一章「初陣」②戦争と今の繋がりを

 椎名が車に鍵をかける。戸締りを確認すると、刀護とうご椎名しいなは階段を降りた。事務室は二階にあり、下はガレージとなっている。前回の事件でも使った黒いワゴンの運転席には、右京うきょうが座っている。椎名が助手席に、刀護が真ん中の席に座ると、エンジンをかけた。アクセルを踏み、道路へと動き出す。

 よくよく考えると、車に乗るのはこれが二回目、前回の事件が初めてだったように思う。あの時は切羽詰まっていたからあまり深く考えてはいなかったが、こんな大きな鉄の箱がたった四つのタイヤで動くのが不思議で仕方がない。

 窓の外には様々な形の車、そして学校帰りの生徒や親子なんかが見える。

 不思議な感覚だ。新鮮さが強くてむずかゆくなるまである。

 しばらく道路を走っていると、助手席にいる椎名は刀護の方へ振り向いた。


「さて、刀護くん。依頼先に行く前に、少しここの国についておさらいしておこうか」

「おさらい……?」

「そうだ。君の知識を確かめておきたくてね」


 思わず体を強張らせてしまう。学校では知識として学んではいるが、きちんと答えることが出来るだろうか。

 そんな様子を見て、椎名は微笑む。


「それでは、第三次世界大戦が勃発したのはいつだい?」

「えーっと……十二年前でしたっけ?」

「正解だ。では、戦争のきっかけになった出来事は何だい?」

「す、すみません、そこまでは……」

「まあ仕方がないだろう。まだ、中学生だし、ゆっくり覚えていけばいいさ。と、いう訳だ右京」


 急に名指しをされた右京は驚いた顔を見せる。


「えぇ、僕なの!? 今どう考えても運転で忙しいようにしか見えないと思うんだけど!?」

「質問に答えるだけだろう? ほら、答えたまえ」


 はぁ、とため息をつく右京。前の信号が赤になったので、ブレーキを踏みながら問いかけに答える。


「きっかけはアメリカとイギリスの貿易摩擦だよ。言ってしまえば、この頃のイギリスはアストラル能力そのものに力を入れていてね。産業にさえ、アストラルの力を利用していたんだ」

「え、イギリスってアストラルを公表しているんですか!?」


 驚く刀護に、椎名が答える。


「公表していなかったのは、先進国でも日本くらいだったのだよ。特にイギリスはアストラル能力において、世界一のプロフェッショナルとも言えるね」

「そ、そうだったんだ……。いつも普通に使っていたから、てっきり……」

「だからと言って、ひけらかしていい力でもない。その辺りは上手く調節していくんだよ?」

「は、はい!」

「話を戻しても大丈夫かな?」


 青信号になり、前の車が動き出したのを見て、アクセルを踏みながら右京が続ける。


「普通の技術が、アストラル能力に勝てる訳がない。アメリカだけでなく様々な国の商業の中で、イギリスの商品が独占を始めたんだ。自分の国の商業の中で、外国の商品が独占を初めていけば、どの国だって面白くないのはわかるよね」

「は、はい。自分の国のもので賄っていくのが普通、という風には勉強しました」

「そうそう。面白くなくなったアメリカは、イギリスとの貿易を拒否。それまではよかったんだけど、アメリカに便乗していくつかの国が、同じく貿易を拒否してアメリカ側に着いたんだよね。これが後に言う『冷戦』だね。それから、イギリスの味方をし始めた国も出てきてますまず冷戦は凍てついていく。極めつけはサウジアラビアやアラブ首長国連邦とかの産油国が冷戦に参加したことで、世界が綺麗に二つに分かれることになったんだ」


 情報が飛び交い、刀護は頭を抱えながら思考を整理するが、それでもよくわからない。バックミラーでそれを確認したか、苦笑いをしながら右京がわかりやすく嚙み砕いて教えてくれた。


「つまり、アメリカ側とイギリス側に世界が分かれて、資源を持つ産油国までもが参加したせいで、激戦になったんだよ」

「あぁ、なるほど……」


 やっと刀護は頷く。石油などの資源が世界で非常に貴重とされていることくらい、バカな刀護でも知っている。資源を巡る戦争がどれだけ激しさを増すのかも、授業のビデオで見せられた。

