第18話 勇者の願望

「剣聖は強すぎた。この世界ではもう、誰もが正攻法で敵わないと諦めていた。俺は違う。剣聖がもう少し非情だったら。あるいは、もし全知の魔眼が健在であったら。あの作戦が失敗したら、俺は、俺が剣聖を倒すつもりだった。……死んじまったがな」


 ……ヴァーユは魔力の使い方と言った。なら、答えは一つだろう。例えばサクラは水魔法をレーザーの如く放つことができる。溜めと圧縮。つまり、ヴァーユは魔力を推進力として使っている。この世界において、そのレベルに魔力を扱えるようになるには相当の時間がかかる筈だ。それをこの男は、申し分のない剣技と平行して修得している。


「周りと同じ事をやっても駄目なんだ。まして剣聖。目標は世界最強。なら、それを越えるにはどうすれば良いか。俺は脳筋かもしれないが、馬鹿じゃない。俺の頭は、全て戦いに注ぎ込んでる。これがその極致だ」


 確かに、これならイザナギさんを相手取っても良い線行くだろう。ただし、勝てはしない。最強はイザナギさんだ。俺は、コイツを倒す事でそれを証明する。


「さぁ。俺の奥の手は見せたぜ。勇者よ、お前もまだ何かあるなら見せてみろ。でないと、すぐに終わっちまうぞ!」


 来た。二度目だ。さっきよりは目が慣れている。間合いまで後一歩という所で、俺は周囲に漂わせていた魔力の重量を大きくする。


「な!?」


 ヴァーユは俺の目前で大きくバランスを崩す。重量を増した魔力が絡み付く。全力疾走中に泥沼に足を突っ込んだようなものだ。そして足を捕られた今、後ろへ跳ぶこともできないだろう。


 俺は、敵の頭へと剣を振り下ろす。殺った。


「うおらぁぁぁあああ!!!なめんじゃねぇぇぇぁあああ!!!!」


「は?」


 俺の剣が当たる前に、ヴァーユは自身の周囲を囲う魔力をその剣撃で吹き飛ばす。


 重量を増していた己の魔力をまともに受け、俺は再び吹き飛ばされる。意識も飛ばされそうになるが、何とか耐える。


 吹き飛ばされた俺を追撃してくるヴァーユ。俺は今だ空中で身動きが取れない。


 斬りかかる敵。当たれば致命傷。死ぬかもしれない。

 

 俺は咄嗟に、自分の着ている鎧の重量を上げることで落下の軌道をずらす。空振りする敵の剣。ヴァーユの体が俺を追い越す瞬間。カウンターの要領で剣を敵に当てる。敵の勢いを利用する。後は当てる直前、いつものように剣の重量を増す。


 相手の胴に、剣がめり込む音がする。まずい。剣の重量を上げすぎた。


 そのままヴァーユは俺の少し後ろに落下する。俺は鎧と剣の重量をゼロに戻して受け身を取る。 


「サクラ!ヴァーユの回復を!」


「分かったわ!」


「まだだぜ……。俺はまだ、敗けを認めちゃいねぇんだ。それによ、お前ももう立つのがやっとだろうが」


 血を吐き、体を震わせながら立ち上がるヴァーユ。確かに、俺は俺で満身創痍だ。左腕も肋骨も折れてるし、さっき喰らった重量化した魔力も大分効いている。呼吸も苦しいし、気持ち悪い。これ、内蔵もやられてないか?俺は別に戦い慣れている訳でもないし、正直キツイ。


「いや、ヴァーユよ。これで終わりだ。もう十分に勇者の力は分かった筈だ。これ以上は命に関わる」


「インドラてめぇ!水差してんじゃ、ねぇぞ!」


「ヴァーユ。お前は強い。あと十年もすれば、剣聖と比肩する実力になっているだろう。勇者にも劣らない筈だ。だがそれは今じゃない。お前も分かっているだろう?勇者は、お前を殺さないように立ち回っていた」


「……うるせぇよ」


「お前は、剣聖と戦えずに終わってしまった腹いせをしているだけだ。自暴自棄になるな」


「うるせぇってんだよ!お前に何が分かる!俺はなぁ!ガキの頃からずっと!剣聖を倒すために、その為だけに生きてきたんだ!それがなんだ、あんな糞みたいな作戦で剣聖を汚しやがって!てめぇら全員、馬鹿じゃねぇのか!命令した魔王も!それを実行したお前も!まんまと死んじまった剣聖も!」


