第4話 後輩たちと

「晩御飯、何を作ればいいかな?」


部屋に帰ってきてから。

そういえば、何を作ればいいのか考えてなかったと気づき。

慌てて考える。


カレー。


……いや、こいつの場合、ルゥから作るからな。

時間、足りなくないか?

今、6時だから7時まで1時間くらいしか無いぞ?

無理じゃないか?



ハンバーグ。


馬鹿にしてないか?

いや、下の子相手ならいいけど、中学生相手にハンバーグでおもてなしって。

明らかに子供扱い。



……何がいいのか。

カレーが作れるならカレーが一番なんだろうけど……

カレー嫌いな人間は居ないだろうし……。


「あやとの考えを聞かせてよ」


戦闘服の上からエプロンをつけている徹子が、僕にそう聞いてくる。

まだ答えらしいものがまとまっていなかったのだが、とりあえずの考えを話して聞かせた。


すると。


「え?カレー?……多分作れると思うけど」


フツーにそう答えられた。

え?本当に?


ルゥって作るの相当大変なのでは?

だから市販のカレールゥが出来たとかいう話をどっかで聞いた覚えが。


「チキンカレーでいいよね。タンパク質大目だし」


徹子は平然としている。


……どうする気だ?


鍋を出し。


材料、スパイス、タイマーを出し。


テーブルにそれらを並べて。


こっちを見て、言った。


「1分間。絶対こっちに来ないで」


そして彼女が、フゥと吐息を吐いた瞬間。


彼女の動きが変化した。

ビデオの早回しのようになったのだ。

それも高速早送り。


……あ。


その発想、無かったな。


こいつ、ハヌマーンのエフェクトつかいやがった。


……ハヌマーンシンドロームは、レネゲイドウイルスが発症者の速度を高めるのが主な症例のシンドローム。

あと、振動を操り、音波をも操作できるのだが、それは今回関係ないので置いておく。


高レベルのハヌマーンのオーヴァードだと、音速を超えた動きで動くことすらできる。


そうすると、普通、衝撃波が発生するだろ、とか。着ているものや持ってるものが吹っ飛んだりしないのかという疑問が湧くが、そういうことは一切ない。

研究者の間では、単純に速くなってるのではなく、時間の流れに干渉しているのではないかという意見も出てるらしい。


今、彼女は高速で作業しているのだ。

60倍くらいの速さか?


1分来るなと言った。つまり60分の作業を1分でやるつもりなのか。


みるみるうちに、テーブルの上の材料が消え、代わりに細かくカットされた材料が入ったボウルや、小分けされたスパイスやらと入れ替わっていく。


そして1分後。


「はい下準備終了。あとは加熱するだけ―」


全材料を準備し、あとは加熱工程を残すだけにして、徹子はタイマーと材料を持ってキッチン奥に引っ込んだ。

こんな日常の行為にエフェクト使うのは奥の手だからいつもはやらないんだろうけど。

こういう発想の柔軟さは大事だな。やっぱ、あいつ素頭良いわ。感心する。


……だったら僕も、足りない椅子は複製錬成すればいいのでは?


僕は家具についてはまともに勉強していないので、錬成して作ると欠陥品が出来る可能性を考え、買うこと前提で考えていたけど。

すでにあるものを、よく観察しながら錬成すれば良くないか?

素材は、割りばしで良いだろ。確か1セット買ってたはずだし。


僕のシンドロームのモルフェウスは、物質を組み替え、別の物質を錬成することができるようになるのが主な症例のシンドローム。

この錬成、通常考えられるような質量保存の法則、元素、そういうことを完全に無視する。

なので、薔薇一輪から刀を作ったり、今やろうとしているように、割りばし一本から椅子を作ることも可能なのだ。

やろうと思えは空気からでもやれるんだけど、どうしても空気だとまず物質と認識することが手間なのと、後、イメージの問題なのか。

錬成したものが長続きしない。一定時間経つと崩壊してしまうんだ。

空気があやふやな存在だから、錬成したものもそういうイメージになってしまうのか。

僕はそう考えている。


……あ、ダメだ。


さあ錬成するぞ、という気になったとき。

同じものを錬成すると、強度に不安のある椅子が、二脚混じることになる。

同じものだと思ってるのは僕だけで、専門家が見ると全然違うかもしれない。

それは危ない椅子だ。


危ない。それはダメだ。


ならば、違うものを作ればよくないか?

