第14話 真の平和

 俺の仮面はハリボテだ。ただ、そうあるべき、という一般的な正義の切り貼りだ。ただの偽物。だから理解できない。まるで分からない。イザナギさんが、死を覚悟して戦っている理由。そもそも、例え敵兵五千だろうが、本来ならばまるで相手にならないのだ。それくらいの力量差が、敵と剣聖との間にはある。なのに、子供の命を奪えないという足枷のせいで、イザナギさんは苦戦を強いられている。自分のみならず、その足枷を、俺やサクラにも嵌めてくる。

 殆どの兵士はイザナギさんしか眼中にない。と言うか、敵の目的はそもそも剣聖なのだ。剣聖に挑む気概の無いものだけが、俺やサクラを狙ってくる。小規模の白兵戦であれば俺は超重量の魔力で敵の足を潰す事ができるから、そこまで苦戦することはない。それはサクラも同様だ。だが、イザナギさんを援護することもできない。俺やサクラの技では少年兵を傷付けずに戦うことは不可能だし、かえって邪魔になるだろう。


 剣聖は、少年兵の武器破壊を行いながら、かつ、意識を奪うのみに留めている。その上で、他の敵兵の命を次々に奪っている。神業としか言いようがない。だがそれでも、ダメージを負ってしまう。一番の理由は、敵兵の同士討ちから少年兵を守っているためだ。これだけの乱戦なら、当然の現象だ。少年兵が受ける筈のダメージが、全て剣聖に行く。そのダメージは、サクラが応戦しながらの回復魔法で癒す。


 休憩もできず、そんな状態がずっと続いている。もう、日が暮れようとしている。敵兵の数は、目に見えて減っていた。元々の半数以下になっているだろう。そのほとんどは剣聖によるものだ。しかし敵の攻撃は一向に止まない。視界が悪くなった分、敵兵の同士討ちが増え、増えた分、少年兵を庇って剣聖がまた傷付く。サクラの魔力もそろそろ限界だろう。


「イザナギさん!もういいでしょう!限界だ!下がってください!後は、僕の魔法でなんとかしますから!」


「……儂はのぉ。息子を無くしてから、自分の命の使い道をずっと考えておった。ただ魔王を倒すだけでは、何も変わらんのじゃ……」


「!?」


「お爺ちゃん、そろそろ、私の魔力も持たないわよ!敵はまだ、二千はいる!流石に無理でしょ!?」


「この戦で、勝つことに意味はない……。重要なことは、童を殺さぬこと。この剣聖が、世界最強が、争いの虚しさを、その命でもって皆に教えることじゃ」


 イザナギさんは、譲らない。戦闘を継続する。意味が分からない。それは、自分の命を天秤掛けるほどの事なのか。


 不意に、近くで爆音がする。サクラが吹っ飛ばされる。俺は急いでサクラの元へ向かう。放っておいたら殺されてしまう。サクラは気を失っている。当たり前だ。ずっと戦っている。いつものぽっちゃりした体も、見る影もなく痩せている。……明らかに、もう戦えない。


「……遅かったのぉ。そんなに、この老いぼれが怖いのかの?」


「……そうだな。剣聖と言えば、魔族でも知らぬものはいない。貴様という圧倒的な強者がいたからこそ、無駄に戦火が拡がらず、犠牲者も最低限であった。だが俺達にも、戦わなければならない理由があるのだ」


 将軍三人が、前線に出る。サクラを撃ったのはその中の一人だ。


「……そうか。儂に免じて、一つだけお願いがあるのじゃが、勇者殿と、魔術師殿は見逃してやってくれんかの」


「イザナギさん!今からでも遅くない、僕が……!」


「……ああ。その願い、引き受けた。剣聖、その首、貰い受ける!」


「勇者殿、そこで見ていてくれ……。儂の生き様を」


 魔族の最後の矜持なのだろう。将軍達と剣聖が相対してから、敵軍の動きは止まった。俺も動けない。だがもう、剣聖はボロボロなのだ。大分前から、電気魔法も切れている……。


 


 ……三将軍とイザナギさんの交戦が始まってから、どれくらいの時間が経っただろう。剣聖の動きは、まるで舞を踊っているかの如く、最小限の動きで敵の攻撃を躱し、返す刀で反撃を行う。やがて敵将の一人の首を獲り、もう一人の両手を切り飛ばし、残るは一人。


