ボーナストラック①遊びにだって全力を尽くせ

 退院後、刀護とうごはいつもの通り学校へと向かった。

 入院と言ってもそんな大したものじゃない。あくまで経過観察だったし、まだ完全に傷口が塞がっていないものの、激しい運動を避ければ日常生活は可能だ。病院食ばかりだったので、今日久しぶりに食べる詩音の夕食が楽しみで仕方がない。

 自分の教室の扉を開け、自分の席に座る。鞄から荷物を出して、机の引き出しの中へと入れる。


「よぉ!」


 暮人くれとが刀護の前にやって来る。何だかこのやり取りも久しぶりな気がした。

 刀護も手を挙げ「よっ」と小さく言葉を返す。


「何だ? 随分明るくなったじゃねぇか」

「お前らにだけだよ。他の奴らにはまだちょっと抵抗があるから……」

「オレは嬉しいぞ。まあ一緒に戦った仲だ、これからも一つよろしく頼むぜ?」


 ニヤッと笑う暮人に、思わず刀護もニヤリと口を歪ませた。息ぴったりなやり取りに思わずハイタッチをする。

 男同士でバカみたいなことをしていると、こちらに近づく足音に気づかなかった。


「おはよう、桐生くん。体は大丈夫そう?」


 心配そうな守花もりかが刀護の顔を覗き込んだ。


「おう、もうほぼ完璧よ。ほらもう肩をブンブン回せる!」

「だ、大分キャラ変わったわね……」


 守花は助けを求めるように暮人の方を見た。「これが素なんじゃね?」と言うと、コツコツと刀護の机をノックする。


「そんなことはどうでもいいんだ。折角刀護が退院したんだ、祝いに飯でも食いに行かねぇか?」


 退院祝いというものがあるのは小説で読んだことがある。とはいえ入院したこと自体が初体験だったし、そんなに長く病院にいた訳でもない。祝われる程のことだろうかと首を傾げるのが心境というものだ。

 それに気づいたのか、暮人が守花にアイコンタクトを送る。びっくりして首を横に振ったものの、暮人は無言で顎を刀護へ振るばかりだ。

 守花はぐっとスカートを握りながら、刀護に言った。


「……私が言いだしたのよ。守ってくれたお礼がしたいって」

「そ……そうなのか?」

「そ、それだけ! 他意はないし、本当にお礼だけなんだから」


 ――こいつ、ツンデレか?


 面倒くさいと感じてしまった暮人であった。

 刀護は苦笑いを浮かべながら、力なく言った。


「気遣いは嬉しいけど、金がないんだ。ただでさえ世話になっている詩音さんから小遣いを貰う訳にもいかないし……」

「詩音っていうと……お義姉さんだっけか?」

「あ、あぁ……」


 詩音は大学に行き、奨学金を借り、バイトをして家事もしながら刀護の世話をしてくれている。大きな顔をして「小遣いが欲しい」なんてことは絶対に言えない。

 暮人が守花の顔を見ると、彼女はうんと頷く。

 それを確認し、暮人が話し出した。


「大丈夫だ、奢ってやる。退院祝いなんだ、遠慮することはねぇよ」

「だ、だが……」


 守花もうんと頷いた。


「守って貰ったんだから、遠慮しないで。と言っても中学生だから、ファミレスくらいだけど……」

「そ、そこまで言うなら……」

「ただし!」


 暮人が豪語する。


「え?」


 二人は思わず声を上げた。


「ただし条件がある……それは!」



「オレとのエアホッケー対決に勝てたらなぁ!!」


 放課後、ゲームセンター。引っ張って来られたかと思うと、暮人は刀護がプレイする分のお金も入れ、ゲームを開始した。もちろんエアホッケーどころか、ゲームセンターですら初めてである。

 現在、スコアは二対六。ルールを全く知らない状態で二点取ったのだから、刀護もそこそこ善戦しているだろう。

 だがこの男、亜嵐暮人は不良チームのメンバーと共に度々ゲームセンターに来るので、そもそもフェアな戦いではない。

 焦る刀護、笑う暮人。刀護が弾いたパックを暮人が静止、壁にバウンドしたところを一直線に飛ばした。ギリギリ反応した刀護だったが、弾いた先は暮人の計算通り。狙ったままバウンドさせてゴールへと叩き飛ばした。