 ……多分ヴァーユは、剣聖が死んだことを知った時から、平常ではいられなかったのだろう。吐き出す先もない葛藤と戦っていた。俺が殺さないようにしていたのは確かだが、それにしても、本来なら俺が一方的にやられて当然の相手だ。戦闘の素人である俺から見ても、雑に感じる場面が多かったように思う。


「分かってるさ……。言い訳だ。全部、俺が弱いからだ。俺が強ければ、卑怯な真似なんかする必要もなかったんだ。周りに理由を求めちまう時点で、弱いんだ。勇者にも勝てないしな。まだまだ全然、ダメだな……」


「そんなことないわよ。貴方はすぐに、自分の弱さを認められているじゃない。それは、本当に弱い人間には決してできない事よ。剣聖は死んでしまった。答え合わせは出来ないかもしれないけど、貴方はいつかきっと、自分が世界最強だと胸を晴れる日が来ると思うわ。もちろん、平和な世界でね」


 良いながら、回復魔法を掛けるサクラ。


「お前……、中身も良い女だな。俺と結婚しろよ。勝負には敗けちまったけどな」


「良いわよ。世界が平和になった後の、人間と魔族の家族第一号が私達ね」


 ……凄いな。なんか知らんが目の前で婚約してるだが。それもお互い、国の中でもかなりの重要人物同士が。大丈夫なのかこれ?


「……勇者と良い仲じゃないのか?」


「いえ。僕には妻子がいますから。だから、早く元の世界に帰りたいんです」


「ククク、そうかよ。敵わねぇな。剣聖もそうだったのかもな。やっぱりよ、守る物があると違うのかもな」


「サクラさん……。良い感じのところ悪いんですけど、僕にも回復魔法掛けてくれませんか?」


 そろそろ俺も限界だ。さっきから気持ち悪くて仕方がない。ゲロ吐きそうなんだが。あ、ヤバい、フラフラしてきた。いやいや、さすがに敵地で倒れるのはマズイだろ……。うわ……。駄目だこりゃ……。


「ちょっとキヨスミくん!まったく、馬鹿なんだか…………」


 何言ってんのか、聴こえねぇよ……。




 …………。思えば詰まらない人生だった。たかだか三十年ちょい生きた位で何言ってんだって話だし、別に生活に不満があるわけでもない。世の中には多分もっと不幸なヤツだっているんだろう。ただ、そうだな。割に合わない。ずっとそう感じていた。

 俺は人の気持ちが分からなかったし、対処法を教えてくれる大人もいなかった。なまじ頭が良いものだから、自分で考えて、少なくとも周りから叩かれない無難な立ち振舞いが出来た。その延長で、勉強は出来れば出来るほど良いみたいだから頑張った。別にやりたいことがハッキリしている訳でもなかったが。

 良い大学に入って良い会社に入る。会社では仕事が出来れば細かいことは言われない事が分かったから、これも頑張った。良い大学を出た俺は幹部候補枠で入社していた。現場を動かす立場の人間だ。だが現場と関わる内に、あることに気付く。特に頑張らずに生きてきた筈の現場は、少しも不幸そうじゃない。仕事も簡単だし、責任もない。そりゃあ、俺の方が多少給料は高いかもしれない。でも別に、給料が高いからと言ってやりたいこともないのだ。ただ妻が専業主婦をやれるという、それだけの話。

 もちろん、俺に何らかの圧倒的な才能でもあれば話はまた違うのかもしれない。ただ少なくとも俺は、元の世界は不平等に感じた。頑張らないヤツに、何故だか世界は甘い。頑張ったヤツは、最後まで頑張らないといけない。褒められることもない。割に合わない。

 かといってレベルを落とすこともできない。自分の今までを否定したくない。プライドが邪魔をする。現実的な話、正直に履歴書を書いたら現場採用されないってのもあるが。なんだかな。ただ生きるのは難しくないんだが。満足出来るレベルってのは、中々に難しい。


 あの魔族側の人間に言われた時に思わず納得してしまったが、実際のところ、俺は元の世界に魅力を感じていない。仕事も、妻も、周りの人間関係も、どうでも良い。


 だから、俺が元の世界に帰りたいと思っている本当の理由は一つだけだ。


 俺は帰って、息子に会いたい。

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