転生者世界一を目指して

瑞乃七緒

第1話 神様

俺は生まれつきかなり病弱で、外に居るより家や病院で過ごす時間の方が多かった。


そんな時はゲームをしたり小説を読んで、物語の中の不思議な世界に夢中になった。ドラゴンや魔王を倒したり、時には異世界で経営者をしたりと色んな物を読んだ。

身体も弱く外で遊べない反動か、縦横無尽に世界を駆け回る話に凄く憧れたんだ。

もしそれが叶うなら、やりたいことがいっぱいある。子供が好きだから一緒に駆けっこして遊んであげたいし、荷物持ちのような力仕事もしてみたい。

普通の人が聞いたらきっと「何言ってるんだ」と言われそうだけど、それが安易に出来ないんだからやってみたくても仕方ない。


閉じたまぶたの裏に鮮やかな世界を夢に見て、俺は齢21歳にして息を引き取った。



「というわけで、今から私とペアを組んでお前には転生してもらう」


凄く間近で声がして、そんな話が聞こえた気がする。ペア?転生?誰かアニメでも見てるのか。


と考えたところで最後に残る記憶、今際の記憶を思い出してハッとする。

目を開けたら金髪の同じ歳くらいの男がそこにいて、赤色に輝く瞳が自分を見ていた。俺がぼーっとしている内に神様だか異世界だか、転生だとか言ってなかったか。一体何の話だ。確かに死んだはずなのに、ここがあの世か、それとも俺が生き返ったのか。

病院のベッドで死ぬんだと思って眠るように目を閉じて、そしたら気付いたらここにいて椅子に座って向かい合い男と話をしていた。というか一方的に話しかけられていたようだ。いや待て、それよりここはどこだ。


「おい、聞いてるのか。まだ意識がはっきりしてないのか?」

「さっきまで寝てたのでちょっと…」

「寝てたじゃなくて死んでたんだろうお前。だが寝覚めは良い方じゃなかったか?それともここが遠すぎるのか」


何で死んだって知ってるんだろうと思ったけど、周りに何もない空色一色の、空中庭園のような場所の方が気になって仕方がない。


目をこすって視界をはっきりさせると、この庭園は思わず見とれほど幻想的で美しい場所だった。

中心に噴水があって、周りは沢山の花に植木。果物がなっている木まである。庭園の丸の外に水平線は無く、自分の踏みしめる大地と同じ高さに雲が浮いて流れていた。

ここは漫画や小説に出てくる、俺が何度も夢に見た異世界のような……。


「異世界!?」

「そうだ。まさか今目が覚めたのか?もう一度初めから話すからちゃんと聞けよ」

「か、神様…?」

「いかにも。流石理解が早くて助かるな」


相手があの神様だと理解した瞬間に急に居心地が悪くなる。

一度ちゃんと確認したくせにまたきょろきょろして見渡して落ち着けないでいると、神様は一息ついて赤い目を細めた。


「時間がないからすぐに本題に入る。まずはこれを見てくれ」


神様が手を噴水に向かって宙にかざすと、その方角から水晶玉とその台座がふわふわと浮いて飛んでくる。

驚いて声も出なかった。しかしあまりにも非現実的過ぎると今度は「もしかしたらこれは夢なんじゃないか」と思い始めた。そう思うと幾分か気が楽になる。


だが草原を走る夢を見ただけではしゃいでたくらいだ、例え夢でも非現実的なものは興味津々になってしまう。

台座は机の上に、水晶玉は机の上までやってきて微かに光る。そして次の瞬間には水晶の周りにホログラムのような小さな世界を映しだした。

ミニチュアフィギュアのような小さな大地には森が多い茂って鳥まで飛んでる。場所がパッと映り変わって今度は荒れた土地、その次は街、その次は海に変わっていく。


「今この世界が終わりを迎えようとしている」


しかしその神様から告げられたのは、突拍子もない話だった。

俺のよく知ってる筋書き通りであれば、俺がこの世界に転生するんじゃないのか?いいや夢だからって自分の願ったものが見られるとは限らないよな。

それでも一応考えてみようとする。世界が終わるってどういうことなんだろう。


「終わるって、滅ぶんですか?」

「そうなろうとしている。だが世界の創造主はそれを許さない。だから次の創造主を決め、この世界を安定させようとしている」


今度こそ、永久に。そう言った神様は水晶を指さし、くるくると回して地形を回転させて見せた。

豊かな緑に囲まれた美しい街が水晶玉から映った。獣人や人間、言葉を喋る生き物が入り乱れている。色んな種族が普通に入り乱れるというあまり見慣れない光景だけど、こういう街は皆楽しそうで幸せそうだ。