「だー! クソぉ!」

「オレに勝とうなんざ十年早いぜ、刀護くんよぉ!」


 思わずグッと歯を食いしばる。

 奢って貰えないとか、そういう話ではない。ただ単に悔しい。

 すると、刀護の横からスマッシャーを持ちテーブルへ置く音が聞こえる。


「大丈夫、桐生くん。私たち二人であいつをボコボコにしよう」


 守花が頼もしい笑顔を見せながら参戦した。


 ――ヤダ……かっこいい。


「なっ……熊谷くまがいズルいぞ!」

「そもそも前半がフェアな戦いじゃなかったんだから、後半はあんたが不利でも文句は言えないわよ」


 後半戦、守花が暮人の攻撃を防ぎ、刀護にパス。パックを譲り受けた刀護が一直線にゴールへと飛ばし点を取る。それを繰り返し、七対七まで迫った。

 残り時間は十五秒。緊迫した空気に思わず汗を流す。

 先制は暮人だ。叩き出したパックを守花が弾く。バウンドしたパックを刀護が弾いた。暮人はそれを弾き一気に攻撃へ。守花がゴールを死守。だがそれはチャンスボールとなる。


「しまった……!」


 構えた暮人が、力一杯パックを叩き出す。

 刀護が素早くそれに反応、壁に思いっきりバウンドさせた。


「やべっ……!?」


 壁にバウンドしたパックは、油断していた暮人のゴールへ。

 八対七。そこでゲームは終了した。


「クッソ……! かなり自信あったんだが……」


 悔しそうに肩を落としながらスマッシャーを仕舞う。守花は嬉しそうにこちらを見て笑っていた。「やった」と言いながら、二人でハイタッチする。

 ニコニコしていた守花だが、少しずつ顔が赤くなり、顔を逸らしてしまった。

 そう言えば、女の子とゲームしたりハイタッチするのは初めてかもしれない。そう思うと刀護も俯いてしまった。


「んだよこいつら……」


 暮人も思わず舌打ちする。その後さっさとゲームセンターを出ようと思っていたが、あるものが目に付く。それに気づくと、暮人はニヤリと笑った。

 もじもじしている二人に対して、暮人が声をかける。


「おい、お前ら。プリクラでも撮らねぇか?」

「ヤンキーからプリクラとかいう言葉出てくるとは思わなかったわ、ちょっと引いてる自分がいる」

「熊谷ぃ……よく口が回るようになったじゃねぇか」


 しかし、怒りを鎮める。ここで怒っては仕返しが出来ない。

 暮人が背中を押し、プリクラの機械へと歩みを進める。大きな機械とカーテン、化粧が乗った女性がプリントされているのが特徴的だ。訳がかわらず首を傾げる。

 プリクラ、と言われても全く刀護にはわからない。隣にいた守花が、写真を撮って落書き出来る機械だということを教えてくれた。それなら、インスタントカメラで写真を撮ってペンで落書きした方が早いのではないだろうか。

 機械に百円を投下していく。すると暮人が急に二人の背中を押した。


「おあっ!?」

「きゃっ!」


 二人で機械の中に入る。暮人の姿はカーテンの下から見える膝のみだ。


「あ、オレトイレ行きたいからやっといて。そんじゃ」


 カタコト日本語で不自然に話すと、暮人はそのままそそくさと立ち去って行った。追いかけようとした刀護を、守花が腕を持って静止する。


「お、お金勿体ないし……撮るわよ?」

「だ、だが……」


 途端、機械の中に話し声が響く。


「き、機械が喋った!?」

「音声データよ、そこまで驚かなくても……」


 ここで敢えて言っておこう。孤児院で偏った知識しかない刀護は、世間一般で「バカ」と言われる存在である。

 二人はタッチパネルを操作しながら、モード選択を始める。

 友達モード、恋人モード……よくわからないが色々あるようだ。少なくとも刀護の頭には全く入ってこない。


「えーっと……どうしよっか?」


 守花が微妙な顔をしながらこちらを見る。いやそんな顔されても困っちゃうんだが。


「お、オレわからねぇから任せるよ。見てもわかんねぇから」

「そ、そう? なら私が勝手に……」


 タッチパネルを操作する音のみが聞こえる。気まずい空間が機械の中を支配していた。刀護は思わず居心地が悪くなり、髪を触ったり、ポケットに手を突っ込んだりしていた。


「ねぇ」


 守花が話しかける。


「あんた……五年生のこと覚えてる?」

「オレが転校した時だっけか……。しっかりとは覚えてないよ。ぼんやりとしか」

「そっか、そうよね。あんたにとっては、気まぐれの一つだったのかもしれないわね」

「んぅ? それってどういう……」


 機会から輝かしい音が聞こえてくる。「さぁ! 撮影が始まるよ!」などとあまり頭のよくなさそうな声が聞こえると、守花は刀護の横に立った。


「初めてなんでしょ? 折角なんだから楽しまないと」

「お……おう? そうか?」


 音声はまず、ハートマークを要求してくる。


「待て待て、ハートマークって何? 人生でしたことないんだけど?」

「ここをね、指をこうするのよ」

「これハートマークなのか?」


 パシャリ。写真が撮られた。

 続いて今度は、頭をくっつけろという謎の音声が入る。


「え、えぇ!?」

「な、何これ? このポーズに一体何のメッセージ性があるんだ……?」


 困惑する刀護に、守花はそっと頭を寄せてくる。混乱して自分を指さした刀護だが、守花の無言の頷きに逆らうことも出来なかった。

 頭をそっとくっつけると、彼女の髪の優しい匂いが刀護の鼻に届く。


 ――詩音さんとも渚とも違う……って、変態みたいじゃねぇか。


 再び写真が撮られた。

 機械は「最後です、ハグしてください!」と悪意の一切ない爽やかな声で言った。

 思わず刀護と守花は顔を見合わせる。互いの顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。思わず飛びかかりそうになった刀護だが、それより先に守花がタッチパネルに張り付いた。


「ちょっとどういうことよ!? こうならないために友達モードにしたんでしょ!?」


 守花は、友達モードなら大して恥ずかしいことはしないだろうと自分に言い聞かせながらタッチパネルを操作した。だがこの機械は「抱き合え」と言っている。そう、この時守花は忘れていたのだ。女子同士なら普通に抱き合うことくらいあることに。

 守花がスローモーションでこちらに振り向く。刀護の顔も真っ赤である。

 本当にやるの、とでも言いたげに首を傾げる守花。刀護はやるしかないだろう、とでも言いたげに微妙に頷いた。


「……勘違いはやめてね。これ、やれって言われてるからやるんだから」

「わかってる、わかってるからあんまり喋らないでくれ恥ずかしいから」


 ゆっくり守花は近づくと、くるっと後ろを向いた。前は恥ずかしいから、後ろからして欲しい、ということだろう。この意図がくめない程刀護はバカではなかった。

 緊張しながら、そっと守花の肩から腕を通す。ビクッと守花の体が震えたような気がしたが、見なかったことにしよう。

 写真が撮られる。

 思わず肩に荷が下り、二人で大きくため息をついた。


「ボーナスタイム!」

「まだあんのかよ!!」


 二人同時に叫んでしまった。

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