第3話

 二


「マデウス・クレイトス……征くぞ、ユノ!」

「了解」


 マデウス・クレイトスの眉間に輝く紅玉がジュピウスの玉座であった。その奥に繋がるのは時空神殿。魔法により保護された特殊な空間である。


 無数の呪言が形作るそこにジュピウスは浮かんでいた。彼が纏うマギアの各所に浮かび上がる魔法円はクレイトスと繋がっており、彼の拡張された意識は今、巨大なクレイトスを肉体と認識している。夢と同じである。夢と同じようにジュピウスはクレイトスを己が肉体と寸毫違わず操れるのだ。


 ユノの身体は現在、クレイトスそのもの。マギア・ユノとはつまり少女の大きさまで縮小されたマデウスに他ならない。有事の際、彼女はジュピウスの承認を得てその身を巨大に変えるのである。


「剛拳!」


 クレイトスが駆け出す。立ちはだかるビル群がそれを避けるかのようにぐにゃりと歪んだ。

 待ち構えていたデストラクターは驚愕し、動揺。建物が邪魔になり、クレイトスが直進できるとは思ってもいなかったからだ。ニューヨークは遙か昔より既に魔法使いたちの庭。この大都市のあらゆるものは彼らの為に退く事を敵は知らない。


 携えた巨大な拳が飛ぶ。それはデストラクターの顔面を捉え、その巨躯が大きくしなった。

 クレイトスというマデウスの特性は頑強さと力強さ。それの拳は同じオリハルコン製のマデウスを相手取る為にあり、デストラクターの装甲はその拳の前に容易く軋む。


「剛脚!」


 ビルへとしなだれ掛かろうとするデストラクター。しかしそうはさせまいと、それが倒れようとする方向からクレイトスの蹴りによる薙ぎが放たれた。

 それを受け、めきりと軋み裂け、砕ける鈍い音が響く。それはデストラクターのフレームが粉砕された事を意味していた。


「剛牙!」


 そこへ更にクレイトスが膝と肘による上下からの打突がデストラクターの獣の頭部を挟み込み、そして潰した。人にとっても凶器たり得る部位はクレイトスにとっても凶器に変わりない。それら二つによる挟撃が見せるは正しく獣の牙そのもの。マデウス・クレイトスはデストラクター以上に獣であるのだ。


 その牙より解放された、背骨を砕かれ頭部をも潰されたデストラクターは力の権化より逃れるようにそれに背を向け覚束ない足取りで走り出した。再生する時間を稼ぐつもりなのだ。無論、逃すようなジュピウスではない。


「ユノ!」

「了解、聖なる六シックスパワー解放。出力、無限インフィニティー。臨界固定、マスター・ジュピウス」


 行けます――姿なきユノの声が響く、その時には既にジュピウスの握り締めた右手に六つの力が宿っていた。それはクレイトスもまた然り。

 六つの力を示す輝きを宿した剛拳をクレイトスは天高く突き上げる。その輝きが夜を照らした。


「受けよ、必滅を齎す、聖なる光! 万象を砕け、滅ぼせ!!」


 膝を屈し、身を屈めるクレイトスの両脚の装甲が内部の膨張に合わせて展開する。隙間から噴き出す光は内に秘めし巨大の正体。それが引き起こした衝撃と両脚を伸ばした勢いを利用し、クレイトスの巨体が宙へと高く舞い上がった。


 見守るミュールとアシュガルがその余波に煽られ姿勢を崩し、ミュールの悲鳴が響いた。やがて摩天楼を見下ろす位置に到達したクレイトス。街のビルたちがそれの前にひれ伏し、逃げるデストラクターの姿を暴き出した。


 背中にずらり並んだ斑点は模様にあらず、合計六つに及ぶそれらは全てマデウスの巨体を突き動かす為の推進器である。それぞれが向きを合わせ、そして直後火を噴いた。その炎は蒼く、対の翼が如く広がりを見せ宙のクレイトスを一陣の風へと変えた。またも煽られ、今度は吹き飛ぶ二人。ミュールの批難が轟々と飛ぶ。


「アブラ――」


 瞬く間にデストラクターへと迫ったクレイトス。それを迎撃すべく、死に物狂い、デストラクターがその爪を振り乱す。

 しかしその爪はクレイトスが突き出した光そのものと化した拳の前にことごとくひしゃげ、そして砕けて行く。殴られるまでもなく、触れただけで。そして真一文字に結ばれていたクレイトスの“口”が開き、咆哮するのはジュピウス、そしてユノが紡ぐ魔法。


「――カタブラ!!」


 デストラクターの漆黒が白き輝きへと変わって行く。その腹部へと深々突き込まれたクレイトスの拳から発された力により破壊が生じているのである。

 悠々、そして粛々と拳をそれからクレイトスは引き抜く。するとデストラクターの機体が今度は硝子細工のようにみるみる透き通って行き、ずんと一歩退いたクレイトスの足が轟かす地響きによりそれはひび割れ、そして粉々と砕け散った。


 戦闘終了――無言のジュピウスへと淡々とユノの声が告げる。

 ジュピウスはそれに対しただ静かに頷くばかり。騒がしいのは拳を解き両腕を降ろした自然体で沈黙したクレイトスの周囲を飛び回り、それの勝利に喜ぶミュールだけであった。

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