第23話 龍種の長の武勇伝

「なるほどのぉ。話は分かった。今のところ龍種に死傷者は出てない訳じゃが、守護獣はすぐに増やせるものでもない。恐らく、先程の魔物は守護獣の減少に伴って自然と龍種側を攻めに来たものと思われるが、今の状況が亜獣種に知られれば龍種の劣勢は明白じゃ。残念ながら、ただで通す訳にはいかん。向こうに状況が知られる前にこちらから攻め込む。勇者殿にはその時に協力を頼みたい」


 これまでの成りゆきを俺とインドラ、エヴァで説明した所の長の返答だった。話の分かるじいさんで良かった。俺は元より加勢するつもりだった。もしここで処罰や投獄をされようものなら、俺としては抵抗せざるを得ない。その後で亜獣種との戦いが待っている事を考えると、龍種は更に劣勢に立たされてしまう。もちろん、それも分かった上での長の判断なのだろう。決断が早い。有能だ。


「分かりました。こちらの過失ですから協力はするつもりです。ただ一つ条件というか、申し訳ないんですけど、魔物は構わないんですが、亜獣種を直接的に殺すのは勘弁してほしいです」


「ああ。それで構わん。主は敵の動きを止められるのじゃろう?十分過ぎる。元々、これは龍種と亜獣種の問題じゃしな。あくまで少なくなってしまった守護獣分の働きをしてもらえばそれで良い。今日はもう遅い。明朝から進軍を開始するつもりじゃ」


 まぁ、実際のところ獣神の魔物に関しては処理していくつもりだ。俺も、いつまでも足止めを食らってる訳には行かない。


「ところで、亜獣種や獣神の魔物なんて存在は魔族に残っている記録には見当たらなかったんだが、それらは一体なんなのだ?」


 一先ず話が一段落した所で、インドラが長に質問する。


「魔族に残っている記録というと、魔王ウエスギの頃かの。……懐かしいのぉ。同時に、忌々しい記憶でもある」


 魔王ウエスギ?前から疑っていたが、やはり魔王も転生者なのか?っていうか、あんた年いくつなんだ。


 龍種の長は亜獣種との戦いの発端についてポツポツと語り始めた。始まりは魔王ウエスギが世界を牛耳っていた頃に戻る。魔王の能力によって魔族に協力させられ、人間を壊滅状態に追いやった龍種は、その後も魔王の力によって使い勝手の良い労働力として使われていた。もちろん、魔族に対して怨恨を感じる者もいたが、大半の龍種にはそれらは些細な事だった。龍種にとって人間の命なんてものは人間が野生動物に対して感じる命の価値と同等であったし、彼らは長命だ。魔王が死ぬまでの間の辛抱なんてものは、感覚的にそんなに長くなかった。何より龍種は平和主義だった。


「それでは、魔王様の死後に魔族の重役が皆殺しにされたという話は?」


「言ったであろう?大半の龍種、と」


 魔王が死んで束縛が消えた後、魔族に反旗を翻そうという者が現れた。よりにもよって、長の一族の中から。龍種としても魔族への恨みは多少はあったし、魔族の命に関しても人間の命同様に重要視していなかったから、長としてもある程度の報復は別に止めることはしなかった。


「そなたには悪いが、因果応報というやつじゃ。止めなかったことを悪いとも思っとらん。そこまでは良いのじゃが、奴ら調子に乗りおって、世界を支配するのは龍種であるなどと、下らぬことを言い始めた」


 それを許すことは、龍種の長にはできなかった。龍種から見て下等生物である人間や魔族の蹂躙という、明らかに自らの格を下げる行為。言語道断であった。

 長の怒りを買った件の集団は、洞窟の深くへと押しやられた。それから何事もなく200年程の月日が経過した。ある時、集落付近を散策していた若者の姿が消えるという事件が発生した。希に洞窟の外へ出るという龍種もいたから、初めはその類いだろうと思われた。しかしまたある時、洞窟の浅層を散策中、激しい戦闘の跡が発見された。現場には衣服とおぼしき切れ端が落ちており、持ち帰って調べたところ例の若者の物であると特定された。


「あの時は本当に困ったのぉ。原因が思い浮かばなかったのじゃ。余程の事がない限り龍種が倒されることなどない。魔物も魔族も相手にならぬ。反逆した龍種は洞窟深くに幽閉。かといって集落の中に争ったような形跡のある者もいなかった」


