第5話 油断と悲劇

★★★(佛野徹子)



 アタシは、本当の意味で理解してなかった。

 ファルスハーツが犯罪組織ってことを。


 そりゃね、優秀でないと判断されたら容赦なく殺されるし、それを冷血に利用しようとすらする組織ってのは分かってたよ。


 でも、アタシが出会って交流を持ったのはさ


 月城教官


 文人


 来海さんの姉弟


 良い人ばかりで、本当のところは分かって無かったんだ。


 分かって無かったんだよね。

 基本的にここ、良い人間より、悪い人間の方が集まりやすい場所だってこと。


 ただ単に、アタシにちょっかいを出すと報復で何をされるか分からないから。

 そういう目に遭ってこなかっただけだったんだ。アタシは。

 頭ではそれを理解してた。

 でも、本当には分かってなかったんだ……。

 悪い人間が集まりやすいってどういうことかってことを。



「……あれ? 今日は忍ちゃんは?」


「姉はちょっと特別訓練を命じられて、今日は来れないそうです」


 夕食会予定の日。

 アタシ達の部屋を訪ねてきたのが弟君の仁君だけで。

 忍ちゃんの姿が無かった。


 期待されてるのかな? 

 月城教官だったら「このままじゃこいつはまずいからスパルタで実力を引き上げる」ってことも考えられるけど。

 月城教官、今はコードネームあり組の指導教官になってしまったからなぁ。


 この間、訓練中に顔見せしてきたの、遊びに来たんじゃなくて挨拶に来てたらしくて。

 基礎訓練担当より、コードネームを得て、仕上げの段階に入っている訓練生を指導すべし。

 月城教官の指導能力は今の場所で使うべきではないと上が判断したらしく。

 配置換えになった。


 後任が誰になったのか知らないけど、おそらく月城教官ほど熱心じゃないだろう。


 アタシとしては大好きな教官に再び指導してもらえて、とても嬉しいけど。

 この子たちにとってはどうかな? 


 表面上は訓練の厳しさは下がるかもだけど、大きな目で見たら良くは無いよね。


 気になったので、聞いてみた。


「新しい教官、どんな人? 変わったんだよね?」


 靴を脱いで、居間に向かい、テーブルにつこうとしている弟君に聞いてみる。


「えーと、男性です。ちょっとガチムチの、中年男性」


 ガチムチって……変な言葉知ってるね。


 そっか。今のコードネーム無し組教官、男なんだ。


「厳しい?」


「はい。劣等生は容赦なく切り捨てるぞ、使えない奴は去れ、いや死ね、が口癖で」


 うわぁ……。

 月城教官は妥協ゼロで、加えて要求が厳しいだけで、そういうことは言わなかったんだけどなー。

 まぁ、出来ない子は泣いてたけどさ。それでも。


 なんか、愛が無さそうだなぁ。

 この子たち、なんか可哀想。


「それは大変だね。頑張らないと」


 ろくに伸ばしてもらえず、落第生の烙印を押されかねないなぁ。その調子だと。

 ちょっと心配になった。


 まぁ、この子たち自身がいいご飯食べて頑張る以外、方法は無いわけだけど。


「今日は麻婆豆腐なんだけど。辛いの平気?」


「大丈夫です!」


 なんか全力でアタシに返事する弟君。

 緊張しなくていいのに。


 文人にはだいぶ打ち解けている感じするのにさ。

 やっぱり性別違うとこんなもんなのかな。

 このくらいの年齢の子は。


 麻婆豆腐。


 文人曰く「これが美味しい中華料理屋って少ないんだよな」らしい。

 で、アタシの麻婆豆腐を食べると「美味しい」って言ってくれるんだよね。


 ……無意識でやってるのか、狙ってやってるのか知らないけどさ。

 そんなこと言われると、また作りたくなっちゃうじゃない。


 なので、作っちゃった。

 ひょっとしたら小学生には辛いかもしれないと思ったけど。


 そしたら、案の定。


「う……か、辛い……」


 弟君が思わず洩らした本音。


 うーん。

 豆板醤、結構入れたからね。


 ちら、と文人を見て。


 彼を意識し過ぎて、やり過ぎちゃったかも。

 ごめんね。

 もうちょっと、加減すべきだったよ。


 お詫びにアタシは、弟君にコップに注いだ牛乳を出してあげた。

 これで多少マシになるかも? 



