第15話 俺なりの正義
「あ、ぁぁぁぁぁああああ!」
俺の近くにいた数人の兵士が斬りかかろうとしてくる。が、遅い。俺は魔剣により形作られる魔力の刀身を伸ばす。敵の頭上に向かって横凪ぎに剣を振る。敵兵達はその行動の意味が分からず、一瞬怪訝な顔する。ズゥゥン……!次の瞬間には敵兵の姿は消え、後には、俺を中心に扇状に広がる地面の抉れだけが残る。
重い雨と同じ要領だ。魔剣を振り、魔力を常に供給しながら、剣先の魔力を超重量と化す。頭上から、見えない魔力が降ってくる。雨の時と違うのは、魔力自体が見えない物だから、人が突然消えたように見えることだ。良いな。現実感がなくて、これなら殺した気にならない。
後ろの兵士は、後ずさる。両手を無くした将軍の口は塞いでるし、魔力で動けなくしているから、誰も指示を出せない。徐々に恐怖が、場を支配していく。
「……そうか。それがお前らの答えで、良いんだな。安心しろ。お前らの卑劣な手で剣聖が死んだことは、黙っておくことにするから。それが、俺が剣聖にできる、せめてもの義理立てだよな……」
実のところ、戦闘中もずっと俺は周囲に魔力を漂わせていた。その魔力に質量操作を行う。そうだな……。足止めじゃなくて、殺す目的なら。魔力を一瞬軽くして敵の頭上に上げて、その後で一気に重くする。それで終わりだ。元の地形、人がいたという痕跡も残らず、辺り一面に綺麗な平地が出来るだろう。さぁ、やるか……。
「キヨスミ君……、止め、なさい……!」
そうか。一度静まり返った中での地響きで、起きてしまったか……。
俺は、ダメ元で聞いてみる。
「サクラ……。イザナギさんを、治すことはできるか?」
「……おじいちゃん!?あぁ、ああああああ!私がいながら!こんな……!」
サクラはよろよろとイザナギさんに近付く。その体を仰向けに寝かせて、もう魔力なんかない癖に、回復魔法を使い始める。将軍にやられた剣の跡、至るところにできた切り傷は徐々になくなっていく。それでも、剣聖が目覚めることはない。
「……分かった。もういい。無理を言ってすまない。お前も重傷なんだ。ここは俺に任せて、イザナギさんを連れて馬車で休んでてくれ」
「……駄目よ。あなたも一緒に、連れていくわ……」
「……もういいだろう。今更だ。剣聖が死んだ事を人間側に知られたら、全面戦争は避けられない。戦争が起きない世界にしたいというイザナギさんの遺志は俺も尊重したい。だが、俺達や、ここにいる魔族以外の誰が納得するんだ?それに、俺はさっき敵方の将軍と数人の兵士を殺している。これだけでもう、魔族の意志も揺らいでいるだろうさ」
俺も知らなかった。憎しみが、こんなにも強い感情だなんてこと。だが、だからこそ断言できる。和平なんて、夢のまた夢だ。そもそも俺たちは、魔族が攻めてくる理由すら知らないというのに。
「二度と攻めてくる気が無くなるくらい、徹底的に滅ぼす。俺ならそれができる。今までの勇者は、魔王を倒したらそれで終わりだったんだろう?詰めが甘いんだ。だから、いつまでもダラダラと争う事になる。それを手伝えとは言わない。せめて邪魔をしないでくれ」
ピィッ!
俺の耳元近くを、サクラの水魔法が通り抜けていく。
「一度冷静になりましょう。それができないなら、力ずくでも連れていくわ」
「今のその状態で、できると思ってるのか?俺が一瞬、魔力に力を込めただけで動けなくなるのに?そうしたいなら、今のが最後のチャンスだった」
「あなたこそ、私を傷付けるようなこと本当にできるの?無理に決まってるわ。あなたの中に、剣聖が生きているなら!」
……。そうだろうか。そうでありたい。でも、俺はなに食わぬ顔で、サクラも殺せてしまうんじゃないだろうか。今後の方針を立てるためにも、今の自分の状態を、正確に把握しなければ……。
俺は、サクラの周りの魔力を、加重方向に操作しようとする……。
「どうしたの!早くやってみなさいよ!」
?