 それから少し経ち、また別の若者が姿を消す。流石に異常事態だと判断し、すぐさま洞窟内をくまなく調べるため、調査隊を編成。そして、手薄になった集落が襲われた。


「集落を襲ったのは、追放した龍種数人と見たことのない種族じゃった。魔族ではない。人間でもない。まして龍種でもない。敵は真っ直ぐにワシを狙ってきた。そして見たこともない技を使いおった。一瞬で目の前や背後に移動してくるのじゃ」


 ……この世界にそんな魔法はないはずだ。チートスキルか?


「そんな相手にどうやって対応したのですか?」


「最初はビックリしたのじゃが、敵の姿が消えた瞬間に適当に尻尾を振ったらジャストミートして死におった」


 おお……。龍種が適当に動くだけで、龍種以外は死ぬのか……。魔王ウエスギの時代、そりゃ人間負けるだろうな……。


 死んだ敵が主犯だったのか、その時一緒にいた龍種は逃げ去った。やがて調査隊が戻ってきた。報告によると、過去に洞窟深くに押しやっていたはずの龍種の姿が消えていたとの事だった。主犯と思わしき敵は死んだし、それから被害がなかったので調査も適当に打ち切って元の生活に戻った。


「今にして思えば、あの時に徹底して潰しておくべきだったのじゃろうな……」


 それからも、大体100から200年おきで同様の事件が発生した。その度に長が襲われ、その度に返り討ちにした。


「不思議なことに、襲撃の回を重ねるごとに敵の中の龍種の数が減っていった。段々と、龍ではない特徴を持つものが増えていった。我らはそ奴らの事を亜獣種と呼ぶことにした」


 長を襲う敵は、いつも異なる技を使ってきた。倒しても倒しても死ななかったり、分身してみたり、何もない空間から無限の剣を取り出したり。いずれも長の力の前では為す術もなかったらしいが。いや、どんなやねん。


「といって、こちらの被害は殆どなかったのじゃ。それこそ、最初の二人だけじゃな。数を重ねるに連れて敵の中の龍種の数は減っていたし、最初のケースの後で守護獣の数を増やしたこともある。異変を察知しやすくし、皆には逃げることを優先させた。首謀者はいつもワシを狙っていたから、それをワシが始末すれば終わりじゃった。状況が変わったのはここ最近の話じゃ」


 その異変に最初に気付いたのは、集落の周りを冒険するのが好きな子供だった。その子供は冒険が好きな一方で、慎重な性格だった。子供とはいえ龍種。その辺の魔物に遅れを取ることはないが、慎重な彼はいつも周りを注意深く窺いながら冒険ごっこをしていた。子供は親に話す。なんだか、守護獣以外の魔物の数が減っている気がする、と。


「ただ、その時に子供の話を深く受け止めた者はいなかった。龍種にとって、魔物の数が増減しようが大した問題ではなかったからじゃ。ようやく問題と捉え始めたのは、守護獣の数が大分減った後じゃった。龍種はなまじ強いこともあり、そういった危険意識が働きづらいのじゃ」


 龍種の数人が異変を察知して長に報告した時には、洞窟内は獣神の魔物で溢れ帰っていた。数百を越える獣神の魔物と、数人の亜獣種が集落に攻めいってきた。本来その異変を察知すべき守護獣の数が減っていたこともあり、龍種は完全に奇襲を受けた。


「さすがのワシもあの数を同時に一人で相手にすることはできなんだ。おまけに、今回の敵はワシ以外も狙っておった。やむなく集落の兵と協力しての交戦が始まった。幸い、女子供に被害はなかったのじゃが、龍種は魔法が苦手でな。そこのお嬢さんのような回復魔法は使えん。集落の兵の犠牲はゼロという訳にはいかんかった」


 攻めてきた獣神の魔物は全滅させた。事態を重く見た長は、その時に行軍していた亜獣種を捉えて情報収集をすることにした。そして分かったことがある。


「今回の首謀者は不遜にも自らを獣神と名乗っておるらしかった。龍種を滅ぼし、亜獣種を光に導くと。獣神の魔物は、洞窟内の魔物や守護獣の死骸から、そやつが造り出しているらしかった」


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