★★★(下村文人)



「聞いてください! ハンドリングに成功しました!」


「ほぉ」


「本当!?」


 食後、片づけを終えて、テーブル囲んでお茶にしていたら、下の子がそう僕たちに報告してきた。


 それは素晴らしい。

 で、何の動物だろう? 


「動物は?」


「カナブンです!」


 椅子に座ったまま、手を上に突き上げながら言うと同時。部屋のどこからか、カナブンが本当に飛んできて、下の子の突き上げた人差し指の上にとまった。

 どうやら本当のようだ。


 悪くないな……。

 カナブンなんて、居ても誰も警戒しないもんな。小さいからどこでも隠れられるし。

 害虫でも無いから、追いかけまわされて殺されたりもしないし。

 後は他の能力が良ければ、きっとこの子、コードネームを将来取得できるぞ。


 ちなみに。

 昆虫だったら冬場ハンドリングできないのではという懸念事項があるかもしれないが、そこは心配ない。

 ハンドリングで操った時点で、その動物は本体と同じ体質、寿命を獲得する。


 なので、このカナブンは、本体が生きている限り、寿命で、冬の寒さで死ぬことは無いのだ。

 まぁ、代わりに自由意思を全部本体に奪われているんだけどね……。


「良かったねー!! おめでとう!!」


 だきっ。


 彼の隣に座っていた、感極まった徹子が下の子を抱きしめた。そして頭を撫でる。

 下の子の顔が、徹子の胸に埋まっている。

 同年代と比較して、相当発育している彼女の胸に。


 ブーン、とカナブンがまたどっかに飛んでいく。


 あ~。


 幸せかい? 


 徹子はギュっとしてナデナデという感覚かもしれない。

 最初の日、彼に対してそんな思いを口にしていたから。彼女は。

 現に、今も純粋に労って可愛がってる感じしかしない。


 でもな。


 同時に、僕はこの下の子がすでに徹子を女として見ているのは知ってるわけで。

 下の子の手口は巧妙だった。


 抱きしめられるときに手が挟まれたことを装って、しっかり徹子の胸を触っている。

 賢いな。お前。


 ひょっとしてオルクス/ノイマンのクロスブリードか? 


 ノイマンは僕のもうひとつのシンドローム。

 脳細胞がレネゲイドウイルスで異常強化され、反射神経、記憶力、閃き、身体操作技術等、脳に関わることが人間離れしたレベルになる。

 もしそうなら、お揃いだ。


 ……まぁ、冗談だが、本当にオルクス/ノイマンだった場合。

 支援系オーヴァードとしてはかなりいい線いくかもしれない。

 ノイマンの知性で情報操作、情報収集、分析等を行いつつ、ハンドリングでリアルタイムでサポートするわけだ。

 役に立たないわけがない。


 ……


 ………


 うん。

 あまり長いこと、徹子のおっぱい触ってるんじゃないよ。

 そのおっぱいは危険だ。本来10歳児が触っていいものではない。


 お前、性癖歪むぞ? 



