第3話 初めての後輩

FHチルドレン養成所の訓練生の、オーヴァードとしての訓練は大きく二つに分かれる。


ひとつは、まだコードネームを貰えておらず、集団で指導教官に従って基礎訓練を繰り返すグループ。

もうひとつは、コードネームを与えられ、それぞれの個性に従って独自にメニューを組み、能力特化を目指すグループ。


アタシと文人は、今は後者のグループだった。


アタシはひたすらレーザー手刀のシャドー、そして高速移動の訓練。

文人は、錬成の正確さ、速度の向上を目指した訓練ばかりしている。


それがオーヴァードの位階を上げる手段だと判断したためだ。


「シャイニングハンド。精が出るな」


相手を想定し、効果的に手刀で仕留められるコンビネーションを繰り返していたら。

突如、声をかけられた。


コードネーム無しグループに居たときにお世話になっていた人。


「月城教官!お久しぶりです!」


アタシは背筋を伸ばし、気を付けの姿勢をした。


髪の長い、和服の穏やかな美人だ。

おおよそ、訓練教官には見えないけど。


この人の名前は月城夜風。

コードネームは『ウインドマスター』

FH戦闘部隊第一線で活躍していた最強のオーヴァードの一人。

そんな経歴なのに、突然自分から訓練教官の職を希望し、前線を退いた。

そして新人エージェントやアタシたちのようなFHチルドレンに訓練をつけている。


この人は、この姿のまんま。

何人もの訓練生を手玉にとり、寄せ付けないで叩き伏せ、真のオーヴァードとは何かを教えてくれる。


「その後、速くなったか?」


月城教官はハヌマーンのピュアブリードで。

エンジェルハィロゥとハヌマーンのクロスブリードのアタシとシンドロームが被るので、何かと目を掛けてもらった。


特に、アタシは自分の速度に自信を持っていた。

いつかは、教官のウインドマスターの称号を受け継ぎたい。

そんな大それた夢を持っていたときもある。


「ハイ!340メートルを1秒切りました!」


「音の速さは超えたわけだな。まずは第一段階クリアというわけか。順調だな」


月城教官はあまり表情を動かさない人だけど。

アタシの近況報告に、嬉しそうな表情を浮かべてくれた。


とても、誇らしかった。


月城教官は、アタシが尊敬する女性……この人がお母さんだったら良かったのに……の一人だから。


「佛野訓練生のコードネーム、私が決めていたら、その速さに着目していたんだがな。お前の持ち味はそこだろうに」


「お前ならきっと、光の速さを超えられる」


……嬉しい。

月城教官は厳しいけど、アタシには愛が感じられた。

同期には「鬼」「サディスト」って恨み言を言ってるのもいたけど。

教官は、将来困らないようにあえて厳しくしてくれてるんだ。

アタシにはそれが分かったから。


「見ていて下さい!きっと、達成して見せます!」


恨みなんてあろうはずがなく。

見ていて下さい!!




