりだ】


 よし。アレックスが素直な奴で良かった。本当に悪いと思っている。もしかしたら、戦って死ぬよりも辛いかもしれない知れない。さて、そろそろこちらも始めなければ。敵に怪しまれる。俺は残りの二人の部下にテレパスで指示を送る。【交戦を始める。アレックスの存在に気付かれないよう、できるだけ時間を稼ぐ。もちろん、倒せるならそれに越したことはない】


「勇ましい亜獣種もいるものだな。いつも魔物の後ろに隠れているだけの臆病者が。こちらは三人。お前こそ、逃げ出さなくて良いのか?」


「どうかな。お前らくらいなら、やれると思っているんだが」


「……後悔するなよ」


 俺は正面から、部下二人は左右から攻めさせる。敵は丸腰。亜獣種だから、魔法もそこまで警戒する必要は無いだろう。ならば、単純にフィジカルの強さと戦闘経験が効いてくる。どう考えてもこちらが有利。そのはずなのに……。


 攻撃が、届かない。こちらは三人。さすがに全てが回避される訳ではないが、当たるにしても威力が逸らされる。ダメージにならない。動揺した部下二人の鳩尾に掌底。倒れる二人。


「どうした?部下二人はもうやられてしまったぞ。逃げた方が良かったんじゃないか?」


 ……二人は龍種の精鋭だ。もちろん、自分の肉体に更なる龍化を施せるだけの技量がある。龍種は魔法が苦手だが、龍化の魔法を使えば副次的な効果で少なくとも表面的なダメージは回復できる。そして、内蔵はその強靭な肉体に守られている。常に鉄の鎧を着ているような物だ。刃物さえ通さない。なのに……。


「龍種の体術は攻めるばかりだ。体が強いためか、避けるということを知らない。だからやられる」


 鎧通し、というやつか?とにかく、下手な場所に貰ったら一撃で沈む。


「だが。ふむ、お前には中々隙がないな。龍種とは思えん。それともただの、臆病者か?」


 図星。その通りだ。俺は臆病者。いつも逃げてきた。でも、ここに来て、エヴァと出会って、俺は変わったと思う。昔の俺ならとっくに逃げてるさ。今は違う。

 コイツはやばい。想定よりも遥かに。エヴァを守る。ディナを守る。龍の皆を守る。コイツは俺が倒す。命に変えても。


 部下が沈んで手数が減った事で、こちらの攻撃は完全に当たらなくなった。そして攻撃は、回避されると余計に疲労がたまる。対して、敵の攻撃は当たる。致命打は避けているが、徐々に俺の動きは鈍くなる。ジリ貧だ。このままじゃいずれ殺られる。俺はわざと敵の攻撃を受け、後ろに跳び、一度距離を取る。相手は余裕からか、追撃をしてこない。


「ほう……。まだそんなことができるのか。面白い。お前の全てを見せてみろ」


 何を言っている?分からない。だが、油断している今が好機。俺にやれることは一つだ。極限の龍化。龍の長の一族に伝わる禁術。調査隊の隊長になった時、もしもの時にと、長から教えられた。体の動作にリミットを掛けている脳の一部を、変質させる魔法。一度使ったら理性を失う。それを治せる回復魔法は、少なくとも龍種にはない。


「俺の名前は田中健吾……!!!龍の勇者だ……!!!」


 そして、極限の龍化を使う。体が嘘みたいに軽くなる。何も考えられなくなる。ただ、これだけは分かる。俺は、目の前の敵を倒さなければならない。


 


 そこに理性はない。体術も何もない。ただ獣のように飛び掛かり、圧倒的な速度と力で敵を蹂躙する。亜獣種には暴走する龍種の動きが分かっているようだが、一撃目を避けた後で、二撃目の対応に間に合わない。ガードしているが、ガードの上からダメージが通る。


「お……、おおおおおお!!!」


 亜獣種の攻撃が、龍種に入る。だが、龍種は痛みを感じていないのか、勢いが止まらない。攻撃を避けないので全てヒットしている。本来なら致命となるような箇所にも幾度となく当たっている。一方で、龍種の攻撃は致命打にならない。ならないが、ガードの上から削り続ける。段々と亜獣種からの反撃が減ってくる。


 防戦一方に思われたが、不意に龍種の体が吹き飛ばされる。周りはいつの間にか獣神の魔物で溢れ返っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、クソが!良いところで邪魔をするな!」


「だってもう、兄ちゃんボロボロじゃないか!」


 魔物の後ろから、顔が瓜二つの獅子型の亜獣種が出てくる。


「クソッ!そうだな……。俺もまだまだだったようだ。このままでは、龍の長には及ばない。それが分かって良かったといったところか……。……次郎!右に避けろっ!」


「え?……ぁガッ!?」


 宙を舞う亜獣種の左腕。そこには先程吹き飛ばした筈の龍種。追撃の動作に入る。だが、二撃目が入ることはなかった。


「いい加減死ねやぁぁあああああ!!!!」

 

 亜獣種の兄の渾身の一撃が、龍種の胴を打ち抜く。沈む龍種。そも、龍種の負っていたダメージは、とうの昔に限界を越えていた。




 ……死の直前。僅かばかり理性が戻る。俺は上手くやれただろうか。あの亜獣種達を倒す事はできなかったけど……、どちらにも相当なダメージを与えられたはず。その事実を龍種は知らないが、回復しきる前に攻められればベスト。そうでなくとも……、龍種が体制を整えるだけの時間は十分に稼げたはず。奇襲を掛ければ亜獣種の殲滅は難しく無いだろう……。そうだ……、死ぬ前にこの事実を……、テレパスでエヴァに伝えないと……。


【エヴァ……、ディナ……、今までありがとう……。愛してる……】


 最期のテレパスから出た言葉は、俺が意図していたものとは違った。でも……。


 このスキルを選択して、本当に良かった。


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