「とまあ、こんな世界が出来るのが理想だな」

「理想…、現実の話じゃないんですね」

「実際に見てもらった方が早い」


実際に、か…。こんな綺麗な世界を本当に実際に見れたらいいな。

神様はかざしていた手を下ろした。同時に水晶も机の上の台座に収まる。凄いなぁ、これ魔法なのかな。


「おい、呆けるな。まだ夢心地か?」

「え?夢ですよね」

「さっきから転生させると言っている。私とペアになるんだ、お前は」


…あれ、おかしいな。急に冷や汗が止まらなくなってきたぞ。


汗が止まらないという事実に焦って、思わず頬を抓るという随分と古典的な事を試していた。

ほら痛くない。こんなに意識がはっきりしているのに痛くないというのも不思議な感覚だけど、痛くないという事はつまり夢なんじゃないのか!?

そう思うのに自分の感情と意識が現実味を帯びすぎて、もう脳内がぐちゃぐちゃだ。


「ここは私の神域だ、頬を引っ張ったところで痛みは無い。精神世界とも言っていいが決して夢ではない」

「じゃあ転生って本当に!?転生!?」

「転生は転生だ。言うなればこれはその説明会であり面接で、お前と私が転生者と神様のバディ契約を結ぶか結ばないかの大事な話をしているところだ。この期に及んで夢と言われるとは思わなかったぞ」


やれやれと大袈裟に呆れた素振りをする神様。

これは夢じゃなくて、現実だけど現実でもない精神的な世界で痛みはなくて当然らしい。


神様の言う転生って話が本当なら、俺は夢を叶える権利を与えられようとしているのではないか?

「世界が終わりを迎えようとしている」という話が気になるが、大まかなところは漫画や小説で見た筋書きそのものだ。

状況を理解してくると自然と汗は止まっていき、何とか神様の話も飲み込み向き合えるようになる。


「やっと落ち着いたか?」

「何とか…。でもペアって、俺はお手伝いか何かで呼ばれたんですか?」

「次の創造主を決めるって言っただろ?神様の中から選ぶんだがハイ抽選ですという訳にもいかん」

「じゃあ次に一番偉かったり強い神がなるとか…」

「偉かろうと強かろうと目的は世界の安定化だ。それを為せるかどうかで判断すべきとし、創造主は神と転生者にペアを組ませ、転生者へ神自身の加護を与え世界の為になる行いを促し、その貢献度レベルで一位になった者の神にその権利を与えることとした」


「要するに転生者による神様代理戦だな」と最後にまとめて神様はやっと説明し終わったと、テーブルの上にあった林檎を先程の水晶のようにふわふわと浮かせて手に取っていた。


