第7話 殺したくない

「あなた、たった一人で私に敵うつもりなのかしら。お仲間はいなくても大丈夫なの?」


 サクラが相手を挑発しつつ、情報収集を試みる。


「いや、これで良い。雑魚どもを連れていたら、剣聖に気付かれていただろうしな。俺も命は惜しい」


「私も舐められたものね!」


 言いながら、サクラは敵に向かって圧縮した水を放つ。アグニは剣を抜き、剣の腹で水を反らす。


「お前ら人間は馬鹿だ。違うな。王が臆病なだけか?もし王が前線で指揮をしていれば、とうにこの戦争の決着は付いていたはずだ。魔族にとっての驚異は、全知の魔眼と剣聖だけだったというのに」


 アグニが一瞬で距離を詰めてくる。サクラもすぐに反応して、目の前が業火包まれる。だが、その中からアグニはゆっくり歩いてくる。なんだあれ?アグニの周りだけ、炎が消えている?


「なっ!?真空魔法!?やるじゃない。これなら、どうかしら!」


 今度は、敵の周辺一帯が、氷に閉ざされる。しかし……。

 

「王が馬鹿なお陰で、全知の魔眼は消えた。新たな勇者はヒヨコの内に潰す。後は、剣聖が老いて死ぬのを待てば良い」


「あ」


 氷は一瞬で溶かされる。一閃。サクラの、杖を持っていた腕が、切り飛ばされる。更にアグニはサクラを蹴り飛ばす。


「さて。邪魔物はいなくなった。それでは勇者よ。覚悟してもらおうか」


 まずい。蛇に睨まれた蛙。体が動かない。息ができているかすら怪しい。駄目だ。このままじゃ。殺される。嫌だ。俺は帰るんだ。帰って、息子と一緒に遊ぶんだ。絶対に。俺は、死ねない。


「……戦意は消えぬか。だが勇者よ。未熟なお前に何が出来る」


 ……敵は散弾銃の事を知らない可能性が高い。俺の勝機は、いかにしてこいつを当てるか。それしかない。足止めした後、サクラを回収してイザナギさんと合流する。

 俺は剣を構える。懐に入られたら一瞬で終わるだろう。電気魔法は掛けっぱなしだ。剣は、通常よりも長く生成する。


 気付くと、目の前でアグニが剣を振り下ろしている。俺は剣を掲げながら後ろに飛ぶ。剣で受けた衝撃で更に吹っ飛ばされる。


「ほう、今の攻撃に反応するか。全く、神の寵愛とは忌々しいものだ」


 一瞬で良い。とにかく、敵の動きを止める必要がある。俺に出来ることはなんだ?考えろ。そうだ。敵に俺の剣を受けさせることができれば。質量操作で押し潰すことが出来るかもしれない。でなくとも、意表を着くことは出来るだろう。……攻撃だ。殺す気で。


「はぁぁぁぁあああ!」


 正面から剣を振り下ろす。敵は剣を構える。良し!このまま押し潰せ!


 だが、剣が触れるかという瞬間で、アグニは急に回避を選択する。俺の剣は増加させた質量でもって、地面にめり込む。致命的な隙が出来る。


「終わりだ」


 敵の剣が、やけにスローモーションに見える。だが、俺に当たるかという所で、アグニは後ろに跳躍する。先程までアグニがいた位置を、水のレーザーが通りすぎる。


「やらせるわけ、ないでしょうが!」


「貴様、その腕……」


 敵の向こう、サクラが杖を構えている。先程切られた腕は、見事に接合している。


「キヨスミ君、時間稼ぎありがとう。出し惜しみは無しよ。全力で行くわ。さぁ今度は、受けきれるかしら。キヨスミ君、目を閉じて!」


 次の瞬間、轟音がなる。これは、雷?目を開けると、黒焦げになったアグニが立ち尽くしている。


「ふぅ。これでひとまず安心ね。直にイザナミさんも来るでしょう。あー、お腹空いた。もうダメ。ちょっと、手を貸してくれる?」


「あ、はい」


 言われるがまま、俺はサクラに近付く。心臓はまだ早鐘を打っている。死ぬかと思った。生きてるのが不思議で、現実感が沸かない……。一方で、自らの手で殺さなくて済んだことに事にホッとしている自分がいる。クソッ。こんなことで、本当に魔王討伐なんか出来るのかよ……。


