第2話 森にて
先ほどから頭の中でフライパンをガンガンと叩かれている気分だ。何かが凄くうるさいし頭によく響いてくる。
眠気を振り払いながら鬱陶しさに目を覚ますと、木漏れ日が顔に当たって眩しかった。
『アズマ聞こえるか。おい、起きろ』
「う、うるさい…」
『神のお告げをうるさいとは何事だ。ここはもう森だ、さっさと起きないと死ぬぞ』
「はい!?」
死ぬと言われ急いで起き上がるとそこは本当に森の中だった。遠くでギャアギャアと獣の声が聞こえてくる。
庭園で神様に森でのサバイバルを提案されて、半分冗談だったら良いなと思ってたのに。それにしてもまさか、いきなりこんなところに投げ込まれたのか。
俺を軟弱だと思うならそれ相応に、もう少しチュートリアルをやりやすい場所に移動させてくれても良いはずでは…。
当の神様を探してきょろきょろと周りを見渡しても姿はない。
そういえば服が変わってる。初めて着るような服だし、神様が着てた服にちょっと似ている。
ついでに少し伸びた髪が後ろでまとめられているのは生前の影響か、こんなに長いのは大体15歳とか16歳の頃だったな。あの頃は身長もそんなに無くて…、そういや目線が低くないか。
他に身体が変わったところがないか確認していると胸についたブローチが微かに光っていることに気付く。もしや先ほどの声はこれから聞こえていたのか。
宝石があしらわれたブローチを触ったりジッと見ているとパッと光った。
「それが私とお前を繋ぐアイテムだ。無くすなよ」
「神様!身長が縮んでます!」
「喚くな、肉体年齢がお前の全盛期の16だからだ。それより魔物が近付いてきているぞ。構えろ」
そんな、目が覚めて一分もしてないのに。こんな早く!?目線が違っておかしな気分なのに…!
声を出すのをグッと堪え、一番近くにあった木に背を預ける。こんな見通しの悪い場所じゃどこから来るかわからない。木漏れ日があるとはいえ先の木陰は薄暗い。
『まず索敵しろ。ほら、探知だ探知』
「そう簡単に言われても…!」
『まずはイメージしやすいに形から入れ。私がやってたいように前に手をかざし、あとは念じるだけでいい』
周りを見ていても状況は変わらない。こうなったら言われた通りにやるしかない…!
空中庭園で神様がやっていたような動作を思い出し真似してみる。だが手をかざしただけだ。………やはり何も感じられない。
探知、索敵、意味は頭の中に浮かべているものの一向に出来る気配はない。神様の加護がついている実感がなく半信半疑だからか、それとも才能がないのか。
『集中出来ないなら目を閉じて、自分の力を強く信じろ』
何かを伝えるようにまたブローチが光る。
今ここで目を閉じるのは怖い、けど半信半疑のままじゃいられない。強く信じる事が大事なら神様を疑っちゃいけない。
そうだ、俺がこうして若い姿になってここに居るだけでおかしな話じゃないか。何があったっておかしくない。
言われるままに、ふっとまぶたを閉じて息を整えようとする。とにかく集中するんだ。せっかくの第二の人生を棒に振る訳にはいかない。
「………、……………」
数秒してすぐ、頭の中から無駄な情報が消えていくのがわかった。同じくして周りの情報が静かに頭に流れ込んでくる。雑草、木々、太陽の光、鳥……、魔物は…。
……近くに四足歩行の生き物がいる。神様の言っていた魔物とは狼に見えるソイツの事だろう。なるほど、確かにこんな場所で寝そべっていたら即刻死んでしまっていただろう。
それにしても狼だけじゃない。近くではないものの、そう遠くない場所にうじゃうじゃとただの動物とは思えない生き物がいる。大半はスライムや植物が変異したような小さい魔物だけど、少なくとも二メートルをこえるような大きいものは数匹いる。
「なんかヤバそうなのがいっぱいいませんか?」
『思ったよりいたな』
「大丈夫なんですか!?」
『ああ、お前は転生者の中でも強い方だ。というか超強い』
「そっそうなんですか?」
『加護だけはな』
「それ俺が軟弱って言ってますよね」
『だから私がついたんだろう。生半可な加護では死んでしまうからな。それより気を抜くな、お前に気付いて走ってきてるぞ』
「は……、」
しまった。と動揺した瞬間に探知がプツンと切れる。
目を開けると探知能力を使った時に見たものと同じ魔物が少し遠くから走って来ていた。
やばいやばいやばい、捕まったら食われて死ぬ。そんなのは嫌だ。痛いのも嫌だし、そんな死に方をするのはもっと嫌だ。