「ん?待ってください、………俺がペアですか!?」

「そうだ。何か不満か?」

「神様同士の競争のペアってことだと思わなくて…!」


至極不思議そうに首を傾げられるが、20そこらの人間からしたらとんでもない話だ。ただの転生だと思ったら次の創造主を決める為の神様のレースという重大な話だった。

創造主って世界を作った神様で、つまり一番偉いんだろう?それを決める代理戦に俺が?代わりに?生前なんてろくに運動も出来なかったのに。


「いっ一位だなんて…。転生者は何人いるんですか?」

「知らんが、この世界は物や概念、万物に神が宿るとされているから相当居るだろうな」

「その中で一番なんて無理ですよ!」

「何も一位を取れとは言ってない」

「えっ?」


一瞬青ざめたものの、神様はけろりとして言い切った。


「ぶっちゃけ創造主の座なんてどっちでもいいと思ってる神もいるだろうしな。酒の神や死の神は特に」

「そんな神様まで…。なら俺はどうしたら」

「お前こういう世界に憧れてただろ?なら楽しむしかないだろう」


それが理由だとしたら神様に参加するメリットなんて無いんじゃないか。確かに夢にまで見た物語だが、それだと俺にばかり都合が良い気がして申し訳ない気になったのだ。

こればっかりは素直に喜ぶなんて出来なかった。神様の思惑がわからず戸惑いを隠せない。

だって神様はさっきから俺の転生の話ばっかりして、自分の話はしてくれない。それとも転生すると言ったら話してくれるんだろうか。


目線を落として考え込んでいると、神様が気を使ってくれたのか新しいリンゴをフワフワとどこからか持ってきて、さっき抓ったほっぺに押し付けてきた。


「別に断ってもいい、神なら誰にでも参加権はあるが不参加も自由、転生者による拒否も自由だからな。しかし忘れるな、俺は強い憧れを持ったお前だからこそここに呼んだんだ」


何だ、俺の憧れ知られてるんだ。どこかで神様が見ていたのかもしれない。少し恥ずかしい気持ちになりながら、神様が俺を思ってここに呼んでくれたのだと気付く。その時初めてここに来れた事が嬉しいと思えた。

するとぽろぽろと涙がこぼれて止められなかった。何でだろう、人生をやり直せるから?元気に自分の足で外を探検出来るから?神様の優しさが嬉しかったから?きっと全部かもしれない。


宙に浮いているリンゴを手に取ると手の中でぱっくり割れて、ウサギの形になる。病院の中で何度も見て何度も食べたあの形だ。


「すみません。泣くつもりなかったのに…」

「人生をやり直したいと心から願う人間を神は見捨てない。お前と同じようにまだ生きていたいと思っている人間がこの世界には大勢いるんだ。創造主にならずとも、この世界が良い方向へ向かうよう、お前を仲介しその手助けをしたいのだ。私と同じ思いで参加する神も多くいるだろう」


ふよふよと近くで浮いているウサギをつまんで食べる。以前は食べ飽きたと思っていたはずなのに、何故か凄く美味しかった。

神様がウサギのリンゴを作ったのが何だかおかしくて、次第に涙が止み、元気が湧いてくる。


「俺、頑張ります!どうせなら一位を取る気持ちで…!」

「急に張り切るな。お前は運動をして身体を使うところから始めるんだぞ」

「え!?身体を強化するアレとか、そういうのは無いんですか!?」

「あるが反射神経とセンスは鍛えるしかないからそんなに頼るなよ。足を早くしたところでコケるか木にぶつかるかだ」

「はい…、頑張ります…」

「とは言えお前にはそれなりの加護を与えるつもりでいる。まあ誰と戦ってもまず負けんだろう」


コケたり木にぶつかるかもしれないのに?言ってることが矛盾している気がしなくもないが、神様が俺のことを思って言ってくれているのは確かなようだ。

加護に頼り切りは出来ないということか。でなくてもそれが良くないというのは理解出来る。俺だって自分の足で歩いて好きな所に行きたいと願っていたのだから、何もおかしいことじゃない。


「…そろそろ時間だな」


神様は天を仰いで言った。その時、頭が段々とぼんやりしてきて眠気に襲われる。ここに来た初めの時のように頭が真っ白になっていく。

ここには長くいられないのか。そういえば時間がないと言っていた気がする。本当ならこの綺麗な庭を隅々まで見てみたかったのに。また来れたらいいな。


「転生者に与えられる力は加護を与える神の性質によって変わる。恐らく森で目が覚めるだろうから、しばらくはサバイバルでもするといい」

「サバイバル………」


言葉だけ聞くと、そんないきなりハードで大丈夫なんだろうかと思ってしまった。でも神様が言うなら心配いらないのか…、誰と戦っても負けないらしいから大丈夫か。

いよいよ視界がぼやけ意識もうつろになる。加護の力とかこの庭園の事とか神様自身の事とか、聞きたいことはもっと沢山あったのに。


「どうかこの世界を、」


何か言いかけた神様の言葉の続きを聞く前に、意識は沈んでいった。

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