ボーナストラック②ドリンクバー執行

 刀護とうごは一人、公衆電話に向かった。詩音しおんに夕食を外で食べることを伝えなければならないからだ。

 その間、二人はベンチに座って待っていた。

 暮人くれとの頬には大きめの痣がついている。先程守花もりかに殴られたからだ。刀護が割って入らなければあと三つは痣が出来ていたことだろう。

 横で守花は嬉しそうにプリクラを握っていた。


 ――控え目な落書きだな。もう少し凝ってもよかったと思うんだが……。


 彼女たちが楽しいのであればそれで良いのかもしれない。というか、もう少し素直になってもいいのに、とも思う。刀護には一切ばれていないかもしれないが、暮人からすれば分かりやすい。ともかく面倒くさいなぁ、としか思えない。だが隣にいる守花はにやけている。何だか複雑な気持ちだな、と顔をしかめた。

 電話が終わったのか、刀護が戻ってきた。


「ごめん、お待たせ」

「おう、お姉さんどうだったよ」

「楽しんでおいでって。それから、いつか家に連れて来いとよ」


 もちろん、孤児院出身の刀護は友達の家に遊びに行くことも、自分の家に呼ぶこともなかった。今からでも楽しみだと感じてしまうのは、節操無しだろうか。

 守花がプリクラをそそくさと仕舞う。ずっと見ていたことが刀護にばれたら流石に可哀想なので、暮人が間に入った。


「で? どこに行きたい? ファミレスくらいしか無理だが……」

「何があるかそんなに知らないんだよなぁ……。この付近だと何があるんだ?」

「さっき調べたらセイゼリアがあった」


 セイゼリア、イタリアンのファミリーレストランである。もちろん刀護は知らない。


「聞いたことねぇな……」

「なら安いしここでいいか。おい熊谷、まだか?」

「も、もう終わった! ほら、行こう!」


 守花が立ち上がり、暮人の案内の元歩いていく。こうして友達とゆっくり楽しく会話しながら歩くというのも、刀護にとっては初体験だ。学校のこと、勉強のこと、行事のこと、テストのこと……。何もかもが刀護にとって非常に新鮮なことだった。

 日が沈み始めた頃に、三人はレストランに到着した。

 中に入ると、店員がやって来て人数を確かめる。折角だからと、暮人は刀護を肘でこついた。


「さ……三人です」


 店員は微笑むと三人を席に案内した。刀護の隣に暮人、向かいに守花と座っている。

 暮人は身を乗り出し、メニューを机に広げた。


「ドリンクバーは確定だろ? セットで頼むと安くなるから、とりあえず全員何か頼め」

「じゃあ私、サラダがいいわ。重いもの食べ過ぎるのもあれだしね」

「オレはパスタでも食うかな……刀護は何にする?」


 暮人と守花が刀護に視線を傾けると、刀護は目を輝かせながら夢中になってメニューを呼んでいた。小説でしか見たことのないものが目の前にあるのだ、無理もない。二人は微笑みながら、メニューを見る刀護を眺めていた。

 しばらく悩んでいた刀護だったが、最終的に骨付きチキンに決める。注文した後、三人はドリンクバーを汲みに行った。


 ――見たことないマシンがある……。


 刀護、ドリンクバー初見である。

 暮人は躊躇いなく、コーラや乳酸飲料を混ぜている。唖然とする刀護に、守花が助け舟を出した。


「あれは上級者向けだから、真似しちゃダメよ? 使い方自体は簡単、飲みたい飲み物の下にコップを置いて、ボタンを押すだけ」


 守花が淡々と作業を見せる。オレンジジュースを汲み終わった守花は、こちらを見て「ね?」と微笑みかけた。刀護も試しにコップを置いてみる。コーラのボタンを押すと、下からコップにジュースが注がれた。思わず「おぉっ?」と声を上げてしまう。

