第9話 気さくな奴隷商

「すみません、サクラさん、回復魔法お願いします……」


「え、ええ……」


 重い雨で熊を圧殺した俺は、また気分が悪くなりサクラに回復を頼む。もう少し水魔法の練度を上げて広範囲で噴射できるようになれば、大抵の相手なら避けることも出来ずに熊と同じ末路を迎える事になるだろう。……だが。俺は果たして、この魔法を人に向けて放つ事ができるだろうか。熊相手でさえ、気分が悪くなっている。俺自身、魔族に何の恨みもない。できればもう、殺すのは魔王だけにしたい。

 それに、この魔法も完全に無敵かと言えばそうでもない気がする。例えば、サクラ級の魔術師が全力で火炎魔法を放ったらどうなるか。


「そうね。確かに、私が火炎魔法を上に向けて放ったら、多分、私に届く前に蒸発すると思うわ」


「じゃが、持久戦に持ち込めれば、無限の魔力を持つ勇者殿の勝利は揺るぎない。魔法が使えない者は、そも、防ぐことすらできないじゃろう。うーむ。考えたのう。このような使い方ができようとは……」


 実践で俺が重い雨を使えるかは定かではなかったが、次の町までの道中、俺は水魔法の鍛練を続けた。途中で現れたモンスターは全てサクラに処置してもらった。


 人間領最後の町に到着した。魔族領に入ってしまったら、補給や満足な休息がとれない可能性が高い。まずは保存の効く食料を買うことになった。幸い、俺の能力によって重さを気にする必要はなかったので、馬車内は狭くなるが、買えるだけ買うことにした。

 サクラは先の戦闘で無くした体重、もとい魔力を完全にここで補給するらしく、またこれまで疲れを癒す意味で、この町に三日間滞在することにした。その間は、各々自由に行動することにした。魔族領に近いだけあって、この町の守りは堅牢だった。町の周囲は残らず高い壁で覆われ、町への出入り口は1箇所のみ、監視塔14箇所が24時間体制で目を光らせており、異常時には町中に音が響き渡る。警報時の集合場所と、地図だけ持って解散した。


 実際、ここで一度休息するという選択は悪くないと思った。俺はこの世界に来てから緊張しっぱなしだったからだ。慣れない世界で、出てくる食事は不味くはないがいつもと違う。様々なものが清潔とは言い難く、ウォシュレットもない。仲間は知らないお爺ちゃんと年上の女性相手で気を使うことばかり。おまけに想定外の殺し合い……。昨日の眠りも浅い。ずーっと仕事モードで疲れた。最悪のコンディションだ。

 こんな時、元いた世界だったら俺はネットサーフィンだったり漫画を読んだりでストレスを発散していた。インドア派なのだ、俺は。この町は大きくて兵士の拠点になっているから当然、風俗街も賑わっている。俺は働きだしてから割りと早くに結婚したから、そういう店に行ったことがない。行く気もない。というか、この衛生環境でどんな病気貰うか分からんから怖くて行けない。つまり、休息は良いのだが、やることがない。


 と言って、宿に籠っていても憂鬱になるだけだろうから俺はあてもなく町中を歩く。地図を見て、賑わっていそうな中央広場に行く。広場には露天商が所狭しと各々の商品を展開している。魔族領に近いだけあってモンスターから取れるのであろう、謎の肉や爪や牙、鱗等、様々なものが売られていた。見たことがない物が多く、ウィンドウショッピングだけでも暇が潰せた。

 途中で謎肉を買ってかぶり付きながらぶらつく。適当に歩いていた俺は、いつの間にか細い路地裏を抜けて何だか怪しい通りに着く。派手な格好のお姉さん達がしきりにお客に声を掛ける。地図で確認すると案の定そこは風俗街。無意識に辿り着くとか、溜まってんのかな……。


 俺は気にせずそのまま進む。少し歩くと、道の両端に檻がずらっと置かれているエリアに着く。檻の中には、平均して二人くらいの子供が閉じ込められていて、ペットショップの如く陳列されている。これは、いわゆる奴隷だろうか。王様、せっかく元々日本に居たんだからさぁ、もうちょっとこう、元の世界の知識活かそうぜ。ただまぁ、実際のところ王様は国を救った勇者という象徴なのであって、政治そのものは周りの大臣とかがやってんだろうなぁ。俺だって出来んわ。