★★★(佛野徹子)



 数日後。


「あれ?」


 文人と一緒に食堂に行くと、忍ちゃんが一人で固定メニューを食べていた。

 その日の固定メニューは、鶏のから揚げと、野菜スープと、ご飯。

 相変わらずみすぼらしい。可哀想だけど、これが現実。


「忍ちゃん? 仁君は?」


 こちらに気づいた忍ちゃんは、アタシ達に会釈して


「こんにちはセンパイ。弟はもう戻りました。私、ちょっと訓練長引いたんで、お昼が遅くなりまして」


 だから今食べている。

 そう言った。ニコリと微笑みながら。


 ……なんか、おかしい。


 アタシは直感した。


「なんか、あったのか?」


 文人も気づいたみたいだった。

 この子、なんか隠してる。

 笑顔がね、変なんだ。


 無理に笑ってる。笑えないのに。


 それがね、ありありと出てたんだ。


「何にもないですよ。ちょっと訓練が厳しいだけです」


 はやくセンパイに追いつかないと、そう言って笑った。


「……嘘、吐いてるだろ?」


 文人。

 なんかね、ちょっと怖かったよ。


 この子の態度に、何か過去の出来事と引っかかることがあったのかな? 


「そんなことないですよ」


 えへへ、と。どうみても無理に笑ってる。


「……だったら、ちょっと服に触っていいか?」


 文人は言った。


 サイコメトリー。


 モルフェウスのエフェクトで、モノに込められた思いを読み取るものがあるらしい。

 それをやっていいか? 彼はそう聞いてきたんだ。


「黙ってやっても良かったが、一応プライバシーに踏み込むことだからな。断っておく」


 嘘を吐いていないというなら、服に触らせろ。

 それで何も感じないなら、お前の言葉を信用する。


 そう、文人は言ってのけた。


 絶対に誤魔化せない。


 そう観念したんだろうか。

 彼女は、ポツリ、と言った。


「……ルームメイト殺しって、本当にあるんですか?」


 驚いたね。

 冷水をぶっかけられたみたいだった。


「……どこで、それを聞いたの?」


 声を潜めた。

 一応、内緒のことだったからね。


 すると忍ちゃん、涙目になって。


「それはすみませんセンパイ! それだけは勘弁してください! 言えません! でも! 私! それをしなきゃいけないかもしれなくて! それで……!」


「それは無いよ」


 取り乱す忍ちゃんに、アタシは平然とそう言った。

 安心してもらえるように。信用してもらえるように。


 どこの誰だか知らないけど、酷い嘘を吹き込んでくれたね。

 アタシ達の可愛い後輩に。


 アタシ相当腹が立っていた。

 そんな嘘、即刻潰してやる。


 彼女にだけ聞こえるように、声量を抑えて、アタシは言った。


「いい? ルームメイト殺しってのはね、成長の見込みが薄い、将来ファルスハーツのお荷物確実の落第生の有効活用なの。だから忍ちゃんの場合にはそれは当てはまらない」


 現に、仁君はめきめき成長している。

 文人も「下の子、結構いいとこ行くかもな」って褒めてたし。


 そんな子を、生贄にするような愚を組織が犯すはずがない。


 だから、自信をもってそう言ってあげたんだ。


「……本当ですか?」


「うん。本当。ね? あやと?」


「ああ……お前の弟、相当才能あると思うぞ」


 二人とも、自信をもってそう答えてあげた。

 すると、彼女の顔が明るくなった。


「ありがとうございます! 私、すごいセンパイに知り合えて幸せです!!」


 何度も頭を下げて感謝してくれたよ。

 良かった……


 このときさ。

 もうちょっとね。考えておくべきだったんだよね。


 このときのことを文人と話すとき、最後はいつも同じ結論になる。

 もっと、考えておくんだった、って。



★★★(下村文人)