例えは、丸椅子とか。


あれなら誰でも作れそうだし、強度の問題も……


本当に?


……つくづく。

僕は勉強したこと以外に関しては、自信をもって事に当たれないな。


まぁ、とりあえず、作ってみて……


両手に割りばしを握って、イメージする。

一般的な金属製のパイプ丸椅子を。


瞬く間に錬成が完了し、割りばし二本が二脚の丸椅子に変化。


強度、本当に大丈夫かな?


……


………


「……何やってんの?」


カレーを煮込みの段階まで進めた徹子が、こっちに戻ってきて僕を見てそう言った。

非常に不可解な顔で。


「ちょっと、椅子の強度が気になって」


丸椅子の上で倒立腕立てをしていた僕は、ひらりと床に着地した。




7時から15分程度過ぎた頃。

部屋のインターホンに、来客呼び出し音が鳴った。


カメラで確認する。

来海姉弟だった。


アタシは玄関ドアを開錠し、招き入れた。


「ようこそ」


「……お邪魔します。センパイ」


「お邪魔します」


二人が入ってくる。

期待半分、不安半分っていったところかな。


警戒させてはいけないので、二人が入ってすぐに玄関ドアに鍵をかけるのはやめといた。


「カレー作ったんだけど、カレー大丈夫よね?」


居間に通しながらアタシは聞いた。

言ってから、アレルギーのことを忘れていたと思ったが、オーヴァードでアレルギーになってる人って居るんだろうか?

アタシたちは怪我の治りも、病気への耐性も、非オーヴァードより格段に強いのに。


「あ、ハイ大丈夫です!」


「カレー!」


大丈夫だった。良かった。


二人をいつも使ってる椅子に勧めて座らせ、アタシは二人分のカレーを持ってきた。


チキンカレー。


それを見たとき、二人は固まった。


「……これ、レトルトじゃないですよね?」


これが本当のカレーなんだ、と弟君。


「ん、ルゥから作ったよ」


ちょっと照れ臭かったけど、教えてあげた。


「すごい。ルゥから作れるなんて。何時間くらいかけたんですか?」


「……多分一時間かかってないねー。裏技、ちょっと使ったから」


アタシ、ハヌマーンとエンジェルハィロゥのクロスブリードだから。

ちょっと疲れるけど、寝かせと加熱作業以外の料理の手順を短縮できるのよね。


そういうと、感心された。

ハヌマーンシンドローム持ってたら、誰でも出来ることなんだけどな。


「ハイ、僕らの分」


そこに、文人がアタシたちの分をよそって持ってきた。

そして、さっき文人が錬成した丸椅子を持ってきて、同じテーブルについた。


「……いただきます」


「いただきま~す」


アタシと文人の言葉に促され、来海姉弟も続いた。


そして、カレーを口に運ぶ。


「……美味しいです。私たち、100円レトルトカレーしか食べたこと無かったんですけど、これはすごく美味しいです」


「ありがと」


忍ちゃんの言葉に、アタシは礼を言った。


「そういえば……」


お二人、家に椅子が無いって仰ってませんでしたか?

あったんですか?


アタシらが丸椅子を使ってるのを見て、そこに気づいたらしい。


「あ、それは僕がさっき錬成した椅子だよ」


まぁ、売ってるやつじゃないから、危ないから僕らが使ってるんだけど。

と、文人。


「すごい!下村センパイはそんなことできるんですか!?」


モルフェウスとノイマンのクロスブリードだから、僕。

モルフェウスの能力使えば、似たものを作ることだけは出来るからね。


こっちは別に照れた様子は無い。

らしいけど。


「モルフェウスって……」


「物質創造のシンドローム。まだ、その辺習ってないの?]


