第26話 勇者タナカの冒険譚 前編

 おっす!俺、田中健吾!17歳の童貞だ!部活の練習中に熱中症で倒れて気が付いたら異世界に飛ばされそうになっててちょっと困ってる!誰か助けてくれ!


 いや、本当にね?異世界救えって言われても……。好きなスキル選べって、何選んだらええねん。神様っぽい子供、威圧的に急かしてくるし……。でもあれだろ?異世界って大体が中世風で文明発達してないんだろ?それくらい知ってるんだぜぇ?

 うーん。決めた!テレパス!これにしよう。ぶっちゃけ死にたくないし、戦いたくない。っていうか戦えない。きっと現地に兵士とかいるだろうから、俺が連絡手段になったら、多分軍師的な人が上手いことやってくれるんじゃないかな。こちらだけが一方的に情報を握っている状態。良く分からないけど、有利に事が進められるだろう。俺は、異世界で最強の電話になる!


 ……異世界に来て、俺はすぐに自分の考えの甘さに気付かされる。この世界では、魔王を討伐した勇者が次の王になると言う。自分で倒さなければ、駄目なのだ。誰も俺の話を聞いてくれない。俺の能力を知った誰もが、軽蔑の目を向けてくる。皆が暗黙に俺を責めてくる。

 ある日、魔の洞窟で龍の力を手に入れれば魔王を倒せると言われた。でも、俺は小耳に挟んだ情報で知っている。それはお伽噺だ。龍種の事は殆ど分かっていない。過去に一度、人間が魔族に大敗した時に現れたきりらしい。……この世界に、勇者は一人しかいられない。俺が召喚されたことで、王はチートスキルを失っている。次の勇者召喚には少なくとも5年は掛かるらしいから、少なくともそれまでに俺を殺したいのだ。できるだけ体裁良く。

 俺は泣きそうになった。でも、逃げても同じ事なのだ。この世界に俺の居場所はない。逃げでもしたら、それこそ直接殺されてしまうだろう。お伽噺だと分かっていても、俺はその可能性に掛けるより他ない。選択肢などない。


 魔の洞窟は、魔族の領地の中でも大分奥にある。俺には少数の護衛が付けられ、大幅な迂回路を通り魔族に相対しないように進んだ。俺のためじゃない。護衛の兵士の安全のためだ。魔の洞窟に付いた俺に洞窟内の荒い地図と少量の保存食を渡した護衛たちは、お役ごめんとばかりに王国へ帰っていった。俺は一人残された。俺はここで死ぬ。俺は泣きながら洞窟内を進む。

 怖かった。俺に戦闘能力はない。剣の使い方も、魔法のイロハも、誰も教えてくれなかった。あるのは形ばかりの装備だけ。俺は装備を脱ぐ。どうせ戦えないし、重いだけだ。できるだけ音を立てないように進まないと、魔物に気付かれた時点で終わりだ。

 生きた心地がしなかった。俺は敵に気付かれないよう、ランタンの灯りも最小限にして進む。暗い。地図は貰ったが、すぐに自分がどこを歩いているか分からなくなった。緊張からか、やけに喉が乾く。途中で何度か魔物の姿を見た。幸い気付かれなかったが、どの魔物も大きく、とてもじゃないが倒すことなんてできない。

 洞窟に入ってどれくらい経っただろう。日の光がないから時間が分からない。怖くて、眠ることも出来ない。食糧も水も僅か。意識が朦朧とする。熱中症の時に似ている……。このまま倒れて、起きたら元の世界に戻れないかな……。これは悪い夢だ。本当の俺は学校の保健室で寝ているはず……。


 あ。


 ボンヤリしていた。大型の魔物と目が合う。殺される。嫌だ。嫌だ!死にたくない!ああああああああああああああああ!!!!


 俺は無意識に、テレパスで魔物に絶叫を送っていた。驚いた魔物は、そのまま逃げていった。助かった……、のか?でも、一時しのぎだ……。どの魔物も逃げてくれるとは限らないし、食糧が尽きても駄目、もう、ずっと寝てない。あ……。やばい……。魔物を撃退できた安心感で、気が緩む……。寝たら、死ぬ……、のに………………。


 目が覚めると薄暗い天井。天井?まだ洞窟内の気がするが、辺りを見ると、自分がいる場所が小部屋なのだと分かる。外から声が聞こえる。


「エヴァ、元の場所に返してきなさい!どうせ最後は私が面倒見ることになるんでしょ!」


「そんなことないわ。いつまでも子供扱いしないで!あんなに衰弱して、可哀想じゃない!私が世話をする。元気になったら洞窟の外に返すから!」


「知らないからね。お母さん、もう帰るから!」


 捨て猫か何かの話かな。うん。いや、俺の話だよな。でも、ひとまず助かった事だけは確かだ。俺が起きた気配に気付いたのか、エヴァと呼ばれた龍種?がこちらに来る。


「あ、気付いたようね!私はエヴァ!人間なんて初めて見たわ!思わず拾ってきちゃった。感謝してよね!何か食べる!?名前は!?」


 完全に捨て猫を拾ってテンションが上がっている女の子のそれのような気がする。でもそんなことより、エヴァは美しかった。日本人と白人のハーフみたいだ。尻尾生えてるけど。


