第6話

 だから終わりも当然、あっけなく訪れる。


「もう、また先生こんなに仕事をサボって……」


 積み上がった書類の席に呆れる。昼休み、例のごとく呼び出された職員室は、コーヒーと暖房のカビ臭さの混じった独特な匂いで満ちている。


「ごめん、委員長っ。アタシが見てないスキに…」


 本来この時期は受験の対応でサボり癖の先生でさえ忙しいはずなのだが、副担がタバコを吸っている間に、脱走したらしく、あまつさえクラスの仕事までほっぽり出している始末だ。

 進路調査の書類なのだから、もう少し慎重に置き場というものを考えてというものだ。

 どうせまた保健室だろう。最近漫画の最新刊が出たとはしゃいでいたし。

 まったく…、なんで学校に少年漫画がしかも最新号で揃っているのよ……。とツッコミたくなる気持ちを抑え、それでも足取りはどこか軽快だ。

 少しだけ期待していないこともない。何せ昼のこの時間、先生はいつも仮眠をとっている。うまくいけば寝顔を拝めるかもしれない。

 向かう間にそんなことを考えつつ、気づいたときには保健室はもう目の前だった。

 先生が眠っていた場合も考えて、慎重に扉を開ける———


「へー、おめでたじゃんっ!」


 扉の隙間から漏れた盛大な声の発砲に、あやうく指を引っ込める。


「声がデカいよ。田中センセー」


 寝そべって、面倒くさそうに応える先生の声が聞こえた。珍しくご機嫌斜めな声音に、小首を傾ける。


「なんでそう反応が鈍いかなー。おい、漫画を閉じろコラ。赤ちゃんだよ? Your beby, OK?」


「へいへい、アイムハッピー、ユートゥ」」


 見向きもしないまま、ぺらりぺらりとのページをめくる先生に、自称保健室のマドンナこと田中先生がチョップを叩き込む。

 なんでだろう。心なしか先生の声はいつもの飄々とした余裕が感じられなかった。

 赤ちゃん。その言葉を耳にした途端、反射的に体が強張る。

 強張る? どうして……?

 自分でもわからないまま、急にあたりの音が遠くなっていく。

 中の二人はなおも話を続けていたが、もう会話を聞く余裕もない。頭の中は真っ白だった。

 骨がなくなったかでもいうように、すとんと脚の力が抜けおちる。そのまま崩れそうになる背中をなんとか扉に押し当てて、堪えきれなくなった声を押し殺した。

 へたり込んだ廊下の熱はざらざらと冷たくて、鏡のように瞳を反射する。

 ひどい顔。おもちゃを取られた子供みたいに格好悪く歪んでいる。そう自分で感じつつ、どこか嘲けた声が耳裏で掠れた。

 もともと、自分のものでもなかったくせに。


「——ッ」


 聞こえない。聞きたくない。逃げるように、誰もいない廊下を駆ける。


「あれ、今誰かそこにいなかった?」


 耳裏に走り去る音を聴きつけて、田中先生が振り向く。


「……さぁ」


 オレは何も。興味のない眼で、教師は読みかけの漫画を閉じた。

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