 酷いものであることに変わりはない。それだけが真実だ。

 自分の中で呑み込めたことを察したか、再び椎名が話し出した。


「アメリカ側を『連帯国れんたいこく』、イギリス側を『王権国おうけんこく』などと呼んだりするのだけれど、それは特に重要ではない。まぁ、そういう経緯があって、十二年前の六月十八日、アメリカはイギリスに宣戦布告をした。そこからが戦争の始まりだ」


 椎名は「ちなみに」と続ける。


「日本はどちらに側だったか、わかるかい?」

「多分、ですけど……連帯国ですか?」

「米軍の駐屯地があるからそう思うだろう? でもそれは不正解だ。愚策ではあると思うがアメリカは日本から手を引いたのさ」

「そうなんですか? 無理やり参加させるって方法もあるのに……」

「理由は何となく察しはつくけれどそれは今、議論することじゃない。大事なのは、日本がドイツ諸国と『中立国』として同盟を結んでいたことだ。と言っても、戦争に直接参加する訳じゃない。両側の国を、産業輸出なんかでサポートしていたのさ」

「敵味方関係なく?」

「そうなるね、その認識で合っている」


 椎名はうんうんと頷く。難しい話に、少しずつ刀護の理解力は薄れていた。

 そのタイミングで、椎名は手を伸ばしてペットボトルを差し出す。赤いラベル、コーラのようだ。

 受け取ると、一気に半分程まで飲み干す。疲れていた脳に炭酸と糖分がよく染みる。のどごしの良さに、思わずビールを飲みほした後のおじさんのように声を出してしまった。


「少しは復活したかい?」


 椎名が問い掛ける。刀護はしきりに首を縦に振ると、椎名は満足そうに笑みを浮かべた。


「少し話を飛ばそう。五年前だ。この年に何があったか、わかるかい?」

「流石にわかりますよ。日本が分断された日、ですよね」

「そうだ。右京、説明よろしく」

「また僕か……運転中なんだけど?」


 半分ぼやきながら、右京が説明を始める。


「どこからそうなったかは、最早都市伝説のレベルだ。五年前、日本政府は非道な人体実験、及び超常の力である『アストラル』を秘匿していたことが国民に公表される。日本も、三次大戦みたいに綺麗に分断されることになる」


 分断。世界がほぼ真っ二つになったように、日本も二極化される。これは偶然なのだろうか。そんな不思議を胸に抱きつつ、刀護は右京の話に耳を傾ける。


「右翼は反感を持った日本国民を取り集めて西日本に集まり、分断国家『月偽』を打ち立てた。当然、日本と戦争になるね」

「ちょ、ちょっと待ってください! 何となくで歴史は知っていますけど、世界大戦中に内戦ですか!?」

「そう。だからこそ、この戦いは世界を巻き込んだ。つまり、日本は連帯国から、月偽は王権国からバックアップを受けて、ほぼ代理戦争と化していた」

「そして、その戦争の終止符を打った者こそが、かの『黒外套の英雄』という訳だ」


 混沌と化していた、第三次世界。その行く末は日本の内乱へと託されたのだ。悲劇が悲劇を生み、人を殺し、喜ぶ最悪の出来事。その全てを突破し、終戦へと追い込んだのが――黒箆。


 ――やっぱ、ここでアニキなのか……。


 思考に浸っていながらも、刀護は違和感に気づいた。そういえば、何故このような話になったのだろうか。この車は依頼人へと向かっている。戦争の話なんて、まさか今から軍人になる訳でもないし、探偵が戦争に直接参加する訳ではないし、何より第三次世界大戦はとっくに終戦している。

 この車は、どこに向かっているのだろうか。


「時に、刀護くん」


 椎名が問い掛ける。


「は、はい……?」

「この国、月偽を治めている天皇陛下の名前はわかるかい?」

「流石に常識ですよ。伊妻存鎧いづまそんがい陛下ですよね。確か、日本の天皇陛下の親戚にあたる方だとか……」


 頷きながら、椎名は続ける。


「江戸時代まで、天皇が暮らしていた建物の名前はわかるかな?」

「わかりますよ、バカにしないでください。京都御所でしょ? ……うん?」


 ここでようやく、刀護の思考は繋がった。


「まさか……」


 椎名がニヤリと笑う。


「そのまさか、だよ」

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