「全く、酷い嘘を吹き込んで。忍ちゃんの才能を妬んだ誰かが、メンタル不調を狙って嘘を吹き込んだのかな?」


 一応秘密ではあるけど、どっかから洩れてる可能性はあるわけで。

 そういう恐ろしい処分があるという噂は、密かに流れていてもおかしくない。


 良く言うだろ? 人の口に戸は立てられないってさ。


「吹き込んだの、コードネーム無し組の誰か?」


「かもな。あの子、月城教官より数段やる気の点で劣る新人教官に特別訓練受けてたんだろ? それなりに優秀なんだろ。きっと」


 見込みの薄い訓練生に、サービスで特別訓練組むなんて。

 そんなことをやりそうな人物には思えなかったからな。下の子の話を聞く限りは。


 実際、上の子は最初からエフェクトを自在に使いこなせてて、月城教官に聞く限りは「スジは悪くなかったと思うぞ」って言ってたしな。


 同期より抜きんでていれば、そりゃま、目の敵にもされるだろ。


 僕も、そうだったし。

 まぁ、僕の場合は報復を恐れられて、誰も突っかかって来なかったけど。


 僕らは、午後の訓練に戻りながら、二人で話していた。

 僕らの可愛い後輩に、卑劣な手段で揺さぶりをかけてきた誰かを、どう特定して思い知らせてやろうかと。


 まずは、今の無し組の成績を調査するところからはじめるか。

 怪しいのは、上の子が潰れて得をする連中。


「いつからはじめる?」


「今晩からやるよ」


「晩御飯は?」


「軽めでいい。その分作業に当てたいから」


 今思うと、おめでたい会話だった。


 このときはさ、僕らは思っていたんだ。

 調査する時間はたっぷりあるってね。


 何故って、誤解は解いたから。

 後は犯人を特定するだけだ、って。


 本当は、もう、全然無かったんだよ。

 午後の訓練を打ち切って、調べていれば。


 あんな結果にはならなかったかもしれない。



★★★(佛野徹子)



 夜。


「……ん~~」


 文人の部屋に、おにぎりを作って持っていくと、彼が机に向かって唸っていた。


 彼の机の上には、彼自身が錬成したパソコンが乗っている。

 これで、コードネーム無し訓練生のサーバーにハッキングをかけて、成績表を取り出したそうな。


 で、それを見て唸ってる。


「どうしたの?」


「あの子の成績、そんなに抜きんでてないな。嫉妬を買うほどじゃない。決して悪くない、むしろ全体的に見れば良い方だけど」


 プリントアウトした成績表。

 それをアタシに差し出しながら彼は言った。


「え?」


 見る。


 確かに、忍ちゃんの成績は上位グループの下位くらい。

 悪くは無いけど、嫌がらせが行われるほど高いとも言えない。


 だとすると、嫉妬のセンは消える? 


「……そういえば、すごく取り乱してたな。誰から聞いたのかを聞いたら」


 相手の方が立場が上か、恨みを買うとまずい相手ってことかな? 


 だとすると……


「1.コードネームあり組の誰かが、僕らに対する嫌がらせでやった」


「2.この養成所の偉いさんがやった」


 おにぎりを食べながら、文人が予想を口にする。


「2は無いでしょ」


「ん、僕もそう思う」


「じゃあ1?」


 そういうと、彼は考え込んだ。

 心当たり……無いのかな。


 そういうアタシも良くわからないんだけど。


「……恨まれてるのかなぁ? まぁ、こういうのは断言できないからな」


 彼は悔しそうだった。

 後輩のトラブルを解決できないのが情けないって思ってたのかな。



 次の日だった。



 朝、午前の訓練に向かうために、文人と一緒に中庭に出た。


 この、訓練生住居施設の中庭には、一本の大樹が生えている。


 種類は分からない、植物に詳しくないから。

 結構太い枝ぶりの木で、余裕で木登りできるくらい丈夫そうな木。


 そこにね誰かぶら下がってたんだな。


 ロープで。


 首吊りだった。


 そういう死体を見るの、初めてじゃなかったから、吐いたりはしなかったけど。

 アタシの中で、時間がね、止まったんだ。


 ぶら下がってるのは、戦闘服姿の女の子。


 足元には、踏み台に使った小さな木箱。

 そして、死後に漏れ出た排泄物。


 顔は生前の顔とは違ってて。

 気づいたとき、泣けてきたよ。


 良く知ってる子だった。


 口に手を当てて、座り込んでしまった。


「忍ちゃんが……首を吊ってる……」


 アタシ達は、結局救えなかったんだよ。

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