序章

序章 零話 「閃光」

 それは金色の光だった。少年の頭上に輝いたのは小さな太陽とも呼べるような、原子の中から生み出された核分裂連鎖反応の弾き出したエネルギーが集積した光の球だった。


 一九四五年 八月九日 午前十一時二分 長崎市内


 B-29"ボックスカー"の胴体から投下されたインプロージョン式のプルトニウム爆弾は地上から五百メートル上空にて、内部で生じた核分裂連鎖反応に耐えきれずに膨大なエネルギーの火球へと姿を転じた。


 その瞬間、解放されたエネルギーがガンマ線、中性子線として溢れだし、周囲の空気と反応して、高エネルギーの電磁波が周囲に放出された。熱線は直下の構造物、人、全てを焼き付くし、その爆発の光もまた爆心地から遠く離れた場所まで届いた。太陽と同じエネルギーが解放されたのは一瞬のことだったが、悲劇はそれだけでは終わっていなかった。


 爆発で一千万度近くにまで熱せられた空気は一瞬の内に急激に膨張し、それによって生じた衝撃波と爆風が音よりも速い速度で爆心地点から半径十五キロに放射状に広がった。


 一瞬の内に街を破壊し尽くし、多くの人々の命を奪ったこの兵器の威力を見て、人類は恐怖したのか、それとも自らの行いを反省したのか、どちらなのかは誰にも分からない。だが、それから三十年の間、人類が冷戦という新しい対立の元で多くの危機を迎えつつも、核兵器を使用することが一度も無かったのは紛れもない事実である。


 対流現象でより圧力の低い場所から高い場所へと、放射能で汚染された塵や灰を巻き込んだ空気が周囲から流れ、さらに上空へと巻き上がって、黒いきのこ雲が舞い上がる爆心地の真下で、ただ一人の少年だけが生き延びていた。


 最も近くで大量の熱線と放射線を浴び、彼以外の全ての生き物の命が絶えた中で少年だけは全身に熱傷と衝撃波で受けた傷を追い、放射線のエネルギー波に全ての細胞を射抜かれた後でも生き続けていた。崩れた酸素魚雷工場の建物の瓦礫の中で気絶し、横たわっている彼の細胞の中では生命の情報をコードするDNAの塩基配列が核分裂のエネルギー波を受けて変化し、全く新たな情報が書き加えられようとしていた。


 もしかしたら、そこに刻み込まれたのはこの後、核の恐怖をどこかで感じながらも、その力を自らの発展のために使うことになる人類に罪を与えるための"コード"だったのかもしれない……。


 いずれにせよ、公的には生存者ゼロとされた原爆の爆心地直下で、唯一生き残った彼が抱いた揺るぎない復讐と絶対的正義に対する信念が三十年後に起きる一つの大きな事件の根本となったのは間違いなかった……。

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