第6話 魔王は本気だから、レベルの低い勇者を殺しに掛かる

 俺の能力によって大概の荷物が軽くなっているお陰か、馬車は軽快に進んでいく。人間領と魔族領の境はまだ先であるため、この辺には全くモンスターが出る気配もないし、平和なものだ。時間がもったいないので、俺は電気魔法の他に移動中でもできる鍛練についてサクラからレクチャーを受けていた。


「筋肉や脳と一緒で、魔力を生成する器官は魔法を使うほど発達するわ。だから段々効率が良くなっていく訳だけど、あなたの場合にはそれは関係ないから、出来るだけ溜めて一気に放出するだとか、細く遠くに飛ばしてみるとか、そういう練習になるわね。後は単純に知識の豊富さや想像力の高さが効いてくる。とにかく、魔力切れは気にしなくて良いのだから、使いまくれば良いのよ。おすすめは水魔法ね。人の迷惑になり辛いし」


 なるほど。当たり前のような気もするが、国一の魔術師が言うのだからそれが一番の近道なのだろう。それに、電気魔法と再生の軽鎧を使いながら、散弾銃まで使う予定な訳で、魔力無限といえやはり使い方に慣れておく事は必須だろう。ところで、気になるワードが一つ。


「魔力切れ起こすとどうなるのですか?」


「胸が小さくなるわ」


「それだけ?」


「更に使い続けると、痩せるわ」


「……良かったですね」


「それ以上使うと、マジで動けなくなるわ。マトモな生活を送れるようになるまで、一ヶ月は掛かる。しかもその間は消化の良いものしか食べられない。私も昔一度だけ倒れたことがあったけど、それはもう地獄のような日々だったわ……」


 まぁ、食べるの好きそうだもんな。口には出さないけど。


 一日目の夕方に町に着くまでの間、俺はずっと電気魔法と再生の軽鎧を使いながら、馬車から外に向かって水魔法を放つ。ぴゅーって感じ。町に着く頃には、市販の水鉄砲位の強さにはなったけど、これ、戦闘で使えるようになる日は来るのか……?


 王様の計らいで俺たちは町で一番の宿に泊まることになった。そりゃあ自分で移動することに比べたら馬車での移動は楽な訳だが、乗り心地はとてもじゃないが良いとは言えず、大分疲れた。俺はずっと魔法の鍛練もしてたし。ご飯を食べて風呂に入った俺は、泥のように眠りに落ちた。


 翌朝、宿の食堂に行くとイザナギさんが既に席に付いていた。


「おはようございます。昨日は中々疲れました……」


「うむ、おはよう。そのようじゃな。一緒に酒でもと思ったのじゃが、それはまた今度にしようか」


「はい。すみません。馬車移動も初めてでして。サクラさんは?」


「いや、儂もまだ見ておらぬが。ただ、昨日は遅くまで飲んでいたようじゃな……」


 ええ……。魔王討伐初日からって。大丈夫か?


 ひとまず俺も朝食を食べ始める。この世界の食事って、普通にちゃんと作ってると言うか、当然化学調味料とかはないが、美味い。食べ終わるかというタイミングで、サクラが来る。


「……おはよう皆。うう、回復魔法使ったんだけど、まだ痛いわね。まぁ、今日も移動日だからセーフと言うことで」


 マジかよ。いやでも、予定では明日までは魔族と衝突することはないはずだ。逆に言えば、明日以降は殆ど気の休まる事など無いかもしれない。命の保証もない。今日明日位は、セーフと言えばセーフか。


 朝食後、僕らは早速次の町へ向けて出発する。僕はまた、魔法の鍛練を始める。サクラさんが気だるげ絡んでくる。はよ回復魔法使えや。


「あなた、真面目ねぇ……。魔王討伐したら、王位継承だものねぇ。お姫様とも結婚できて。はぁ、羨ましいわぁ」


「いえ、僕は、元の世界に帰るつもりです。早く帰りたい。きっと皆心配してるし、僕が稼がなくちゃいけない」


「ああ、家族がいるのね。それも、良いわねぇ。私さぁ、魔族との戦いで両親死んじゃってさぁ。身寄りがないから、教会に引き取られて。でさ、その教会ってのが実のところ、魔術師の養成機関だったのよ」


 めっちゃ重そうな自分語りが始まったんだが。これ、聞かなきゃいけないんだろうか。上手くやるためには仕方ないか……。


「そこで私は才能を買われて今に至るわけだけどさ。でもさ、普通に考えてさ、女の子がよ?こんな兵士みたいなこと、したくないわよ。優しい旦那と子供に囲まれてさ、毎日家事と農業やるんだ。そういう風に生きたいんだけどね」


「……魔術師、辞めようと思わないんですか?」


「まぁねぇ。でも、教会には恩があるし、給料悪くないし。何より、早く平和になってくれないとさ、結局、私みたいな子が増えていくわけよ。私は、子供の頃の私を助けてあげたいのよ」


 ……ただの酔っ払いかと思ったけど、この人はちゃんと信念を持っている。良かった。これなら今後も上手くやれそうだ。利害は一致している。


「……魔王討伐、早く終わらせましょう。そこから相手を探しても全然余裕ですよ。サクラさん、美人ですから」


「なぁに?褒めても何も出ないわよ。あ!もしかして口説いてるの!?どうしましょう!?かつてない事態だわ!」


「すみません。僕、妻子いるんですよね」




 そんなやり取りがありつつも、俺はひたすら鍛練を続けた。もうすぐ町というところで、俺の水魔法は家庭用の蛇口を全開で捻った位の量が出せるようになっていた。これもしかして、一年しなくても岩石魔法を覚えられるんじゃないか?

 自分の鍛練の成果に満足していると、不意にイザナギさんの雰囲気が変わる。


「町の様子がおかしい……。バカな。今までこれほど内地まで侵攻されたことはないのに。まさか、勇者召喚の情報が漏れているのじゃろうか……?勇者殿、魔術師殿、少し偵察してくるので、しばし待たれよ」


 そう言って、イザナギさんが馬車から飛び降りて町に向かう。俺は指示の通り、近場に馬を停める。馬車から離れて、いつでも動けるように準備する。散弾銃、良し。千変万化の剣、良し。初めての戦闘。もしかしたら殺されるかもしれないし、俺が相手を殺すかもしれない。どちらも嫌だ。正直、怖い。


「大丈夫だよ。勇者君の隣にいるのはこの国最強の魔術師だよ?大船に乗ったつもりでいれば良い。おじいちゃんもすぐ戻ってくるだろうし」


 サクラさんも臨戦体勢だ。アルコールは回復魔法で完全に飛ばしている。


 俺はその言葉で落ち着きを取り戻すが、それも束の間、後ろから大きな衝撃が発生して、俺は尻餅を着く。


「大丈夫?どうやら魔法による攻撃を受けたみたいだね。水魔法で相殺したけど、結構強いかも。おじいちゃんがいれば楽勝だけど、それまでの間、キヨスミ君は回避に専念して」


 衝撃による煙が晴れた先には、頭に角が生えている以外、人間と変わらない生物が立っていた。俺は恐怖で脚がすくんでしまう。冷静になれ。まずは電気魔法だ。動けなければ、間違いなく死ぬ……。


「少しは出来るようだな。俺の名はアグニ。魔王軍五大将の一人だ。魔王様の命により、人間の勇者よ、その命、もらい受けるぞ」


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