第17話 ヴァーユ

「話は分かった。つまりこういうことだな?俺と勇者が戦って、勝った方がサクラを手に入れる」


「……その通りよ。私、強い男が好きなの」


「いいだろう。魔王軍五大将軍が一人、このヴァーユに立ち向かおうとは。人間の勇者よ、その意気や良し!」


 ……つまり、どういうことなのだろう。インドラの話を聞いて、何をどう理解したらその結論に至るんだ?っていうかサクラ、お前も乗ってんじゃねぇ。


 


 俺たちはインドラ亭を後にして、前日に相談したスケジュールに則って五大将軍最後の一人であるヴァーユの元へ訪れていた。馬車で約一日半。ヴァーユのいる町を越えた先には魔王城の城下町があるため、最後の防波堤であるこの町の守りは堅牢だった。しかし誰もインドラが裏切るなど思っておらず、どころか、魔族からしたら剣聖討伐の凱旋である訳で、もはやパレード状態。ヴァーユと話したいという申し出もあっさり受け入れられ、俺たちは苦労なくヴァーユ亭への潜入、及びヴァーユとの面会に成功した。

 

 こちら側は変装した俺とサクラ、それにインドラ。剣聖は討伐したものの勇者は取り逃がしたという事にしていたため、今後に関して重要な話があると、ヴァーユのみの出席を要望。これも難なく叶い、それからインドラは包み隠さず事の真相をヴァーユに告げる。

 剣聖討伐は事実であること。同伴している二人が人間の勇者と魔術師であること。そしてこれから自分が魔王になり、人間との争いは和解という形で終止符を打ちたいと思っていること。実際のところ、そうしなければ勇者に魔族を全滅させると脅されているが、そうでなくとも剣聖討伐が人間サイドに知られた時点で全面戦争は避けられない。全面戦争の回避に加え今後の争いを終わらせられる可能性がある勇者の意見については、脅しを抜きに考えれば悪くないと思っていること。


 いや、正直過ぎないか?ヴァーユって脳筋なんだろ?いつ激昂してくるかヒヤヒヤしていたが、意外にもヴァーユは冷静に話を聴いていた。途中で口を挟むこともなく、話を終えたインドラがヴァーユに質問はないか聞いたところ返ってきた返答が、先程のセリフだったわけだ。


「……ヴァーユさん。とりあえずサクラさんの取り合いに付いては置いておくとしてですね、もっとこう、言うことないんですか?要するにクーデター起こそうって事なんですが」


 俺は思わず聞いてしまう。


「俺は正直、今の魔王様のやり方は好かん。インドラが魔王になるならその方が良いだろう。俺は戦うことは好きだが人間に恨みがあるわけでもないし、仕事でなければ殺したくもない。この世界が平和になったら、綺麗な嫁さん見つけて、子供に囲まれながら農業でもやるさ。つまりサクラ、俺と結婚しろ」


「え……。素敵……」


 そう言えばサクラも、そんな感じの生活が憧れだとか言ってたな。良かったな。


「だが、俺も馬鹿じゃない。話に乗るか否かは、勇者の力次第だ。俺に負けるようなら今回の戦争は魔族側の勝利で終わりだ。それに、話が本当だとして、人間側を納得させる必要もあるだろう。それこそ力で脅す必要もあるかもしれない」


 ……確かに。そこまでは考えてなかった。俺は魔王討伐後に元の世界に帰るつもりだ。ずっといるわけにはいかないのだから、人間側に対しても何らかの楔を打つ必要があるだろう。っていうかこの人、全然脳筋じゃなくないか?


「この館の地下には、訓練用の広場を設けている。そこでなら誰にも知られず勇者の力を試すことができるだろう。到着して早々で悪いが、問題なければすぐに行こうと思うのだが、どうだろうか」


「分かりました。では、そうしましょう」


 俺たちはヴァーユに促されて部屋を後にする。道中の話では、ヴァーユの家系は代々魔王城への最後の守りを行っているらしく、ヴァーユ本人も幼い頃からずっと戦いのいろはを学んでいる。地下に訓練場があるのもそのためであるらしい。そしてインドラ曰く、単純な戦闘力で言えば、魔王軍の中でヴァーユの右に出る者はいないとのこと。




