第2話
一
アレがウワサのデストラクター――肘に鋭い針を生やした鉄腕の男、アシュガルと共に宙を泳ぐ漆黒の少女ミュールが呟く。彼女の魔力満ちる真紅の瞳が射貫くのは、ニューヨークの巨大都市に並び立つ黒鉄の巨獣。
ミュールの破壊魔力流サイクブラストはそれの堅牢なる装甲に阻まれ、アシュガルが誇る避雷針の斬撃すら弾かれた。
万事休す。ミュールの魔法により宙空へと逃れた二人はデストラクターの振るう凶爪と凶牙に捕われぬよう逃げ惑う他に無い。ぎりりと歯噛みするミュール。
「サンダーバードさえ万全ならなぁ……!」
「来るぞ、ミュール」
「もうっ!」
二人が唯一デストラクターに対抗し得る戦力は未だ“聖戦”による損傷が癒えず、顕現させることが叶わない。防戦一方を余儀なくされる現状が気の強いミュールにとって悔しくて堪らないのであった。だからだろうか、生じた隙にデストラクターが攻撃を仕掛けた。
しかしそこはタッグを組むアシュガルの冷静さがキラリと輝き仕事をこなす。彼の一言によりミュールの隙は最小限に留められ、アシュガルを連れ宙を泳いだ彼女はデストラクターの爪から逃れる。そしてその先でアシュガルが鋼鉄に代わる両腕をバツの字に組み合わせると、両肘より突き出た円錐状の避雷針に蒼い光が灯り、稲妻が迸った。
「さっき効かなかったじゃない」
「なら先程よりも鋭さを増すまで」
「できるの?」
「やってやれないことはないだろ、多分な」
多分でやらないの――ぺちりとアシュガルの上方で、マリオネットの様に彼を魔法の糸で吊るしているミュールが彼のその額を軽く叩いた。そしてまた迫りくるデストラクターの爪を避ける。
その最中、双眸に浮かび上がった魔法円が門となり、ミュールの両眼から真紅の光芒が放たれた。サイクブラストと呼ばれる、魔力の放出現象だ。
それを浴びたデストラクターは咆哮を挙げるが、悲鳴では無い。苛立ち、怒りの籠もったそれは怒鳴りである。
ミュールが門を閉め魔力の放出を止めると光芒も途絶える。だがデストラクターの装甲は依然として黒光りし、ビル群の明かりを受けて夜の大都市に照り返していた。
「牽制にもならない、か!」
「逃げの一手だ」
「くっそ〜……」
デストラクターはビーストタイプ。その爪と牙、そして尾による猛追をミュールは時に飛翔し、時に転移門に飛び込み空間を跳躍して回避し続ける。街への被害が広がっていた。
このままではいけない。二人が火を吐き煙を上げる街を見下ろしてそう思った時であった。
ちょうどその二人が中規模ビルの上空に差し掛かった。するとそこの屋上を見下ろすミュールの目に映ったのはまだ十三、四歳程度に見えるメイドの少女を連れた黒い外套の男。
ジュピウス――ミュールが独り言、アシュガルもまたジュピウスと云う赤髪と白髪がせめぎ合う髪をした男を見た。
白髪と金髪をした二人の魔法使いが見るその下で、そして件のジュピウスは真紅の瞳でデストラクターを睨み付けると外套をその場へとはらり脱ぎ捨てた。現れたのは幾重にも及ぶ呪装を施せし魔法使いの戦闘装束、“
刻まれた呪言及びルーン文字たちが魔力を発揮し、白き衣を柔きままに鋼鉄に変える。
「さがりたまえよ、雷鳥。我々が手向かいする」
ジュピウスは叫んだわけではない。しかしその声は魔法により増幅され、上空の二人の耳にしかと届いた。
それを聞きいーっと舌を出し歯を向くミュール。アシュガルは終始無言のままであったが、彼の肘の避雷針は前腕内部へと格納されていた。武装解除が示すのはジュピウスに任せるという声無き同調であった。
歩み出すジュピウス。彼の歩調に合わせ、メイドの少女もまた歩み出した。だがやがて少女がジュピウスを追い越すと、それは縁の手前で立ち止まる。吹き上がってやってきた風が彼女のスカートとエプロンを巻き上げ、ジュピウスと同じ赤と白の髪が遊ぶ。
「征くぞ、ユノ」
そんな少女、ユノのすぐ後ろに立ったジュピウスの両手が彼女の双肩に置かれる。ジュピウスが浮かべたるは余裕の笑み。
「了解」
鈴の音が響く。ユノの声であった。
直後である。ユノの蒼い瞳が紅に変わり、そこに呪言の列が幾つも掛けた。彼女の身体が光を放ち。纏うメイド服が膨らむと襟や袖、裾にスカートから呪言が溢れ出し宙に広がって行った。
やがてそれは二人を取り巻き、ビルを取り込み、巨大な光の球体をそこに創り上げる。
巻き込まれぬよう高度を上げながらミュールはそれを見て口笛を一つ目。やはり無言でいるアシュガルの目にもその光景は確かに映る。
徐々に、徐々に光の球体が形を変える。それはまるで女人の腹で形を変える卵子のようで、その変遷は命の発生から成長を早送りしている様な光景だった。
綺麗な球形は歪に変わり、やがて頭が出来て手足が創られる。そしてその姿がうずくまった人の形になるとそれは徐に日本の脚でそこに立ち上がった。光り輝く、否、光で出来た摩天楼と並ぶほどの巨人――“
ジュピウスとユノ、両名と共に飲み込まれたビルは既に跡形も無く消滅し、ビルを構成していた物質はといえばマデウスの周囲を勢い良く渦巻いていた。
やがてそれらは光の巨人としてのマデウスの肢体に纏わり付き、形を成し、研ぎ澄まされ硬質化して行く。魔法により鍛えられた岩はやがて神秘の超鋼へと変容し、それを魔法使いたちはオリハルコンと呼ぶ。マデウスはそのオリハルコンにて拵えた鎧を今まさに纏おうというのだ。
――灰褐色の外装は人の外皮の様に滑らかな曲線を描きつつも硬質で、人には無い形をしていた。その様はさながら彫刻であって、筋骨隆々とした神を象った姿。人型でありながら、人とは違う形。人を創ったのが神であるならば、神を象った物こそがこのマデウス――マデウス・クレイトス。
鋭き眼光放つ紅き瞳を携えし、厳しき人相。怒りに滾る力の具現。それが踏み出したる一歩が奏でた地鳴りは、遥か彼方、それこそ神が住まう天上にすら響くかと思える程であった。
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