反射的に木の陰に隠れようとして裏側に転がり込んだ。その瞬間がタイミングよく重なって、狼がジャンプして向かって来ていたのを何とか避けることが出来た。
だけどめちゃくちゃギリギリだ、運が良かっただけで二度目はない。前世ならそれだけで死んでいたのではと思うくらい、心臓がドクドクと痛く脈打っている。神様が声を掛けてくれなきゃ確実に死んでた。
狼は避けられたのが意外だったのかわからないが、迂闊に近寄らず威嚇を始める。次はどうする。何をしたら…。
『念じるんだ!相手を弾き飛ばすことをイメージしろ!』
「いきなり!?」
『やるしかないんだぞ!』
神様の喝に、今にも抜けそうな腰に鞭打つ。フラリと立ち上がって手をかざし、イメージを作る。弾く、弾く、飛ばす。
頭の中で繰り返すもうんともすんとも言わず絶望する。そう悠長にしていると、今度は狼が一鳴きして素早く大きく飛んで掛かってきた。早過ぎる、避けられない。
「く、っ来るなああああ!!!!!」
目をぐっと閉じて身を守るように腕を振りかぶった。
瞬間、地鳴りと共に足元が揺れて体制を崩し、上も下もわからなくなるくらい派手に転ぶ。その際に背中を強く打って思い切りむせた。息が苦しい。
一体何が起きたのか勢いよく起き上がると目の前が吹き飛んでいた。文字通りである。目の前のものが遠くの山の付近まで吹き飛んでいた。
植物は根からもがれ、直線状に綺麗さっぱり更地になっていた。狼なんて毛すら残ってない。
何だこれは、俺がやったのか…?直前まで弾き飛ばすことを意識していたからか?だからってこんな…、大地丸ごと消し飛ばしたんじゃ力を使えていないも同然だ。
センスが無いのかと思ったけど、こうまでしてやっと力が使えた。探知は割とすんなり出来たのに。向き不向きの問題だと信じたい。
『感想はどうだ』
「力加減が全くわからないんですが!!」
『な?いきなり街に行かなくて正解だっただろ?』
『周りにいた魔物もどっか行ったな』と嬉しそうに言った神様に頭が痛くなる。
こんなに大きな力なら先に言ってください。…いや、超強いって言われてたな。それがこれ程とは思ってもみなかった。
神様が魔物は居なくなったと言ってたから、改めて気を静め探知を掛けてみる。やはりこれはすぐに成功した。確かに大きな揺れと地鳴りでほとんど逃げてしまったようだ。
気が抜けてがっくり項垂れ、溜息も出る。背中も痛んだ。けどそれだけで済んだのは不幸中の幸いだ、結果的に狼にも噛まれていない。
『今後もし何かあれば空へ飛んでしまえばいい。それで大抵のことは解決する』
「俺も浮けるんですね。そうすればよかった」
『しかしお前のリハビリにならんからそれは緊急回避として使え。初心者は飛ぶと酔うしな』
俺を思っての話だとしても、今みたいな思いをして周りを消し炭にするより自分だけが酔った方がまだマシだ。
周りに巻き込みたくない物がある時はそうしよう。空もちょっと飛んでみたいけど、お楽しみは後にあっても困らないし。肉体は全盛期とはいえ俺の全盛期はたかが知れてる。リハビリの為にしばらくは自分の足で歩かないと。
もっと時間に余裕があって、神様から事前にたくさん説明を受けてられたら良かったなぁ。
『まずはここで三ヵ月訓練してから人里に行くとしよう』
「三ヵ月もですか?一応競争なんですよね?」
「期限は十年だ。転生者の働きと世界の状況によっては一年で終わるかもしれないがな。三ヵ月の差など何てことはない」
三ヵ月…、三ヵ月か……。どうやら腹を括ってサバイバル生活に臨むしかないようだ。神様は既に乗り気で火起こしの能力があるぞと説明を始めている。あんな事があって使うはずないのに、からかっているんだろう。
ああでも使わざるを得ない時はきっと来る。さっきの狼や、探知して見た数メートルもある魔物の事を考えどうしようと頭を抱えた。
「はあ、俺の精神持つかな…」
『あ、後ろ』
バチッ!!!!
振りむこうとした時には電気が弾ける音がして、足元にスライムがじゅうじゅうと音を立てて焼けていた。
今の感じ、もしやバリアか…?俺が念じてもいないのに勝手に発動するなんて。大体そんな能力があるなんて知らないし。
ん?バリアが自動で発動するならあんなに身構えて怖い思いをしなくても良かったんじゃ?
「………神様?」
『お前を鍛える為だ』
とりあえず神様の言葉を真に受けるのはやめようと思ったアズマだった。
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