駄目だ。操作できない……。なんだ?質量操作を発動使用とした瞬間、何かが俺を止めてくる……。それはいけない、と胸に手を当てられているような。……いるのか?本当に?俺の中に、イザナギさんが……。
「……私が悪かったわ。だから、泣き止みなさい。これからどうすべきか、一緒に考えましょう」
ああ。本当だ。人前で泣くなんて、一体いつぶりだろう。
「……そうですね。すみません」
そうか……。良かった……。俺はまだ、イザナギさんが肯定してくれた俺のままだ。本物になろうとする、偽物。正しく、強くあろうとする姿勢こそが重要だと、剣聖は言ってくれた。なら……。
俺は、両手を無くした将軍の拘束を解く。
「サクラさん、魔力カツカツのところすみませんが、彼に回復魔法をお願いします」
「ええ。分かったわ」
サクラはイザナギさんの元を離れ、将軍の回復を始める。俺は将軍に向かって話す。
「先程は……。いや、それはお互い様か。戦争中のことです。謝りあっていても、意味はない。まずは、今回の戦いはこれで終わりにしましょう。その上で、話したいことがあります。僕はキヨスミ。人間側に召喚された勇者です。あなたは?」
「……ああ。私の名はインドラ。魔王軍、五大将の一人だ。……人間の魔術師は凄いな。私はもう、両手のことは半ば諦めていたのだが……。お前を撃ったのは私だ。すまなかったな」
「私は最強の魔術師だからね。戦闘中のことなら気にしてないし、感謝ならおじいちゃんにして頂戴」
「……そうだな。今、この場の魔族が生きている事についてもそうだ。剣聖と、勇者の温情だ。この場を代表して、感謝と、謝罪を……。して、話とはなんだろうか?」
「はい。さっきサクラさんにも言いましたが、剣聖が死んだ事が人間側に伝われば、全面戦争はまず回避できません。僕は剣聖の遺志を継ぎたいと思っています。できればもう、誰も傷付かないような方法で解決したい。それには魔族側の協力が不可欠です」
「……私たちに、魔族を裏切れと?」
話が早くて助かる。元々、来ていた三将軍の中でインドラが唯一の魔術師だった。結果的にだがこの人だけが生き残って良かった。知的そうだし、一人なら他の将軍と争うこともない。
「それは考え方によります。剣聖が望んだ世界は、おそらく人間と魔族が手を取り合うようなものです。魔族を不当に扱ったり、まして奴隷なんていない。お互いが尊重しあう関係だ」
俺には魔族を騙すつもりは一切ない。だが今の段階ではまだ脅しが必要だろう。同時に飴も与える。言い方は悪いが、俺は純粋に、俺が正しいと思うことをする。それを正直に話す。
「僕はもう冷静で、剣聖の願いを果たしたいと思っています。ですが、同時に恨みも忘れていません。僕は別に、最終的に魔族を絶滅させるという選択でも構いません。果たして、人間との和解と、種の滅亡。どちらが裏切りでしょうか」
「キヨスミ君、それはちょっと過激というか、お姉さん若干引いてるわ」
「というかサクラさん。この和解に当たっては正直な所、僕らも人間側を裏切るようなものです。魔族は殺さない。剣聖の死は隠蔽する。もし上手く事が運ばずにバレたら死罪でしょう」
「ええ!?そうなの!?」
サクラ……。めっちゃ頭良いはずなのに、なんでこんなに馬鹿っぽいんだろう……。
「……勇者よ。話は分かったが、一つ大きな問題がある。魔王様はどうするのだ?」
乗ってきた。多分もう、インドラは話の落とし所を理解している。その上でこの反応なら、拒否もされないだろう。
「はい。そこでインドラさんの出番です。僕にも厄介な事情がありまして、残念ながら魔王だけは討伐するしかありません。どちらにせよ、これまでのやり方を見るに今の魔王は和解など望まないでしょう。つまり、魔王討伐後の新たな魔王はインドラさんです。剣聖とやりあっている貴方なら信用できる」
ですが……。
俺は続ける。
「賛同頂けないなら、殺します」
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