第8話 重い雨
……強くなりたかった。それは魔族に殺されそうになったからとか、意図せず殺してしまったことに対する後悔からじゃない。俺は、元の世界にいた時からずっと強くなりたいと思っていた。会社では上手くやれていると思う。愛すべき家族もいる。しかし、俺は常に孤独を感じていた。だからこそ。俺がもっと強ければ、周りから求められるはずなのだ。孤独など、感じることはない。あるいは強ければ、そもそも孤独など気にならなくなるはずだ……。
……目が覚めるとそこは、宿屋の一室だった。見ていた夢は直ぐに消えてしまった。目元は濡れていて、懐かしい感じがした。
昨日の魔族襲来により、俺達は同じ部屋に泊まる事にした。イザナギさんの姿は既になく、外を見ると素振りをしている姿が見えた。サクラはまだ寝ている。腕の再生と雷魔法でかなりの魔力を消費したらしく、昨晩の食べようは凄かった。と言っても一食で食べられる量には限界があるわけで、昨日の戦闘前に比べると胸が小さくなっている気がする。胸が魔力の貯蔵庫として丁度良いって話、本当なんだな……。
食べ疲れのサクラを起こすのもなんだから、俺はイザナギさんと合流する。昨日の戦闘で俺は何もできなかったと言って良い。もちろん、無限の魔力がなければ電気魔法の常時使用なんてできない訳で、それがなければ俺は既に死んでいる。質量操作に関しても、最後に俺が身を守れたのは散弾銃が軽くなっていたからだ。だがそれはあくまでも自衛の話であって、攻めは全くだ。もっと自分の能力を有効活用する方法を考えるべきだし、少なくとも足手まといにならない程度には動けるようになる必要がある。
「イザナギさん。おはようございます。朝食までの間、折角なので稽古を付けてくれませんか」
「うむ。おはよう。儂も、このままでは危ういと思っていたところじゃ。まさか、こんなに早く主力を投入してくるとはおもわなんだ。次も、今回のように上手くいくとは限らんじゃろう」
俺とイザナギさんは打ち合いを始める。イザナギさんは木刀。俺は千変万化の剣の刃を丸くする。
相変わらず、イザナギさんに俺の攻撃は当たらない。俺は常に電気魔法でブーストを掛けているし、身に付けている装備の重さをゼロにしている。単純な早さでいったらそこまで大きな差はないと思うのだが、何だろう。読まれている感じがする。これが武術というものなのかもしれない。そしてそれは、一朝一夕では決して身に付けることはできない。アグニとの戦いでも、俺の剣は容易に回避されていた。
それならばどうするか。分かっていても、回避できない攻撃をすれば良い。線ではなく、面による攻撃。剣を横薙ぎする瞬間。俺は千変万化の形状を変える。
「ほうっ!今のは良いぞ!」
初めて、イザナギさんが俺の攻撃を木刀で受ける。
一つの柄に三つの刀身。通常であれば重くて振り回すことは難しいが、俺の能力なら問題ない。
「だが、軽い!それでは、例え刃が付いていたとしても攻撃は通らんぞ!」
「これならどうです!」
今度は上段から振り下ろす。質量増加の加速を乗せる。
「まだ足りんのぉ!」
イザナギさんは木刀で俺の攻撃の方向を反らし、すぐさま反撃に掛かろうとする。
が、反らしたはずの俺の剣が横から襲ってくる。イザナギさんは、熟練の勘で咄嗟に後ろに避ける。俺の剣は空振りする。
「そうか、振り下ろしの途中で、重さをゼロにしたのじゃな。うむ。良い攻撃であった。儂でなければ、間違いなくマトモに受けていたじゃろうて。よし、これくらいにして朝食を食べよう。魔術師殿も起こしてきてくれんかの」
「はい、分かりました。朝から付き合ってもらって、ありがとうございます」
イザナギさんはああ言ってくれたが、個人的には全然駄目というか、もっとやりようがあると感じていた。当然、稽古なのだから相手を怪我させるような事は出来ないが、もっと根本的な部分で、俺は相手を傷付ける事に強い忌避感を覚えている。だから、踏み切れない。
部屋に戻るとサクラはまだ寝ていた。近付くとよく分かるが、酒くせぇ……。
「サクラさん、そろそろ起きてください。朝食を食べて、次の町へ行きましょう」
「うん。うーん。うん。うん……」
寝た。こいつ……。いや、俺には分からないが、実際問題体型が変わるほど魔力を消費しているのだ。かといって、このままと言うわけにも行かない。仕方ない。出力極小で電気魔法を放つ。
「あん。あーん。あん。あん……」
寝た。効かないんだが。どういうことだ。出力が足りないのか?これならどうだ?
「あびびびびびびびび!止めて!起きるから!分かったから!」
朝食後、俺達は馬車で次の町へ向かう。俺の能力によって軽くなっている馬車は予定よりも早く進んでいる。次の町が、人間領内における最後の町だ。この辺りになると、道中でモンスターもチラホラ見るようになった。邪魔になる敵は全てサクラが蹴散らして進む。俺は相変わらず電気魔法と再生の軽鎧を使いながらの水魔法だ。同じ事をひたすらやっていれば嫌でも上達するもので、今や俺の水魔法は消防車の放水位の水量が出るようになっていた。一方で、圧縮して放つという技は難しく、サクラのようにレーザーのごとく放つことはできなかった。というか、できる気がしない。
「まぁ、魔力の圧縮はねぇ。こればっかりは時間が掛かるわ。だから魔法を攻撃として使う場合、初心者はまず火炎魔法を使うのよね。あれなら、とりあえず量さえ出ればダメージ入るから。私の水魔法は、実はかなーり高度な技なのよ?雷魔法に至ってはもはや奥義ね。私くらいしか使えないんじゃないかしら」
だそうだ。やはり、長い年月を必要とするらしい。詰まるところ、いくら魔力が無限に使えた所で、殺傷力のある魔法を放つ事はできない。分かってはいた。だからこそ散弾銃を選択した訳だし。それでも、この能力をもっと有効に使う方法を考えなければならない。
俺はああでもないこうでもないと、ひたすら考える。サクラがちょっかい出してくるの適当にいなしながら。そして、不意に思い付く。質量操作は俺の所有物にしか働かない訳だが、俺が生み出した魔法は、俺の所有物と言えないだろうか?そうだ。最初に超硬合金の丸棒を出した時、俺はそれの重量を軽くした。千変万化の剣もそう。なんとなく具体的な形を持つ物だけに効くと勝手にイメージしていたが、他の魔法でも同じ事ができるのではないか。例えば、水。
それからしばらくして、少し先にモンスターが現れる。モンスターというか、普通に熊っぽいが。俺はサクラの攻撃を止めて、自分の考えを試してみることにする。
俺は適当に、熊の頭上に向かって水魔法を放つ。水は重力に従い、雨になって熊に降り注ぐ。そして俺は、雨の質量を変更する。無論、加重方向へ。
響き渡る轟音。夕立の何倍もの音。熊の悲鳴は掻き消され、その身体と共に、地面が抉れる。熊のいた場所には、直径10m程の小さな池が出来ている。
池の水は、濁った赤に染まっている。
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