「ジェノサイドブレード、その後どうだ?」


僕が制限時間内に砂利の山を大量の投げナイフに変える訓練……錬成の正確性、速度を高める訓練に勤しんでいると。

コードネーム無し時代の訓練教官……和服姿の女性……月城教官が声を掛けてきた。


「あ、月城教官。……まぁ、ぼちぼちやってます」


僕はそう答える。

この教官、一見ドライだけど、見るところは見ており。


指導目的で、本気で問題点を指摘をしてくるので、嫌いでは無かった。

僕が高速錬成の訓練をしていることに気づいたのか、教官は


「下村訓練生は、錬成の速度が本当に速いな。その後、伸びたのか?」


「はぁ。一応、1秒で200個以上、手裏剣を錬成することは成功しました」


「素晴らしい。お前のことだ。ひとつもいい加減な錬成を行わず、だろうな」


相変わらず的確に褒めてくるな。この人。

こういう組織だ。とんでもないクズが教官にあたることも考えていたんだけど。

僕の訓練教官はそうではなく。

まぁ、多分厳しいんだろうなとは思うのだが。

僕は特に問題なくこなせたので、悪いイメージは特にない。


「ところで」


すす、と月城教官が傍に寄ってきた。

そして小声で耳打ちする。


「……佛野訓練生……シャイニングハンドと確か同室だったな」


「はぁ、まぁ、そうですが?」


「……彼女とはどういう関係だ?」


「……同居人ですけど?」


「ファルスハーツでは、同居人を決めるとき、相性も考慮する。……やはり、男女の関係なのか?」


「違いますが?」


「本当に?本来ならお前は男子中学生……男の子が一番エロい年齢だ。そのときにあんな可愛い女子と同居して、何もないとかありえるのか?」


「実際無いです」


まぁ、この人が決めたわけでもないのだろうが。

生贄目的で強制同居させといて、この言い草は無いのでは。


月城教官はいまいち納得していない様子だった。


「まぁ、今は違うのかもしれないが」


一呼吸置いて、教官は言った。


「佛野訓練生……シャイニングハンドは、実力は高いが、内面繊細なところがある。……正直、任務以外で傷つくのはあまり喜ばしくない」


真剣な目をして、僕を見る。


「手を出すならその辺しっかり考慮してやってくれ!」


くわっ


そんな音が聞こえてきそうだった。


出しませんよ。

そんな資格も無いし。


この人、こんなことを言いに来たのか?




お昼。

朝と夜は、自宅でご飯を食べるのだけど。

昼は食堂を利用する。


お弁当を作っても良いんだけど。

さすがにねー。

そこまでするのは変なんじゃないかなと思うから。

だって自分一人だけお弁当を作るのあれだし、かといって彼の分まで作ったら、その。


変じゃん。


養成所の食堂は、コードネーム無しはメニューが決まってて。

コードネーム有りは自分でメニューが組み立てられる。


自分の体調、訓練の方向性と相談して最適メニューを決めろというのと、ただ単に、コードネーム無しを発奮させるため。


コードネームが与えられると、こんなにいい思いができるんだぞ。お前らもっと必死になれ!


そういうメッセージ。

その証拠に、コードネーム有りのメニューには「ホールケーキ」「クッキー」「マカロン」「大福」なんてものがある。

こんなの、クリスマスかお正月にしかコードネーム無しのグループは食べられない。


アタシはまぁ、いつも通り日替わり和食定食。

文人も同じで、それに納豆をつけていた。


「まぁ、これが一番バランスがいいだろ。それに悩むほど味が良いわけでも無いしな」


前にいつも同じだけど和食好きなの?って聞いたら、文人はそう答えた。

味が良いわけでもない、って。

家でご飯するときは、毎回「美味い」って言ってるのにね。


……深く考えるのはやめとこう。抜けられなくなりそうだから。


二人とも注文した食事を受け取って、どこで食べようか席を探していたら。


見慣れない二人組が居た。

男の子と女の子だ。


女の子の方は、アタシと同じか一つ下くらい。男の子の方は、どうみても小学生だった。

二人ともファルスハーツ支給の戦闘服姿。可哀想なくらい着こなせてない。

まだ着慣れてないんだろう。


……姉弟、かな?

姉弟でファルスハーツに流れてくるなんて……ツイてないね。


アタシは自分がここに来たときのことを思い出した。

あのときは、周囲の人間が全部敵に見えて、月城教官と、同年代の子以外にまともに接することができなかったよ……

辛いよね……


目の前に見える姉弟っぽい子たちも、なんだか不安そうだった。

ビクビクしてる。ビクビクしながら、コードネーム無し組の固定メニューを食べていた。

今日は、パンと肉野菜炒めと牛乳だけのよう。


……


………


よし。


あの子たちの前の席、空いてるし。

あそこで食べよう。


「あやと、あそこで食べようよ」


「分かった」


彼も同意してくれた。

足早に向かって、椅子を引いた。


「前、失礼するね」


なるべく、優しく。

お姉ちゃんっぽい子に声をかけた。


「!」


近くで見ると、可愛い子だった。

ちょっと幼い感じ。

やっぱり、中1かな?

