第23話 一人暮らし
「戸締りも問題なし、防犯用の結界も張った、と。そろそろ休みますしょうか」
ここは街中にあるイリヤさんの別邸です。別邸といっても部屋が三つもあり、私一人には余る広さなのですが、気前よく使わせて頂いています。
簡素な部屋で寝泊まりしていると、かつて私がグラットン家のメイドであったことを思い出し、懐かしい気持ちになります。
(グラットン家で粗末な扱いをされていたわけではないのですが。私はメイドであって、家族ではありませんでしたからね)
若旦那をはじめとするグラットン家の方々は、私にとてもよくして下さいます。一度だって横柄な態度を取られたことはないですし、教育も受けさせて頂きました。
なのでこれは私の気持ちの問題なのでしょう。私だけが一人でずっと、メイドだからと線引きをしていたのです。
(今なら分かります。……怖かったのですね。家族だと思える人を作ることが。その温かさを知ってしまうことが)
何にも持っていない一人ぼっちの娘が、なまじ人と一緒に過ごす楽しさを知ってしまえば、次が欲しくなるでしょう。どんどん求めてしまうでしょう。
それをかつての私は本能的に恐れていたのです。
今にして思えば、何を恐れていたのだろうという気もしますが。まあそんなものですよね。
寝室に入り、スリッパを脱いでベッドに上がります。
そうしていそいそと開いたのは――ダンケルク様からのお手紙でした。
ダンケルク様が私との婚約を破棄したという話が知れ渡ってから、もう二週間――。
目論見通り、私は孤立しています。
元々大して人付き合いもありませんでしたが、話しかけてくる人は皆無になりました。
技官の方々は相変わらず私と会話しますが、必要最低限のことだけ。かつてのように、夕食に誘ったり、晩餐会の招待状を頂くことはなくなりました。
その代わり、知らない男性からお声かけ頂くことが増えました。気さくに話しかけて下さるのですが、そのたびにイリヤさんや、護衛の方に追い払われています。
魔術省でダンケルク様とお会いすることもなくなりました。
今日だって、演技派の元ご主人様は、私を見るなり不愉快そうに眉を上げ、くるりと踵を返して立ち去る、なんてことをなさいましたが。
(その後にこうしてお手紙を下さるあたり、優しい方です)
手紙を開くと、びっしりと言葉のつづられた紙が五枚、ぎちぎちに折りたたまれて入っていました。道理で重いと思ったのです。
ダンケルク様からのお手紙は、初めてではありません。
若旦那にあてたお手紙の中で、私に言及されている箇所を読ませて頂くことはありましたから、筆跡は見慣れていました。
けれど、この内容は初めて見るものです。
私を無視したことへの謝罪。私がいかに美しいか、どれだけ愛しているかの証明。
会えなくて寂しい気持ち。会えない間に、誰か他の男にとられてしまうのではという焦りと怒り。などなどなど。
(教科書に載せたいくらい模範的なラブレターですね……)
照れたり喜んだりする前に、まず感心してしまいます。お忙しい中でここまでたくさん書いて下さるなんて。
心の中がぽかぽかと温まったような、そんな気持ちになりながら手紙を丁寧に畳み、サイドボードに置きました。
知らないにおいのする布団に潜り込みながら、ふとモナード邸のことを考えます。
(そう言えば、お家の掃除はどうしていらっしゃるのでしょうか……。確か私が働く前のモナード邸は、とんでもないありさまだったような……)
物が散らかり、着たものや食べたものがそのまま放置されていたモナード邸。
加えて若旦那とダンケルク様は、お世辞にも綺麗好きとは言えません。
果たしてセラ様をお呼びできる環境になっているのでしょうか。なっていないでしょうね。
(掃除に行きたいですが、婚約破棄された身でお家に上がるのも不自然ですし……! あっそうだ、簡易<秩序>魔術の羊皮紙を使えば、少しくらいは整頓できるのではないでしょうか?)
そう考え、私は数枚の簡易<秩序>魔術を封筒に入れ『お部屋のお掃除にお使い下さい』と一言添えてモナード邸に送りました。
――数日後、その封筒を受け取ったダンケルク様が「返事はこれだけか!? 俺は部屋の掃除より優先度が低いのか!?」と絶叫されたとか、されなかったとか。
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