「ああ、俺は田中健吾。助けてくれて、ありがとうございます。お腹が減ってます。なにか恵んで貰えるとありがたいです」


「喋った!?待ってて!すぐに用意するから!」


 動物に餌をやる子供のテンション……。喋った!?って……。


 エヴァはすぐにシチューのような食べ物を持ってきてくれた。丁度夕食時だったようだ。思えばその匂いに釣られて起きたのかもしれない。……うまい。……うまい。…………うまい。長くない人生だけど、おそらくこれを越える食事は生涯ないだろうと断言できる。自然と涙が出てくる。


「え!?そんなに美味しかった!?なになに?なんなの?というか、あなたなんなの?」


 俺はポツリポツリとこれまでの経緯を説明した。


「龍の力?龍化のことかしら。他人に対してやったことないから出来るか分からないけど。うんうん、そういうことなら協力しましょう。後は、魔王を倒すのだったら、一通りの体術とか、苦手だけど魔法の基礎くらいは教えられるわ」



 それから、エヴァとの修行の日々が始まった。何よりキツかったのは龍化の魔法だ。エヴァも慣れてないし、どこまでやっていいか分からないというから、手っとり早く全身にやってもらった。龍の力が本当にあると知り、俺は何としても魔王を倒して、俺を追い出した奴等に一泡吹かせたかったのだ。

 ……焦りすぎた。信じられないくらい全身が痛い。寝られない。一応、龍種にも筋肉の再生くらいなら回復魔法で何とかなるらしいから、痛すぎたら治せるとのことだったが、俺は断った。一度治した後でもう一度挑戦する気には、とてもじゃないけどなれないと思ったからだ。寝れないレベルの痛みは一週間続いた。でも逆に言えばそれくらいで済んで良かったともいえる。

 エヴァの話によると、今の状態で体を動かしていればその内自分で龍化の魔法が使えるようになるとのことだった。多分ね、っと最後に付け加えていたけど。俺はエヴァと体術の訓練を始める。どうやら龍種は武器を使わないことが前提のようだ。使う必要がないから。ちょっと本気を出せば、その辺の魔物だったら手刀だけで切り裂けるらしい。その話は大袈裟ではなかった。全身が龍化した今、以前と比較にならないスピードや力が出せるようになっていたが、訓練においてエヴァに手も足も出ない。いや、流石にちょっと強すぎない?男としての自信なくすんですけど。聞いてみると、エヴァは龍の長の娘らしくて、龍種でも長に次いで強いらしい。


 

 龍の集落で修行を始めてから一年が経った。俺は龍種と違って夜目がそんなに効かないから、教えてもらった魔法を使って電球を作ってみた。魔法は意外と簡単だった。魔力を貯めておいて、それを元に電気を作って光を出す。集落の皆にも好評だったから、調子に乗っていっぱい作った。俺に元の世界の知識がもっとあったら、色々便利なものが作れたんだけど。

 エヴァとの修行も相変わらずだった。相変わらず、俺は手も足も出ない。エヴァからは、魔王を倒すのだからせめて自分に一発喰らわせるまでは集落からは出さないと言われていた。俺は龍化もすっかり自分のものにしていて、最近では龍の長の一族よろしく、龍化した筋肉の密度を更に高めるという試みも行っていた。それでも、俺の拳は届かない。

 いつも通りでは駄目だと思い、俺はある時、戦闘中にテレパスを使って相手の不意を付く作戦を思い付く。だが、ただ叫んだりするだけでは効果は薄いだろう。ククク、見てろよエヴァ。とっておきを見せてやるぜ!

 と言うことで戦闘中、俺はテレパスでエヴァに語り掛ける。


【エヴァ!ずっと好きだった!俺と結婚してくれ!】


 ものの見事に隙だらけになったエヴァに、初めて俺の拳が命中する。……なんだ?俺は今、鉄でも殴ったのか?全然ダメージ入ってる気がしないんですけど……。なんなら俺の拳の方が砕けそうなんですけど……。


 呆然としている俺に向かって、エヴァが口を開く。


「今の、ケンゴだよね。本当?良いの?私と結婚したら、魔王討伐とかもう無理だけど……」


 え……。なにこれ。予想外なんですけど。相手にされると思ってなかったんですけど。いやだって、エヴァって500歳くらいだって言ってたし……。


「え……。いや、エヴァこそ良いのか?俺なんかで」


「ケンゴ、優しいし、面白い。料理もいつも美味しいって言ってくれる。根性もある。まだ弱いけど、もう少し強くなったら長も認めてくれると思う」


 マジで?482歳差だけど良いの!?アリなの!?いや、見た目はお姉さんだから、俺としては全然良いんだけどさ!尻尾生えてるけど!


 と言うことで、未だ童貞の俺は超年上の龍種の長の娘と結婚することになったのだった。

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