第16話 学会 003

「で、結局どうなさるおつもりですか?」


 ボイドは本を読みながら、リュージュに問いかける。

 ここは図書室。本を読むのに適した場所ではあるが、静謐でなければならない以上、会話をするには適さない環境だ。

 しかしながら、今図書室には人払いをしているために、ここに居るのはリュージュとボイドだけであった。


「どうするも何も、このまま手をこまねいていることもないだろう。『荒野の魔女』とやらのお手並み拝見と行こうじゃないか」

「楽しみにしていますよね?」

「何が?」

「いや……だから、その組織についてですよ。一応相手は魔女を崇拝する組織ですよ? 何をしてくるか分かったものじゃありません。過去にも謎の神様を崇拝している組織がリーガル城にお手製の爆弾を抱えたまま突入したことだってあったんですから」

「何だそれ。命を軽く見過ぎだろ」

「そういう普通の人には理解しがたい感性を持った人間だって、世の中には数多く居るんですよ。……バベルの塔の話って聞いたことあります?」

「いいや、全く。どんな話だ?」


 それじゃあ、話しますね――ボイドはそう言って、バベルの塔について話し始めた。

 はるか昔、人間の言語が一つに纏められていた時代。人間は、神に近づこうとして一つの塔を作った。

 その塔の名前はバベル。全世界の人間が一丸となって上へ上へと作っていく。

 それを見て何もしない神ではなく、神は、塔を破壊したとともに人間を分散させることにした。そして、人間が直ぐに共通認識を持ち合わせないために、人間の言語をいくつかの違う言語に変えてしまった。


「……それが、人間の言語の始まりだと言われています。もっとも、今じゃ人間も少なくなっていますからそれが適用されなくなってしまって……今やルーファム語だけになってしまっていますけれどね」

「……で、そのバベルの塔の話と、この『荒野の魔女』に何の関係性が?」

「要するに……人間の愚かさはどの時代でも変わりない、ってことを言いたいんですよ。今、この研究をしている僕達だって、未来から見たらとても愚かな人間だったんじゃないか? って思うんですよね。結果は見ないと分からない。ならば、未来から観測しないと、自分が正しい行いをしているかどうかなんて分からないんじゃないか、って」

「……相変わらず、学者先生は小難しい話をするのが好きなようだな」

「いやあ。そう言われると……」

「褒めていないからな」


 リュージュはそう言うと、ボイドの隣に堆(うずたか)く積み上げられていた本のうち、一冊を手に取った。


「ほう。……『大戦絵巻』とな?」

「ああ、それですか。それなら、はるか昔に起きた『始まりの戦い』、その内容を書き留めた絵巻です。もっとも、それを実際に見た人物が記した訳ではなくて、口伝で得られた情報を下に描いたそうですから、色々と史実と異なる点はあるでしょうけれど」

「……魔女は」

「?」

「元々、ある人物の子孫であると言われている。昔は多くの魔女が居たが、その時も変わらない。そしてその人物の子孫であった存在は、かつては栄華を極めていた。その人物は誰だか分かるか?」

「……誰でしょう? 高尚な魔法使いでも居たんですか?」

「答えはこの絵巻に記されているよ。ほら、この軍勢を率いている人物……彼女だ」


 それを聞いてボイドは目を丸くする。


「彼女って……、確かこの世界の……」

「そう。この世界の創造主、或いは唯一神として崇められている存在、ガラムドだよ」

 

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