第19話 アメノオハバリ

 目を覚ますと知らない天井が見えた。体は何ともない。さすが世界最強の魔術師。平和な世界で農業やりたいとか言ってたが、どう考えても医者だよな。いや、多忙になることが分かりきってるから嫌なのか。


 俺は体を起こす。部屋のドアの近くでいかにもなメイドが裁縫をしている。俺に気付くと、「他の皆様はお食事中です。ご案内致します」とのことで、俺はメイドの後を付いていく。地下に訓練場があったことから分かる通り、ヴァーユ亭は広い。俺は黙って歩いていると、不意にメイドが話し掛けてくる。


「あの、貴方と一緒に来た女の人は何者ですか?ご主人様とその、凄く仲良さげにしていたのですが」


「ああ、魔族でも知る人ぞ知る魔術師ですね。なんだかよく分かりませんが、ヴァーユさんと婚約してましたよ」


「え?あんなに痩せた人が魔術師?しかも婚約?本当ですか!?」


 多分、このメイドはヴァーユに好意を抱いてたんだろうな。メイドが妾なんていかにもありそうな話だし、今でも可能性はゼロではないだろう。それに、


「まぁ、二人とも知り合ったばかりですし、魔術師殿の食べっぷりや飲みっぷりを見たら幻滅するような気もするので何とも言えません」





「良いぞサクラ!どんどん食べろ。どんどん飲め。ははは、強い子供を生みそうだな!素晴らしい!」


「どれもこれも最高に美味しいわ~。なに?毎日こんなの食べられるの?これなら喜んで結婚するわ~」


 全然OKなのか……。確かに、太れるのも才能とは良く言ったもので、要するに消化器官が強いという事だから伴侶に選ぶ条件としては悪くないように思う。すまんメイド。コイツら結婚するわ。


「お、来たか勇者よ。お前の分も用意してあるから、遠慮しないで食え。俺はもうお前を認めている。これからよろしく頼む」


「はい。こちらこそよろしくお願いします。食べながら良いんですが、ちょっと確認したいことがあります。インドラさん、この後の予定って、現魔王に剣聖討伐の報告をすることですよね」


「うむ。そしてその後、魔王城への迂回ルートを案内する」


「報告後、普通に考えたら勇者抹殺の命令が下るんじゃないかと思うのですが、道案内していて大丈夫ですか?」


 それとも、そちらに関してはヴァーユに任せるつもりなんだろうか。


「恐らくだが、剣聖亡き今、魔王様は全く焦っておらん。いずれにせよ、やられた三千人や五大将軍の後釜を含めた軍の再編を行う必要がある。すぐに勇者討伐とは行かない。私の休暇も含め、一週間は私に動きがなくとも不審に思われる事はないだろう。迂回路で魔王城までは四日で十分だから、間に合う筈だ。問題はない」


「もしもの時は俺が適当に動くから安心しろ。軍を率いて領土境の川辺りでもぶらつくさ」


 なるほど。最低限、剣聖の死が人間側にバレる事にさえ気を付ければ良いだから、接触さえ避ければ大丈夫だろう。だが、一つ懸念がある。


「魔王からインドラさんに、直接勇者抹殺みたいな命令が来たらどうします?魔王の言葉には逆らえないんでしょう?」


「魔王様からそういった命令が来る可能性は低い。一兵卒相手ならともかく、司令官にそれをやってしまうと引き際で引けなくなるからな。それに、基本的には今後の計画という形でこちらから話を進めようと思っている。万が一の場合は、魔王様の元から帰って合流した時に私から何らかの攻撃魔法を行う可能性がある。魔術師よ、一応備えておいてくれ」


「りょうはい!」


 サクラ……。せめて食ってから返事しようぜ。


「そしてその場合、私が同行することはできないだろう。私の事は例の魔力で一時的に動きを封じ、道案内はヴァーユに任せることにする」


「いや、俺、道分からねぇぞ」


「……分かった。縄でも何でも良い。拘束した私を連れていけ。杞憂だとは思うがな」


 俺もそう思いたい。俺にそんな趣味はない。


「ここから魔王城へは時間は掛からん。明日の午前中には魔王様への報告は済むだろう。午後から出発する。ヴァーユ、悪いが兵糧の手配を頼む。勇者の能力を考えれば量は多い方が良い。魔力は無限なのだから、常に冷気を発していれば痛みやすいものでも行けるな。流石だ」


