五章「セカンド・オリジン」②刀護の覚悟

「待たせたな、クソ野郎」


 月が雲から顔を覗かせる。濁った瞳に微かな光が灯り、希望と『犠牲』を背負いここに立っていた。


「……さながら神に歯向かう魔王だな、君は」


 総長は楽しそうに笑っていた。

 刀護とうごはゆっくり歩き出す。総長の方へと目を見据えて。

 総長は何もしない。ただ楽しそうに笑っているだけだった。


「何をしに来た? 正しくない君が何を成し得ようとここまで来た?」

「こいつらを守る以外に、理由はねぇよ」


 刀護が総長の横を、何事もなかったかのようにすれ違う。互いに、何の言葉も交わさない。

 守花もりかなぎさの前まで歩くと立ち止まり、二人の様子を見る。


「き、桐生きりゅうくん……」

「来てくれたんだね。そんな気はしていたよ……」


 二人の表情は険しいものだった。全身の痛みに耐え、ぐっと歯を食いしばっている。守花の目尻には涙が浮かんでいた。

 刀護は二人の肩に触れた。それだけで、守花たちには安心が生まれた。

 途端、彼女たちの中から痛みが一瞬で消え去る。


「えっ……?」


 驚いて彼女たちは自分の体をまさぐった。一切の痛みはない。それどころか最初よりも体が凄く動く。

 刀護がぐっと顔をしかめる。


「……キッツ。まぁ二人分ならこんなもんか」

「何をしたの……?」


 渚が驚いた顔を見せる。


「オレのアストラルは『犠牲スケープゴート』、全てのダメージを身体能力強化に変える力だ。そんで、お前らの傷を吸収したって訳だ」

「そ、そんなこと……」

「傷を司るアストラル能力だ、やろうと思えばなんとかなる」


 ――そんな、あれだけの痛み……二人分よ?


 刀護は何も言わず、ゆっくりと背を向けた。そのまま前へと歩を進める。

 自分たちも戦わなければならない。そんな思いに駆られ、二人は立ち上がる。


「やめろ」


 一言、それだけだ。

 渚と守花の動きが止まる。風が吹き、その場にいた全員の心を洗い流す。刀護の濁った眼が総長だけを捉えていた。


「……立ち向かうか。あくまでも、私に」

「あぁ。どうやらオレはお前をぶっ飛ばさねぇと前に進めないみたいだ」

「不可能だよ、君には」


 総長は斬り捨てるかのように告げる。


「私が孤児院を運営し始めたのは、正しくない者を正しく導くためだった」


 語り出した総長を、刀護はじっと見つめる。


「それはそう、神の元の使命。私はその正しさを使うべき命だったのだよ。何と素晴らしいことか、君にわかるかい?」

「いや、わかんねぇな」

「そうであろうな」


 聖書を語る神父のように、祈りを捧げる聖職者のように、洗礼を受ける迷い人のように、彼は目を輝かせ語り続ける。


「そんな時、私は君に出会ったよ。くぐもった目には、虚構があった。そして私は思った。この子供に私の理想を注ごうと」


 刀護の目が動く。

 守花と渚も目に驚きの色があった。

 総長は初めて顔を歪ませ、嬉しそうに豪語する。


「そう! 君こそが私の理想の体現者だ、実験材料だ。正しさという生き方で人を導き、陥れ、そしていずれ私の後を継ぐべき者。神の元に全人類に正しさを執行する君こそが、私の人生の集大成なのだ!」


 渚が思わず叫ぶ。


「そんなことのためにこんな目にしたの!?」

「あぁそうとも、彼は神の元の正義でこの世を正すために生まれた、神話の体現者だ」

「クズめ……」


 守花の視線は、自然と刀護に注がれていた。

 悠然と、その場に立っている。

 風が鳴り止んだ。


「……確かに」


 刀護が口を開く。


「確かに、オレの中には理不尽な正しさがある。あんたの呪いに縛られているよ、『正しくない者に生きる価値はない』ってな」


 だけど。

 黒箆くろの舞条詩音まいじょうしおん亜嵐暮人あらんくれと熊谷守花くまがいもりか狭間渚はざまなぎさ浦津椎名うらづしいな鳴上右京なるかみうきょう

 正しい世界しか知らなかった前の自分とは違う、今では沢山の人たちと繋がり、その人たちの分だけ、正しさがある。

 正しい意義。それは、新たな桐生刀護自身の勇義。

 その拳にもう、迷いはない。



「オレは、オレたちの正しさに応えるためにテメェを打ち滅ぼす!!」



 刀護の瞳に光が宿った、その瞳にはもう濁りはない。


「神の洗礼だ、正しさをもう一度君に教えてあげよう!」


 総長の手のひらに、エネルギー弾が生まれる。

 刀護はグッと、身を屈めた。

 ダンッ、という音と共に前へ出る。地面が抉れ足跡が残る程のスピードで距離を詰めた。


 ――速い!?