 刀護が注ぎ終わると、暮人は既に戻っていた。二人が座ると、暮人がコップを上げた。


「では、刀護の退院とオレたちの勝利を祝して!」


 それを見て、刀護と守花もコップを上げる。


「乾杯!」


 コップを互いに打ち付けた。

 ジュースを飲む三人。刀護だけが噴き出しかけた。


「ちょ、どうしたの?」

「あー……まさかお前、炭酸飲むの初めてか?」


 強く首を縦に振る刀護、その顔を見て暮人が笑いだしてしまった。地獄絵図に困惑を隠し切れない守花、それは一分程続いた。

 飲み込みきった刀護は肩で息をしており、暮人は腹筋を押さえて涙を流していた。

 見かねた守花は、刀護にオレンジジュースを渡す。飲み切ると、やっと一息つくことは出来た。

 運ばれてきた食事を期に、やっと全員が落ち着いた。

 いただきます、と言うと全員が食べ始める。


「……ん! うめぇ!」


 初めての味に思わず舌鼓を打つ。


「もしかして、そもそも外食自体が初めてか?」

「詩音さんが惣菜を買ってくることはあったけど、こうやってレストランに来るのは初めてだ」


 初めて食べるにしては、器用に骨だけを残し、肉の部分は全て食べていた。


「そういえば、期末テストそろそろだよな?」


 暮人が切り出した。


「えぇ。今回は副教科の量が分厚いから大変ね」

「まあオレは余裕だけどな」

「こいつ何でヤンキーのくせに頭良いのかしら……絶対にバランスを間違えてるわ」


 守花が思わずため息をつく。刀護は食事をしながら、自分の中間テストの成績がどれくらいだったかを検索する。恥ずかしいのであまり口には出したくないが、点は良くて五十点、悪くて十点である。

 サーっと血の気が引いたのがわかった。口の中にあるものを呑み込むと、二人に向かって言った。


「な、なぁ……今度勉強教えてくんねぇか?」


 暮人が不思議そうな顔をしながら答える。


「ん、別にそれくらいだったら構わない。何なら熊谷、お前も面倒見てやるよ」

「プライド的に嫌……って言いたいところだけど、お願いするわ。勉強量ばかりが多くて、頭の中が整頓出来てないのよ」


 期末テストがあるのは、十二月が二桁になる頃である。それまで長い期間があるとは言えないが、ある程度の猶予はある。今から勉強すれば、五十点以下くらいなら免れることが出来るはずだ。

 食べ終わった三人は、全員で分け合おうとパエリアを注文する。


「パエ、リア……?」

「絶対に食べた方が早いわ。説明が難しいし」


 運ばれたパエリアに刀護が目を輝かせたのは言うまでもない。思わず美味しそうに食べる刀護を見て、守花が自分の食べる量を減らしたくらいだった。

 食事を終え、粗方一息つくと暮人が「帰るか」と言いだした。

 彼が立ち上がると、二人は準備をしながら忘れ物がないかどうかを確認する。


「そんなに確認しなくても大丈夫よ?」

「い、いや……何かもう不安で仕方なくってな」

「その気持ちはわかるんだけどね」


 二人が席を立つと、暮人が待っていた。


「ほら、帰るぞ」

「あれ? 会計は?」

「もう払っちまったから、気にすんな」


 扉を開けて、外へと出た。暖房のある空間にいたからか外の風が余計に寒く感じてしまう。

 申し訳なさそうに、刀護と守花は暮人を見た。


「……あのなぁ。そういう顔されんのはかなり居心地悪いんだが?」

「でも……」

「わかった、お前ら今度オレに何か返せ。それでいいだろ?」


 暮人はグッと、親指を立てた。それを見ると妙に安心感があるのだから不思議だ。それを見てまで申し訳ない顔をするのは筋違いかもしれない。

 大きな曲がり角につくと、暮人が振り向いた。


「オレ寄るところあるから。お前らは?」

「私は、家があっちだから」

「そろそろ帰らないと、詩音さんが心配しそうなんだよ」

「したらば、ここで解散だな」


 刀護は二人の顔を見た。孤児院では見かけることもない友好的な表情が、二人の気持ちを充分に表していた。

 思わず刀護も笑う。暮人たちは驚いた顔を見せた。


「……どした?」

「いや、そんな顔出来るんだなと思って……」

「私もびっくりした」


 そう言うと、二人はまた笑顔に戻った。

 三人は揃って「またね」と言うと、それぞれの帰る場所へと歩みを進めたのだった。

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