ある日を境に、女の人が塀越しに顔の目から上だけをだして家の中を覗いてくるようになった。


四六時中。


晴れの日も雨の日も。


その目は大きく見開かれ、酷く充血しているように見えた。


祖母に話すと、


「あれはできるかぎり見ない方がいい。ほら、最近近くの神社が壊されたの覚えているかい? あれはその時に寄ってきたんだよ」


「なんでそんなことわかるの?」


「昔からよくあったからねぇ。住宅やら何やらが増える中で土着の神を祀ったものや寺社が壊されると、ああいう変なものが寄ってきて悪さをする。まったく困ったもんだよ」


そう言いながら祖母は顔に皺を寄せながら笑った。


僕もつられて笑った。


「だけどねぇ、あれはこれまで見聞きした中でも特にタチが悪い。隙あらばこの家のすべてを取り込もうとしとる」


急な祖母の真剣な目つきと声に僕は背筋が冷たくなるのを感じた。


「ま、私が生きとる間はそんなことさせないし、生きとる間に諦めるはず」


こちらの不安をかき消すように再び祖母は笑った。


そして僕も笑った。


その後、祖母は10年ほどして亡くなった。


95歳で。


通夜のあと、親戚などが集まって座敷で飲み食いをする中、僕は抜けだしてお縁に座り込んだ。


目の前の塀はあれがこちらを覗いていたものだ。


祖母が言ったとおり、あれは半年ほどで姿を消した。


「ま、何事もなくてよかった」


祖母がどうやってあれを防いだのかはわからないが、こうやって平和でいれることはいいことだ。


僕はポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。


「あ‥‥‥」


火をつけ顔を上げると、塀の上からあの時の顔が覗いていた。


そして、今度は目だけでなく顔全体が見えていた。


相変わらず目は赤く、そして、口元は醜く歪んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る