第11話 全部、めんどくさい

 河原で魔法の練習をしてたら知らない女の子に声を掛けられた。二十代前半くらいの若い子だ。どうするべきだろう。個人的にはすぐに捕縛してイザナギさんの判断を仰ぎたい。幸い町中でも再生の軽鎧は着ていて、常時電気魔法使用状態は相変わらずだから、この相手が余程手練れでない限り遅れを取ることもないだろう。昨日、奴隷商の話を聞いていて助かった。この子には角がない。知らなければ、疑う事をもなかっただろう。


「良く分かったね。理由を聞いても?」


「やっぱり!そうだと思った!勇者様がこの町に着いた事は噂になってたし、何より、普通の人はそんなに長時間魔法を使えないわ。あなた、午前中もいたでしょ?」 


 言いながら、女の子は近付いてくる。


「ああ、凄いな。正解だ。俺の名前は神風清澄。つい先日召喚された勇者だ。君は?」


 俺は自然と立ち上がり、彼女に近付いていく。手には魔法で針金を生成。ロープの材質とか良く分からん。


「あっ、初めまして。私の名前はアヤカゼ!名前、似てま……、え?」


 俺は一瞬で彼女の後ろに回り込み、両腕を針金で拘束。ついで、両足。動けなくなった彼女を米俵の如く右肩に担ぐ。


「悪いな。町中が安全なのは分かっているんだが、一応君が敵でない事を確認する必要がある。間違ってたら後で謝るし、ご飯もご馳走する。すまないが、少しの間だけ我慢してくれ」


「え、えー!?」


「あと、出来ればあまり騒がないで貰えると助かる。俺も変に目立ちたくはない。話相手にはなるから、会話は好きにしてくれて良い」


「いや、もう十分目立ってると思いますけど……」


「そうだな。まぁ、目立ちたくない事は優先順位としては高くない。俺も魔法の練習の続きをしたいから、ちょっと急ぐぞ」


 昨夜一緒に飲んだとき、イザナギさんの今日の予定は聞いている。彼が行っている訓練所は、ここからそう遠くない。


「後で間違ってたとき気まずいから、とりあえず君が魔族でない前提で話をしようか。どうして話し掛けてきたんだい?」


「いや、あの……。率直に言ってタイプだったからです。勇者云々の話は、ただの話題作りで、たまたま当たっただけです……」


 ふむ。美人局的に近付いての、情報収集が目的だろうか。昨夜の二人の話からすれば、魔族側にしても例えば俺や王様を暗殺するような真似はしてこないはずだ。あくまで正面から打ち破らなければならない。とすれば、少しでも弱点を付こうと思うのが自然だ。あるいは、魔族に対しての情を湧かせるとか、心理的な抵抗を増やす作戦かもしれない。


「なるほど、俺も君の外見はタイプと言っても良い。だが、残念ながら俺には妻子がいる。魔王を倒した後は、元の世界に帰るつもりだ。むしろ早く帰りたい」


「本当ですか?そんなに、元の世界に帰りたいですか?勇者様って皆、歴代の王様ですよ。何でも思いのままです。お嫁さんも子供も、新しく作れば良いじゃないですか。キヨスミ様って、元の世界でそんなに上手くいってたんですか?」


「……そうだなぁ。そう言われてみると、そんなに上手く行ってなかったかもしれない。保険金って言ってな、俺が死ぬと、家族には結構な額のお金が入るんだ。案外、俺が居なくても幸せにやるかも知れん」


 ヤバイな。思いの外、精神的に来てるっぽい。こういうのは、回復魔法じゃ良くならないんだな。クソッ、せめていつものルーチンがこの世界でも出来れば良いのに。俺は元々、そんなに精神強くねぇんだよ。


「そうですよ。今のご家族とは会えなくなるかも知れませんが、普通に考えて、元の世界に戻るよりもこの世界で王様やる方が幸せに決まってます。その時は是非わたくしめを娶ってください。側室で良いので」


「さっき会ったばかりの君に言うのもアレなんだが、俺は、元の世界で結構頑張ってたんだ。それなりに勉強もして、良い大学に入って。自慢じゃないけど、仕事でもエースっていうか、バリバリ仕事してたんだよな」


 ……何言ってんだろ。でも、元の世界でも、この世界でも、こういう愚痴を言える相手がいなかったから。キャバクラに嵌まるオッサンの気持ちが分かるぜ。……やっぱり精神病んでるなこれ。


「でもな、勉強も仕事もそうだが、最初は皆凄いって言ってくれるんだが、段々、周りにとって俺の凄さは当たり前になってくるんだ。仕事だと特に、それを面白くないと感じる上もいる。失敗したら袋叩き。頑張っても褒められることはない。プライドが邪魔をして、そんなこと嫁にも言えない。だからこそ、上手く行かない。分かってるんだけどな……。頑張りに対して、幸せは正比例する訳じゃないんだなぁ、ってさ……」


「この世界でなら、勇者様の思い通りに生きられると思いますよ。好きに生きて良いんです!ただし、魔王を倒した後で、ですけど!」


「……それなんだよなぁ。俺、ぶっちゃけ魔王殺したくないんだよ。なんなら魔族の誰も殺したくない。元の世界に帰りたいからって理由でさ、普通は無理じゃないか?」


 不可抗力で、既に一人殺しちゃってるけどな。もしかしたら、人生で一番ショックだったかも知れん……。


「それなら、話は簡単じゃないですか?元の世界に帰ることさえ諦められるなら、必ずしも魔族と戦争する必要もないのでは?」


「は?どういうこと?」


「いえ、例えばですけど!なんかこう、お互いの領地には攻め込まない、みたいな?なんなら、仲良くしようみたいな!」


 ……なるほど。確かに、それはアリなのかもしれない。そうだな。実に平和的な解決だ。なんで、今まで思い付かなかったんだろう……。


「そうです!我慢しなくて良いんです!自分の気持ちに素直に生きれば良いのです!私は応援しますよ!」


 ……そうだな。今まで俺は、知らずに我慢してたんだろうな……。強くなりたかったんだ。正しく生きたかった……。きっとそれが……、重石になって……、あれ。なんだろう……。フワフワする……。なんか、変だ……。これは……。まずいな……。


「ああ、君の言う通りだ……。異世界でくらい、好きに生きて良いよな」


「そうです!だから……」


「だからまず、お前が魔族かどうかハッキリさせようか。正直に言え。そうしたら、俺は何も言わずお前を見逃す。殺したくないんだ。分かるだろ?」


 ああ、なにもかも全部、めんどくせぇんだよ。


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