で、続けて文人のモルフェウス解説。特に自慢げに、ではなく、ただ事実を述べている。そんな感じ。

聞いている忍ちゃんは感心していたけど。


「じゃあじゃあ、モルフェウスのシンドローム発症者は、何でも作れるんですか!?」


「なんでもじゃない。生物だけは無理だし、生物を素材にして何かを作ることもできない」


有機物を作れないわけじゃないけどね。

モルフェウス発症者の中には、三食錬成でご飯作って、それで食ってる人も居るってさ。


文人のその言葉を聞き


「じゃあ食費かからないんですね。いいなぁ」


私たち、外の世界では貧乏してまして。

と忍ちゃん。


なんでも、彼女らの父親がろくでもなかったらしく。

賭け事が大好きで、貯金を一切しない人だったとか。


で、彼女たちの母親は忍ちゃんたちを育てるために馬車馬みたいに働いて。

ある日、過労で死んじゃったそう。


気の毒だ。


でも、彼女らの父親はそれでも変わらなくて。

ますますエスカレート。


パチンコ、競馬、競輪。

それだけで終わってればまだ良かったのに。


とうとう、ヤクザがやってる裏カジノにまで手を出してしまった。


で、とんでもない借金を作っちゃって。


彼女らは、借金のカタに売られたそうだ。

忍ちゃんはストレートに売春施設。弟君は少年愛好家向けの売春施設。

酷い話。


で、売り飛ばされる直前。

忍ちゃんが覚醒し、その場に居たヤクザを全員蹴散らして、姉弟二人で逃げることに成功したそうで。


「そこで、拾われました」


私のシンドロームはキュマイラっていうらしいです。

それのピュアブリードなんですよ。

私、猫みたいな獣人になれるんです。


「センパイたちみたいに、生活で役立つシンドロームなら良かったんですけどね」


と笑った。


それに文人が食いついた。


「何言ってんだ。キュマイラはすごいんだぞ」


そしてクドクドクドとキュマイラ解説。

曰く、感覚器官の機能増幅が凄まじいとか。言葉の通じない動物に、簡単な命令を下すことができるとか。暴飲暴食をしても、太らなくなれるとか。


……あ、最後のだけは羨ましい。マジで。


知らなかったのか、忍ちゃんはへぇぇと感心し。


「すごいですね。下村センパイ。物知りなんですね」


「そりゃ色々調べてるさ。知れば知るほど力になるからね」


別段照れた様子もなく、しれっと返す文人。

忍ちゃんはなんかうっとりとしていた。


……あれ?

なんかイラっとするな?


おかしいなー。なんでかなー。




それから。

週に2~3回、夕食時に後輩たちが来るようになった。


最初のときに、年齢を確認したのだが、上の子は13歳。下の子は10歳らしく。

奇しくも、徹子の見立て通りだった。(まぁ、下の子は誰が見ても分かるだろうけど)


夕食時に色々聞かされたのだが、どうも下の子は、まだシンドロームがはっきりしないらしい。

ワーディングは出来るらしいが、それはオーヴァードなら誰でも出来ることだからな。


これはちょっとまずい。

まれに、そういうワーディングしか出来ないオーヴァードが居るらしいという話を聞いたことがあるが、ここではそれは個性で許されはしないから。

なんとか、シンドロームを発現させないと。


今日の夕食はロールキャベツ。

好評だった。まぁ、徹子の料理は何でも美味いんだけど。


そして夕食後。


「ちょっと、下の子……仁君」


下の子と呼びそうになって、徹子に睨まれた。

名前で呼べと、せめて弟君と呼べと言われているのだが、どうもそう呼んでしまう。

無意識に情が湧かないようにしているのかもしれない。


「なんでしょうか下村センパイ」


とことことこと僕に寄ってくる。

僕はベランダに誘導した。


徹子はテーブルで上の子と話し込んでいる。


同性同士の方が話しやすいこともあるだろ。


「……で、その後、何か変化は?」


一応、彼には伝えている。

このまんまだと、お前、まずいぞ、と。


10歳児に伝えるのは酷だとは思うが、事実だからしょうがない。

まぁ、普通の状態で猶予は2年以上あると踏んではいるけど、シンドロームも分からない状況だと、ひょっとするとひょっとするかもしれない。

これだけは、急ぐ必要がある。だから、伝えた。

言われた時は真っ青になっていたが。


今日の彼は……


「実は……」


言われた彼は、嬉しそうだった。

おや……?


彼は、両手をベランダの上に落ちていた落ち葉の一枚に翳し、念じた。

すると。


落ち葉が浮き上がり、ベランダの柵を乗り越え、外に落ちて行った。

風も無いのに、だ。


「……これが今の精一杯です」


彼はハァハァと息を荒げていた。

このエフェクトは……


「なるほど。テレキネシスってことは、オルクスか」


オルクスは、領域を広げ、自分の周囲の空間を支配するシンドロームで、やれることは今さっき、下の子がやってみせたような、手を使わずに周囲の物体を動かすことや、動物に自分の意思を移して自分の分身化させること。地形を操ること。

