第13話 剣聖

 強さの果てに、一体何が得られようか。


 儂は、最初から強かった。これまでの人生でただの一度も負けたことなどない。苦戦を強いられた事すらない。20年前の魔王討伐にしても、多少の時間の差はあったかもしれないが、例え王の全知の魔眼が無かったとしてもおそらくは同じ結果になっていただろう。


 だが、それに何の意味があるのか。全知の魔眼があったのだから、それこそ、儂でなくとも魔王討伐はできたはずだ。顔も知らない誰かを助ける事より、遥かに重要な事があったと言うのに。


 魔王討伐の旅に出たとき、儂には既に二人の子供がいた。その時、長男は齢14、儂に似て剣の才に溢れ、血気盛んであった。なんなら、儂よりも早く魔王討伐をして見せると息巻いていた。馬鹿な儂は、やれるものならやってみろと、息子を焚き付けた。嬉しかったのだ。息子の目に、目指すべき姿として映っていることが。そして、自分の息子は儂を越えられると、そう思っていた。


 魔族と人間との戦争は現在と比べると大分過激であった。儂を含めた当時の勇者一行は各地の紛争を鎮圧しながら旅を行っていた。儂の強さにしても今ほど極まってはいなかったこともあり、魔王討伐に三年の歳月が掛かった。その間、儂は故郷に帰ることは無かったし、便りを受け取ることもなかった。


 だから、儂が息子の死を知ったのは、魔王討伐が終わって故郷に帰った時だった。儂が旅に出た後、息子は軍に志願していた。そうして前線に送られた息子は、あっさり命を落としていた。国はこの事実を知っていた。実のところ、家族からの便りも来ていた。儂の士気を下げないため、それらの情報は隠蔽されていた。この事実の受け止め方が、儂には分からなかった。


 魔王討伐後も、儂は己を鍛え続けた。各地の紛争もすぐに鎮火する訳ではなかったから、儂は各地を回り続けた。だがそれも、五年も経てばやることが無くなってしまった。国の兵力も縮小されていき、各街の自衛を残すのみとなった。良い、世の中になったのだ。


 儂は故郷に帰らず、魔族領と最も近い町の自衛兵団に残った。儂は己を鍛え続けた。もはや自分自身、その行動に意味があるとは思っていなかった。ただ儂は、息子にとっての目指すべき姿であり続けなければならなかった。


 そんな折、故郷から便りが届いた。次男夫婦に子供が出来たから見に来てほしいと。今さら、どんな顔をして会いに行けば良いのか分からなかった。長男は自分のせいで死んだ。妻や次男とも、仕事を理由に距離を取っていた。グダグダ悩んで数日が経った頃、不意に勇者、いや、この国の王が儂を訪ねてきた。儂は言われるがまま、故郷に連れて行かれた。


 久し振りの故郷に戻り孫の顔を見たとき、儂は年甲斐もなく泣いた。息子が死んだ事を知った時に出なかった分の涙まで、一緒に流れ出た。ああ、不甲斐ない。自分は全然、強くなどなかった。世界最強。剣聖。何の事はない。儂はただ、我が子すら救えない自分の無力さを誤魔化していただけだ。


 それからも儂は自分を鍛え続けた。より多くの若者を鍛えるために、王国兵団に所属を変えた。以前と違うところは、頻繁に故郷に帰るようになったこと。そして、己を鍛える意味を見直せたこと。新しい生命に、それを教わった。


 だからこそ。再び魔王が現れたと知った時、儂は自ら討伐パーティーに志願した。恐らくそれが、最速で世界を平和にできる道だという確信があった。残念ながら、王はもう前線に立てる状態ではなかったから、勇者召喚の儀式を待った。


 召喚された勇者は、30を過ぎた辺りだろうか。もし、長男が生きていたら、これくらいだったかもしれない……。魔王を討伐した勇者が王になる。これは、国民に安心を与えるという意味でとても効果的だし、理に叶っている。だが、実際に魔王を討伐するのが勇者である必要はない。儂が倒す。この勇者は、絶対に死なせない。今度こそ、儂が守るのだ。





 …………現状は芳しくない。敵の兵力約五千。数だけの話ならば、魔術師殿と勇者殿がいれば問題はない。本来ならば。

 しかし、大人の兵士に混じって、中には10にも満たないような子供の兵士がいる。これでは、広範囲に渡る魔法を放つことはできない。いや、例えできたとしても、させるわけにはいかない。つまりこの状況を打開するには、ほとんど儂一人で敵軍を相手にする必要がある。幸い、魔術師殿は回復魔法が使えるから、支援はしてもらえる。後は儂の体力と、魔術師殿の魔力が持つかが問題だが……。


 敵将に号令を受けた兵の群れが、砂埃を立てながら近付いてくる。間もなく交戦に入るだろう。


「勇者殿、魔術師殿、安心せい。この場は儂に任せれば良い。魔術師殿には回復を頼むことがあるかもしれんが、二人とも、基本的には自衛に専念すれば良い」


「イザナギさん、でも!」


 最初に到達した兵士の首を跳ねる。造作も無いことだ。


「良いか。二人とも、決して子供を傷付けるでないぞ!それをしたが最後、平和な未来などあり得ん!」


 言いながら、次々と敵兵の首を獲っていく。


「ぁぁぁあぁぁあああああ!」


 剣を持った子供が斬りかかってくる。儂は子供の剣を根本から切断し、子供を後ろに放り投げる。次の瞬間には、別の敵兵の上半身と下半身を分断する。死体が増えると動きづらくなるため、儂は徐々に前に進んでいく。



「我が名はイザナギ!世界最強の剣聖である!命が惜しい者は去れ!魔王への忠誠心が死の恐怖に勝るならば!良いだろう!正々堂々、儂が引導を渡してくれる!」



 儂が、この争いにケリを付ける。子供の未来を守る。人間も魔族も、どちらもだ。


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