 もしかしたら。このまま将軍を撃破し、また三人で旅が続けられるのではないか、と思った。だが、終わりは唐突にやって来る。最後の将軍の剣を受けた時、老体よりも先に、剣が悲鳴を上げた。剣聖はそのまま袈裟斬りにされ。両膝を着く。


「……最期に、言い残すことはあるか?」


「そうじゃの……。時に、己の主張を通すために、力は必要じゃ。じゃが、力は正しさを曇らせる……。力で奪っても、力で奪われるだけ……。そんなものに頼らずとも……、誰もが笑って生きられる世界は実現できるはずじゃ……。今を生きるお主たちに……、それを託したい……」


「……ああ。ここにいる者には貴様の願いは伝わっているはずだ。俺も、その思いを繋げてみせる。だから、安心して眠れ……」


「うむ……。そして勇者殿、お主にも、儂の意思を、継いで欲しいと思っておる……。異世界から来て数日のお主には、酷じゃと分かっているが……。この世界に、仮初めじゃない、本当の平和を……」


 止めてくれ。そんな綺麗な物を、勝手に託さないでくれ。俺には、荷が重い。重すぎる……。


「……すみません。僕には、無理だ。無理ですよ……。僕には、それができるだけの強さがない……」


「大丈夫じゃ……。強い必要なんて、ない。例え、本当の自分を隠していても、偽りの正義だとしても。大事なのは、正しくあろうとする、姿勢そのもの、なのじゃ……」


 見抜かれて、いたのか……。そして、その上で、肯定してくれている。こんな、人まがいの、俺を……。こんな気持ちは、知らない。とても、暖かな……。今まで誰にも、揺さぶられたことがない。なのに……。


「大丈夫……、お主なら、儂を、越えられ……」


「イザナギさん!?駄目だ……!あなたは、まだ死ぬべき人間じゃない!」


 剣聖は、前に倒れる。もう二度と、動くことも、喋ることもない。顔にはまるで疲労の後はなく、これ以上なく、安らかだ。


 周りの敵は、誰も動かない。俺はサクラを地面に寝かせ、イザナギさんに近付く。千変万化の剣を捨て、代わりに折れた魔剣を拾い上げる。イザナギさんの形見。力の象徴。俺はこの剣を、平和の象徴にしなければならない……。


 ……だが。


 先程まで俺の心にあった暖かな何かは、一転して、耐え難い憎悪に変わる。

 

「……人間の勇者よ。剣聖との約束だ。今日のところは、剣聖の亡骸とその魔術師を連れ、人間国へ帰れ」


 ああ?止めてくれよ。ただでさえ腸煮えくり返ってるのに、何、偉そうに命令してんだよ。


「なぁ……、剣聖は死んだ。サクラも寝たままだ。今、俺を抑えてるのは、イザナギさんの言葉だけなんだぜ?見逃されてるのは、どっちだと思う?」


「ぬっ!?」


 俺は、刀身の無くなった刃を一振りする。


 イザナギさんの命を奪った将軍が、頭上に構えた剣ごと頭から両断される。


 剣聖の魔剣は、城の宝物庫にあったヴァジュラと同タイプで、使用者の電気魔法の補助を行う。すなわち、整体電気生成の効率化と、剣から電気を発する効果だ。後者の発動の際、正確には刀身そのものに電気が流れるわけではない。それでは自分も感電してしまう。あくまで、刀身から数ミリ浮いた位置に刀身の形に魔力が纏い、それが電気に変換される。俺は、刀身の形になった魔力を電気に変えることなく、振り下ろしの瞬間にその魔力を超重量に変化させた。


 俺は、言葉の先を、両手を失った将軍に向ける。


「なぁ、お前は、どう思う……?」


「なっ……!?貴様、総員掛か……!」


 俺は魔力そのもので、将軍の口を塞ぐ。


「俺が言うのもなんだが、弱い奴が軽弾みなこと、するなよ。イザナギさんの言う真の平和の達成のやり方は、何も一つだけじゃない。俺は別に、どっちだって良いんだ。魔族を皆殺しにする。それも一つのやり方だ。なんならその方が、後顧の憂いもないってもんだ」


 俺は、視界に移る全ての魔族に向けて言う。


「なぁ、お前らは、どっちが良いんだ?教えてくれよ。俺を導いてくれる剣聖は、もう居ないんだ」

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