……というのは建前で、実はよくわかってない。専門家の間でも、自分の周囲に影響を及ぼすということが分かってるだけのシンドロームなのだ。その原理についてはあまり解明されていないらしい。


だが、有用性は非常に高い。


何故なら


「いいぞ。それ。偵察任務にはピッタリだからな。いっぱしになれば無能扱いはされないよ」


僕は彼の頭を撫でてやった。

そして言う。


「ハンドリングだ。仁君の意思を乗せられる動物を探すんだ」


これができるできないでオルクスの有用性に天地の差が出る。

上手く、目立たない動物と相性がいいと、非常に重宝されるはずだ。


例えば、猫とか、ネズミとか、トカゲとか、蚊だとか、蠅とか、ゴキブリとか。

相性がいいのがライオンの子とか、豹の子だとかだったら最悪だけど。目立ちまくるからね。


「これからは、動物を見たら操れないか試してみて、相性がいいのが居たらそいつを確保するんだ」


「分かりました!下村センパイ!」


彼は興奮気味に返事をする。

そして。


「……それで、強くなってコードネームを取れれば、下村センパイみたいに、佛野センパイみたいな綺麗な彼女を組織に紹介してもらえるんでしょうか!?」


いきなりそんなことを言われた。

見ると、目がらんらんと輝いている。


……このトシで、オスの目をしていた。


いや、確かにあいつは綺麗ですごく可愛いけど。

別に彼女じゃないんだが。

紹介っていうか、最初から同部屋だし。


……そういやこの子、初めて会ったとき、徹子を凝視してたっけ。

……ませてんなぁ。小学生なのに。


でもま、これもモチベーションかな。


「……まぁ、チャンスは広がると思うぞ」


否定はしないでおいた。




「え?佛野センパイって、下村センパイと付き合ってるわけじゃないんですか?」


「ん。そう。ただのルームメイト」


かろうじてね。

だいぶやばいときあるけど。


あいつ、無自覚でグイグイ来るから。

アタシ、恋はしちゃいけないのにさ。

ホント、嫌になる。


忍ちゃんに「佛野センパイが羨ましいです。オーヴァードとして超優秀で、そんなに綺麗で、スタイルも良くて、料理上手で、それにあんなにステキな彼氏が……」なんて言われたので


「いや、あやとは別に彼氏じゃないから」と答えたら驚かれて今に至っている。


「佛野センパイにその気は無いんですか!?」


「無いかな」


あったらダメ、が正解なんだけど。

言うと暗くなるから黙っとく。


「どうしてですか!?きっと下村センパイ、優良物件ですよ!?博識で頼れるし、ちゃんと毎回、佛野センパイの料理を美味しいって言ってくれるし、食器だって毎回洗ってくれてるじゃないですか!ウチのクソ親父なんて、ろくにそれすらしませんでしたよ!やったとしても洗い方いい加減だったし!下村センパイと同じ男と思えません!!」


「いやま、彼の方もアタシの事友達としてしか見てないみたいだし」


「落としましょうよ!絶対イケますって!」


……この子、グイグイ来るなぁ。

ひょっとして、彼の事好きになってたけど、アタシの彼氏だと勘違いしてたせいで、気持ちを握り潰したのかな?

だから、応援したいのかも。


……可愛い。


だけどさ。


それ、ホントにやっちゃったら。文人と恋人関係になってしまったら。

アタシ、怖いんだよ。


文人を、彼を裏切ったときのことが。

だって、アタシの血筋に家族を捨てたろくでなしの血があるからね。


夢で牝豚に言われている言葉は頭の中に残ってる。

そして、アタシはそれを否定できない。


ひょっとしたら、牝豚は人間として生まれながらに欠陥を抱えていたのかもしれなくて。

それが発動すると、義理人情、責任を無視して、動物的欲求に走ってしまう生来のろくでなしだったのかもしれない。

自分ではどうしようもなかったのかもしれない。


そして、それがアタシの中にもあるかもしれない。


もちろん、アタシは牝豚と同じ行為なんてするもんか、って固く思ってる。

でも、だからこそ。


そのときになって、もし牝豚と同じ行為をしてしまったら。


アタシ、もう、どうなってしまうんだろう?


……本当は、文人が好き。

大好き。


でも。


だからこそ、怖くて踏み出せない。


もし、未来のアタシが、文人を裏切っていたら……


許せない。出来ることなら、殺しに行く。

でも、そんなの無理だから……


「いや、彼と恋とか無理だから」


封印するしか、無いんだな。

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