 とか考えながらぼんやり通過しようとして、あることに気付く。よく見ると、子供の頭の辺りに、小さな角生えてないか?は?もしかしてこの子供達って全員魔族か?……おいおい、そりゃあ、いくらなんでも駄目じゃないか?自ら戦争の理由作ってるじゃねぇか。いや、魔族領ではこれと逆の事が起きてる可能性もあるか……。


 っていうか、今まで余裕なくて気にしてなかったが、この世界においてそもそも人間と魔族が争ってる理由ってなんなんだ?この世界では誰もが魔法を使える。干ばつとは無縁のはずだし、ここまで見てきた感じから言えば、国の面積に対する人間の割合は非常に少ないように思う。食料に困るような事はまずないはずだ。資源を奪い合う必要が、そもそもない。


 俺は近くにいた奴隷商に話を聞いてみる。


「魔族と争ってる理由?そりゃおめぇ、魔族は敵だからよ。人間側も鬼じゃねぇから、根絶やしにするなんて事はしねぇんだがな。時たま、あいつらの中に好戦的な魔王が現れてよう、こっちに仕掛けてくるんだわ。その度にこっちには勇者様が現れてよう、魔王を倒して平和になるって寸法よ」


「……勇者が負けるってことは、ないんですか?」


「おめぇさん、悪いことは言わねぇから、そんなこと他所で言うんじゃねぇぞ?だがな、俺はこんな商売がてらちょっとは魔族の事にも詳しいんだが、過去には、この町が魔族領だった事もあるらしい。ま、昔奴隷の子供に聞いた話だからな。魔族の間で伝わってるただのお伽噺かもしれんが」


 ……分からないな。一定の周期で魔族が襲ってくる事が分かっているのに、国としての対応がぬるいというか。この商人も敵だと言いつつ、そんなに怨恨があるような雰囲気もない。防衛に力を注いでるようだから、被害が少ないためか?魔族領との際だというのに、この町は平和そのものだし。


「そうですか……。所で、この奴隷たちって、買った後どうするんですか?」


「おっ!ようやく商売の話に入ってくれたか。親切に話した甲斐があるってもんだ。使い方は人それぞれだが、大半は農業や畜産の手伝いだな。当然、人間を雇うより安くなるから、単純な労働力として割が良い」


「ここって魔族領から近いじゃないですか、逃げられたりしないんですか?」


「おっと、鋭いねぇ。まぁ実際のところ、確かにゼロじゃない。だがそれは、買った人間の接し方次第な所はあるな。コイツらは、要するに戦争孤児だ。魔王が人間側に攻めてくる限り、魔族領に残ったところで同じく労働力として使われるか、兵士にされるかの二択だ。そして人間側優勢の今では、その扱いはこちら側よりも酷い。最初は人間を恨んでるが、子供の内から普通に接してれば、相手にだって情が湧く。ま、話は通じるし、容姿だってそこまで変わらないんだから、結局は思いやりが大事ってことだな」


 とても奴隷商の言葉とは思えない。だが、セールストークなのかも知れないが、言ってることは至極正しいように思う。


「後は一部、物好きがそう言う目的で買う場合もある。そりゃ、風俗に行くよりも安くなるからな」


「……魔族と人間って、子供できないんですか?」


「よくぞ聞いてくれました!ってなもんで。これが不思議でよう。男でも女でもそうなんだが、体を交える度に頭の角が小さくなってくんだよなぁ。もちろん、生まれてくる子供にも角はない。んで、これは噂だが……、魔族領では逆の現象が起きるらしいんだよなぁ」


 ……ますます分からなくなった。マジで、なんで戦争してるんだ?スタンス的には、人間はどちらかと言えば、攻められるから攻め返しているような印象を受ける。とすれば、魔王がこちら側に攻めてくる理由がなんなのか、という話になるが。


 もしかして、魔王も転生者、なのか……?


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