髪の毛は長めで、後ろで括っていた。


不安そうな目で、こっちを見ている。


「アタシ、佛野徹子。4年前からここに居るの。あと半年で5年だけど」


「こっちは下村文人。アタシのルームメイト」


アタシが紹介すると、文人は軽く首を動かし会釈した。


「見ない顔だけど、最近入ったの?」


アタシの問いに、女の子はコクンと頷いた。


「大変だったね。……頑張ってとしか言えないけど」


ホントに、それしか言えない。

ここでは、頑張れなかった、頑張ってもできませんでした、なんて言い訳は通用しないから。

兎に角、努力して、自分の有用性を見せつけないと。文字通り、死ぬ。


「あなたたち、姉弟?」


女の子、コクン。

男の子、なんかアタシをジーっと見てる。


「姉弟なのかと聞いているんだが。そこの小学生」


文人が別に怒鳴ってはいないんだけど、無視できない声音でそう男の子に言った。

男の子、ハッとしたようになって


「そうです!」


って答えた。

結構可愛らしい子だった。お姉ちゃんの方も可愛いけど。

小学生らしい、幼さがたまらない。

ギュってしてあげて、ナデナデしてあげたい。そんな衝動を感じてしまう。


「……お二人、コードネーム持ってる方なんですか?」


アタシたちが、自分たちと違うものを食べているのに気づき、お姉ちゃんの方がそう言ってきた。


「うん」「ああ」


アタシたちは、ハモるようにそう答える。


「……すごいですね。コードネーム、私も取りたいですけど……」


色々教えてもらったんだろう。

コードネームがあるとどうなるのか。


まず、食堂での優遇措置。

そして訓練内容の個人調整。

最後に、給付金だ。


電子マネーみたいなもんだけど。

それが月15万円程度、出る。


で、そのお金で、部屋の端末で買い物ができる。

アタシ達の家の食材も、そうして買ったものだった。


「取るしかないよ」


ホントにそう。

いつまでもコードネームが取れないってことは、それは落第生であるということの証明だから。

つまり、ルームメイト殺しの対象。


そんな、出来ませんよ、は通用しない。

猶予期間はどれぐらいかな?


少なくとも、1年より短いってことは無いと思うんだけど……


1年より短いなら、アタシ生きてないはずだし。


「でも、厳しいんですよね?」


「そりゃ、ね。……ここじゃ、一人前と見做されないと人間扱いされないしね」


脅かす気は無いけど、気休めを言って安心させても意味が無い。

本当のところは、言わなきゃならないことはちゃんと言わなきゃ。


アタシが真面目に言ったから、お姉ちゃんの子はかなり悲壮な顔をした。

可哀想だった。でも、しょうがない。

変えようがない事実だから。


でも、この表情。

ちょっと、気に入ってしまった。

へこたれないんだ。


「あのさ、アタシ、あなたのこと気に入っちゃった」


あなたたちの名前、教えてくれないかな?


笑って見せながら、二人の名前を聞いた。


すると、なんだか恥ずかしそうに、教えてくれた。


「……く、来海忍。くるみしのぶって言います」


「……弟の、来海仁。くるみひとしです」


なるほど。忍ちゃんに仁君ね。

覚えた。


「えーと、書くものは……」


これでいいか。

テーブルの上の紙ナプキンを一枚取って、そこに携帯してたボールペンで数字を書いた。


「訓練、アタシ達の常識の範囲内で終わるなら、夜の7時には終わってるはずだから、就寝時間の10時まではフリーだよね」


紙ナプキンを差し出して。


「晩御飯、一緒に食べようよ。待ってるからさ。これ、アタシ達の部屋番号」


すごく驚いてたね。

多分、こんなことを言ってくれる他人が、ここに居るなんて思ってなかったんだろうね。


アタシのときもそうだった。

そして、実際居なかった。


だからさ。

この子たちのときくらいは、そういう先輩がさ、居てもいいんじゃないかな?

そう思ったんだ。


「あやとも良いよね?」


振り返って一応意見は聞いておく。ちょっと卑怯かな?