 急いでエネルギー弾を放つ。痛覚を刺激する攻撃だ。

 刀護はそれを空中で身を捻り、足を向ける。靴底でエネルギー弾を突破し総長の前へと降り立つ。

 総長が次の攻撃のモーションを――。


「つぅぁああああああ!」


 刀護の一撃が総長のみぞおちに炸裂する。


「ぐっ……!?」


 初めて余裕の表情が崩れた。よろよろと後ろへ下がる。が、何事もなかったかのように姿勢を正す。


「私のアストラルは『苦痛ペイン』だ、痛覚などいくらでも操れる」

「そうかい、説明どうも」


再び刀護は大きく踏み出した。拳を振りかざす。総長が間一髪のところで回避する――が。


そのまま体を大きく逸らし蹴りを繰り出した。防御の姿勢を取っていた総長を大きく突き飛ばす。


「ぐうっ……!」


 後方へと飛ぶ総長、更に刀護は走り出す。

 エネルギー弾を出現させ、放出。だが地面を疾走する刀護は一瞬でそれらを避けきる。

 刀護の身体能力は、その名の通り運動能力だけでなく、動体視力など五感にも作用する。その状態で大して速くもないエネルギー弾を躱すのは難しい話ではない。

 総長が大きなエネルギー弾を生み出し、放とうとする。刀護は滑り込み拳を掲げた。


「なっ……!」

「遅ぇ!!」


 拳が顔面に叩き込まれる。

 総長が壁に大きく叩きつけられた。

 これだけ打ち込んでも、総長は楽しそうに笑いながら起き上がってくる。


 ――ゾンビかよ。痛覚を操れるって思ってたより厄介だな。


 微笑みを崩さず、総長は両腕を広げる。


「殴り合いに付き合う程、私は野蛮ではないのでね」


 総長の周りに沢山の小さなエネルギー弾が広がった。


「ここから見物でもさせて貰おうか」


 一斉に放たれる。


 ――流石に不味い!


 ともかく、後ろにいる守花と渚に当たらないよう右へと駆けだす。身体能力強化をふんだんに使った移動だが、大量の弾の密度には敵わない。


「ぐっ!?」


 足や腕に被弾する。その度に痛みが波打って血管から全身へと運ばれる。意識を揺らす攻撃だ、思わず気絶しかける。

 体の中に痛みを飼いならしたまま移動するのには限界があった。

 無数のエネルギー弾を体を逸らして避ける。飛び上がってしまえば躱しようがなくなるので、地面にはしっかりと足をつけた。だがそれを見越してか、弾たちは足を狙って放たれる。

 だが、足に意識を集中させれば上体ががら空きになる。頬に弾が掠り、血が滲む。

 躊躇っている暇はない。


「う、おぉ……」


 歯を食いしばる。


「つぁああ……」


 拳を握りしめる。


「おおぉおぉああぁぁああああああ!」


 一気に踏み出した。真っ直ぐ一直線に飛び出す。

 エネルギー弾は絶えずこちらへと一気に向かってきた。

 目や心臓、足の付け根など絶対に衝撃を負えばただでは済まない場所以外は回避しない。腕や脚、頬に弾が当たり、掠り、痛み、血が出る。

 総長が気迫に負け、大きなエネルギー弾を創り出した。

 この一瞬を、待っていた。

 最大スピードで総長へと近づく。成長しきっていない弾を繰り出した。

 地面と平行になる程体を逸らす。巨大な弾は上を通り抜けた。


「なっ……!?」


 拳を握り、掲げた。


「はぁあぁあああああああああああああ!」


 拳が総長に心臓を捉えた。

 ドン、と大きな衝撃と共に襲う。


「ぐがあっ!!」


 足を引きずらせながら吹き飛ぶ。総長は思わず地面に手をついた。


「……初めてだな、膝をついたのは」


 総長の顔が怒りのものへと変わっていた。


「初めてだよ……こんな屈辱は」

「そうか? オレは晴れやかな気分だよ。歌でも唄いたい気分だ」


 総長が再び、腕を広げる。エネルギー弾が大量に生まれた。


 ――不味いな……これ以上の痛みに耐えられる自信は流石にねぇぞ。


「刀護くん!」


 渚の声がした。


「来るんじゃねぇ」


 荒い声でそう言った。


「これはオレの……オレだけの戦いだ」


 再び、拳に力を入れた。


 ――そうだ、何を迷っていた? ここでオレは自分の正しさを証明出来なきゃ終わりだぞ。二度と、誰にも顔向け出来ねぇ。


 脚を軽く叩く。


 ――ここで、この二人を確実に守りきる!

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