 ……いや、俺は冷蔵庫じゃないんだが。まぁ、もしもの時にサクラがダウンしていたら詰むから、兵糧の重要性は良く分かっているつもりではある。


「ふぁんへー!おいひいものふぁいいふぁ!」


 ……サクラうるさいんだが。もはや何言ってるか分からんし。


「ところでよ、インドラの言ってる迂回路って魔の洞窟のことだろ?三人だけで大丈夫なのか?」


「確かに。あの場所の魔物はこの世界でも指折りの強さを誇るな。勇者の戦闘力を考えれば特に問題はないと判断してはいるが」


 龍種が住んでるという話で、勝手なイメージでそれ以外の魔物はインドラが操ったり出来ると思っていたんだが、違うのか?


「魔物って、こう、魔族に友好的だったりするんじゃないんですか?」


「何を言っている?あれらにそんな知能はないし、魔族に特殊な能力もない。魔の洞窟が魔族領にあるから人間領での発生が少なく見えるだけだ。あれらには私たちも手を焼いている。人間と争いになった時の手札になる事もあるが。そうだな。これを機に全滅させるのも良いかもしれない。平和になったらただの害獣だ。頼んだぞ、勇者」


 いや、しれっと重そうな仕事頼むなや。


「魔王の件が片付いた後で洞窟ごと潰して良いなら良いですけど。例の龍種とか、地形把握してないですが土砂崩れとか大丈夫ですか?」


「そうだな。龍種はこの際ついでにと思ったが、災害の防止については別途考える必要があるだろう」


 魔王討伐後できるだけ早く元の世界に帰りたいって話、忘れてないだろうか……。そりゃ、ここまで協力してもらってる手前、無下にもできないが。


 明日の話を終えたところで夕食に入る。元の世界で取引先と話している時のような感じで気を使いつつようやく食事を終えたと思ったら、なんとサクラはヴァーユの部屋で寝るという。流石に早すぎないか?この世界ではそんなものなのだろうか。今後の事を考えると、正直な話サクラとヴァーユに強い繋がりが出来ることは双方にとって良いことずくめな訳で、俺は特に反対もしない。

 去り際にヴァーユから夜伽をどうするか訊ねられたが俺は丁重にお断りする。そんな精神状態ではないし、もし相手があのメイドだった場合、八つ当たりで刺されるかもしれない。ここまで来てそんな理由で死ぬわけには行かないし、息子の事が頭に浮かんだのもあるだろう。


 翌日、インドラは早朝から魔王城へ出発する。サクラとメイドは兵糧の準備で、俺とヴァーユは剣の訓練。あのメイドに食べ物を準備してもらうのは怖かったが、一夜明けた今、二人は和気あいあいと話している。良く分からんが毒だけは勘弁してほしい。

 ヴァーユとの訓練では、俺との勝負の時に行っていた電気魔法で相手の動きを阻害する技のレクチャーを受けた。イザナギさんとの訓練ではそこまで至ってなかったのだが、生体電気生成による動作補助に関しては常に掛け続けていることもあり、もはやマスターしていると言って良い。相手への働き掛けに関しても案外すんなり行くのではないかと思ったのだ。


 俺の予想は的中した。インドラが戻ってくるまでの間に実用レベルにまで達した。まぁ細かい調整はまだできないので、無限の魔力を利用して適当に電撃送りまくるだけだし、何よりもイザナギさんの魔剣があっての事だが。

 この魔剣も剣聖同様有名で、名前をアメノオハバリというらしい。何でも前魔王討伐時のイザナギさんは、この剣で周囲一帯に落雷を引き起こしながら戦っていたらしい。というか、ほとんどの魔族はイザナギさんにやられていたようだ。勇者とは一体……。

 

 折れているとはいえ、この魔剣を所持していることをヴァーユから物凄く羨ましがられたので、元の世界に帰る前に譲渡する約束をした。サクラとのやり取りを見ているので信用はしているつもりだが、保険は多ければ多いほど良いだろう。 

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