この状況で「僕は嫌だ」なんて言えないし。


「構わない。けど、椅子あったか?」


でも快くOK出してくれて、その上で問題点指摘。

彼らしい返事。


「ちゃぶ台はあったから、それを使おうよ。そうすれば、床に座れるし」


「それもありか。でも今度、来客用に椅子買っとくか……」


そうだね。そうしようか。

テーブルも、もうちょっと大きめのやつにしちゃおっか。


こっちも、色々夢が広がって楽しい。


そう、彼と語らった後、アタシは二人に向き直って、真剣に言った。


「じゃあ、しっかり食べて、午後の訓練頑張って。何が何でもコードネーム取るんだ!その心意気で」


最初から諦めて、ってのが本当に通用しない状況だから。

これは肝に銘じてもらわないと。


言われた来海姉弟は、神妙な面持ちで頷いた。


そして


「ありがとうございます佛野センパイ!下村センパイ!弟と二人で、お邪魔させていただきます!」


本当に嬉しそうだったんで、アタシも嬉しくなったよ。




「あの二人、絶対同室で設定されてる」


食事を終え、来海姉弟と別れた後。

僕は徹子にそう言った。


「……酷いね。姉弟を同室にするなんて。でも、どうしてそう思ったの?」


根拠はあった。

歩きながら、それを披露した。


「まず第一に、ルームメイト殺しの効果が最大限に発揮できる組み合わせだ。やらない理由が無い。僕が設定者の立場なら、絶対そうする」


これを言うと、徹子は悲しそうな顔をした。

……割り切れないもんがあるんだな。そういう組織だって分かってても。


「第二に、あの二人、訪問人数の点で二人前提で会話してた」


「えっと……?」


ちょっと、話が伝わってないようだ。

もう少し、噛み砕く。


「つまり、僕らの部屋に来る人数、二人前提だったってこと。四人じゃ無くてな」


考えてもみろ。

なんか親切な先輩に遭遇して、突如夕食会に招かれた。


あの二人が別々の部屋で、それぞれルームメイトを持ってたとしたら、その子に何も告げずに自分だけ来るなんてこと、すると思うか?

そんなことしたら、部屋の雰囲気悪くなるよな?


だったらさ、当然「ルームメイトも連れて行っていいですか?」「ルームメイトに何て言いましょう?」って言葉があってしかるべきなんだよ。

それが無かったからな。


そこまで言って、理解できたようだった。


「……なるほど。だからまず間違いなく同室、ってわけね。しかし、本当に酷いね……」


「しょうがない。犯罪組織なんだから。ここ」


慈善団体でもないし、治安組織でも無い。犯罪組織。

倫理観なんて期待できようはずがない。


「だから、なんとかあの姉弟をコードネームありにしてやんないと」


「そうだね……」


僕らの意見は一致しているようだった。

出来れば、姉弟で殺し合いなんて事態は見たくない。


「猶予期間は1年は絶対あるよね。アタシ、1年かかったけど、殺されなかったんだし」


ああ、そういえば


「弟君の方はもっと長いと思うぞ。年齢考慮して、普通に考えて出来ることと出来ないことがある。ある程度成長を重ねた年代と一緒なわけがない」


同じ条件で猶予期間を定めていたら、ひょっとしたら金の卵かもしれないのに、年齢的無理難題を吹っ掛けたせいでそれをフイにするという間抜けな事態になる。

だから、年齢による考慮はあるはず。あくまで猶予期間の。

10歳からの1年と。14歳からの1年が同じわけが無いんだよ。


「前にさ、お前、僕に『アタシの半分の期間でコードネーム取るなんてすごい!』って言ったよな?」


ついでだから、思い違いを指摘しておく。

だいぶ前の思い違いだけど。


徹子はこちらを向いてきた。


「あれ、的外れだから。10歳児が1年でコードネーム取るのと、14歳が半年でコードネーム取るのが同じ尺度で比較できるわけないから」


例えるなら、金と鉛を重さだけで価値の評価をするようなもんだ。


「お前の方が断然すごいから」


そこまで言うと、徹子が立ち止まった。

……どうした?


振り返ると、顔を背けていた。


で、ちょっと怒鳴られた。


「アンタ、いい加減にしなさいよ!」


って。

……僕、何かしたか?

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