「キヨスミ君、危ない!」


「グォォォォオオオオオ!」


 振り向くと、黒焦げのアグニが剣を振り上げようとしている。サクラは俺が邪魔で魔法が使えない。まずい。俺がやらないと。だが、黒焦げのアグニの動きは緩慢だ。ああ、ヤバい、殺せてしまう。嫌だ。

 しかし、俺の体は生存本能に従って、アグニの顔に向けて散弾銃を撃ち放つ。敵が吹き飛ぶ。銃を軽くしていたからか、思いの外反動が大きくて、俺も後ろに倒れる。俺は直ぐに起き上がって臨戦体勢に入るが、顔がグチャグチャになったアグニが起き上がってくる事はなかった。


「う、おぇぇぇぇえええ!」


 俺は盛大に吐く。なんだよ、クソが。俺は絶体家に帰るんだ。例えどんな事をしても!覚悟していたはずなのに。全然、駄目じゃねぇか!クソが……。クソッ!


 サクラは満身創痍。俺は吐くものが無くなっても吐き続ける。そこに、イザナギさんが戻ってくる。


「勇者殿!魔術師殿!何の音かと急いで戻ってきたのじゃが、これは一体どうしたのじゃ!」


「いや、もう終わったから大丈夫よ。キヨスミ君はこういうの、初めてだったみたいね……。町の様子はどう?と言ってもあなたをおびき寄せるための陽動だったみたいだから、もう問題ないと思うけど」


「なんと!それでか。町のモンスターは殲滅したが、道理で手応えがないと思った。勇者殿、すまぬ。儂が付いていながらなんたる失態か!」


 イザナギさんが謝ってくるが、違う。俺が、甘く見過ぎていただけだ。


「ちょっと楽になってきた、よいしょ。キヨスミ君にヒールヒールと」


「ああ……、すみません。再生の軽鎧じゃ駄目みたいで……。それより、サクラさんの方こそ、腕、大丈夫ですか?」


「私は大丈夫よ。伊達に最強の魔術師を名乗ってる訳じゃないわ。即死以外なら大概治せる。お腹は空くけどね。それよりも、何故か敵に情報が漏れている。これが一番不味いわね」


 それは俺も思っていた。今回の敵は、明らかに俺たちがここに来ることを予期していた。パーティの情報さえも知っている。


「多分、キヨスミ君の能力も把握されている。私の魔法の対策もされていたわ。良く良く見ると、敵は私が雷を放つ直前、金属を生成して避雷針代わりにしていた。もし、キヨスミ君がいなくて溜めが十分じゃなかったら。あるいは敵の金属生成の練度がもう少し高かったら、私にはアイツを倒す決定打がなかった」


 確かに、敵の周りに金属片が落ちている。


「うむ。まだ領内じゃが、これからは油断せず必ずパーティで行動すべきじゃろうな。儂も反省しておる。じゃが、敵将を一人倒せたことは、悪い話ではないじゃろう」


「そうね。とりあえず、今日の所は早く食べて寝ましょう。次に備える必要があるわ」


 俺達は町の宿に泊まることにした。食べない訳には行かないから、無理矢理食べたが、味は分からないし、食欲が湧かなかった。風呂に入ってベッドに横になっても、グチャグチャになったアグニの顔が頭から離れる事はなかった。


 あの時。俺は本当に敵を殺す必要があったんだろうか。顔じゃなくて、脚や腕を狙うだけで良かったんじゃないのか。そんな考えが、頭の中でひたすらループしていた。


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