 さほど時間も掛からず、地下訓練場に着く。邪魔が入らないよう、ヴァーユは内側から扉を閉めて鍵をする。


「ほう。この状況で大して警戒しないとは。よほど腕に自信があるようだな。俺やインドラに襲われるとは思わないのか?」


「いえ。貴方と話していて、そういう小細工をするようには思えませんでした。あと、襲われても問題ないと思ってるのは正解です。僕は常に臨戦態勢ですから」


 魔族領に入ってからずっと、電気魔法と回復の軽鎧は使いっぱなしだ。魔力も常に周囲に這わせている。不意打ちなど、喰らいはしない。


「それで、得物はどうする?見たところお前の剣は折れているだろう?俺も殺しあいが目的じゃないからな。お互い模擬刀で良いか?」


「はい。僕もその方が良いです。散弾銃も使いません」


 剣聖の魔剣で一振り当てようものなら、サクラの回復が間に合うかも分からないしな。


 俺は模擬刀を受け取り、ヴァーユとの距離を取る。お互い剣を構えた所で、ヴァーユが俺に声を掛ける。


「人間の勇者よ!この戦いに勝利条件は特にねぇ。敗けと思った方の敗けだ。それじゃあ、行くぜ?」


 瞬間、目の前にヴァーユの剣が迫る。お互い十分な距離を取っていたにも関わらず、気付けばヴァーユの間合いだ。もし剣聖と訓練したことがなかったら、この時点で詰んでいただろう。

 俺は向かってくる剣を自らの剣で受けるべく防御の動作を取ろうとする。剣聖ほど速くはない。常時電気魔法の補助を受けている俺なら間に合う。

 が、腕に違和感を覚えた俺は、防御ではなく回避を選択する。全力で後ろに跳ぶ。紙一重で、ヴァーユの剣が目前を横切っていく。


「……やるじゃねぇか!良く避けたな!さて、お次はどうかな!」


 避けて出来た距離もすぐに詰められる。容赦ない連撃。回避しながら剣を受けることで精一杯。体が、普段通り動かない。なんだこれは……。俺の電気魔法が、キャンセルされてるのか……?


「気付いたか!?俺の前では、電気魔法は使えないぜ!一方で俺は使える訳だが、お前にこのレベルの妨害は無理だろ!?」


 コイツ……。剣の腕はイザナギさんの方が数段上だが、電気魔法の扱いだけで言えば、剣聖を上回ってないか!?


「どうしたよ!そんなもんか!?俺はまだ、自分に電気魔法を使ってないんだぜ!?」


「……!?」


 マジかよ……!クソが。まずはこの妨害魔法を何とかしないと。どうする!?


「オイオイ。これで終わりとか勘弁してくれよ。こんななら、俺も剣聖討伐戦に無理にでも参加するんだったぜ!インドラには悪りぃけど、このまま殺っちまうぜ!?」


 ヴァーユの剣に殺気が込められる。一撃目を剣でガードしたが、二撃目に間に合わない。俺は咄嗟に左手でガードするが、骨の折れる音。続いてくる衝撃に吹っ飛ばされる。

 だが俺は、左腕のガードが間に合ったことで光明を得る。俺はもしもに備えて常に魔力の放出を行っている。左手でだ。そして、左腕の動作に関しては、右腕程の違和感はない。つまり、魔力が敵の電気魔法をカットしているということだ。再生の軽鎧による回復では折れた骨は治せないが、痛みは引いてきた。行ける。全身から魔力を流しながら切り込めば敵の不意を付ける筈だ。俺は立ち上がる。次の攻撃がチャンスだ。


「そうそう。そうこなくっちゃな!さて、行くぜ?」


 ヒュッ……。


 来た。目の前にはヴァーユの剣。振り下ろされるそれを上回る速度で、剣で敵の銅を抜く。インパクトの直前に質量操作を行った剣の衝撃は凄まじく、今度はヴァーユが吹っ飛んでいく。


「ちょっとキヨスミくん!私の旦那に何てことすんのよ!」


 サクラお前……。どっちの味方なんだ……。


 だが俺は、決着が着いてないことを知っている。載せた重さに対して手応えが小さい。恐らくあの一瞬、俺のスピードの変化に気付いたヴァーユは自分に電気魔法を掛けている。そして、自ら後ろに跳んで衝撃を逃がしている。


 案の定、何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「良いぜ。お前はあの剣聖の最後の弟子だ。その遺志も継いでる。これくらいは当然だよな。ここから先は、お互い、全力で行こうか」


 電気魔法を己に掛けたヴァーユが接近してくる。


 !?


 はや、ヤバ……。


 今度は俺の方が後ろに逃げる。間に合わない。吹っ飛ばされる。痛てぇ……。脇腹の骨、折れてるだろこれ……。


「反応できないだろ?魔力にはこういう使い方もあるんだぜ?本当は、剣聖相手に披露したかったんだがな」


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