第34話 逃亡
十拳氷剣を振り、舞うように八岐大蛇と対戦する始に、その場にいた誰もが目を奪われた。恭矢も例外ではない。夢奏も、恭矢も、藍蘭も、藍楼も、自分の戦いを忘れて見入っていた。
氷の刃は八岐大蛇の舌を断ち、歯を折り、目を潰し、首を落とす。外から差し込む光は氷の刃を照らし、始はさながら光り輝く剣を振り回しているように見える。
(始……相変わらず、お前は人の目を引くんだな。俺とは違う……人の目や顔色ばかり気にしてきた俺とは……)
◇◇◇
始は男性ながら美しいその容姿故に、周囲の人間(主に女性)からの熱視線を浴び続けてきた。幼い頃から見られることに慣れていた始は、いつしか周りの視線を気にすることがなくなった。
対して恭矢は、家では暴力。学校でも暴力。親戚からも暴力を受けていた。劣悪な環境を生きてきたが故、いつしか恭矢は自分以外の全てに怯えるようになった。
誰かが「あいつ死ねばいいのに」などと言えば、自分のことでなくとも不安になる。誰かがヒソヒソと会話をしていれば、自分のことではないかと怖くなる。褒められてもそれを素直に受け取れず、受け取る言葉全てが罵倒に聞こえてくる。小学校を卒業する頃には、無意識下で常に周囲の顔色や視線を窺うようになっていた。
しかし中学校に入学した恭矢の前に、始と夢奏が現れた。
入学時から周囲の熱視線を浴び、入学直後からクラスの人気者になった始。入学時から周りの視線など気にせず始の隣に付き添い、結果的に女子生徒から嫌われるようになった夢奏。
人気者と嫌われ者。真逆の存在にも関わらず、2人は基本的にずっと一緒にいる。友人以上であることは確実。しかし恋人にも見えるが家族のようにも見える。そんな不思議な2人は、偶然にもクラスの班分けで恭矢と同じ班になった。
クラスの女子達は、恭矢と同じ班になった夢奏と恭矢を睨んでいた。夢奏はもう慣れていたため特に気にしていなかったが、恭矢は女子からの視線がとてつもなく痛く感じた。なぜ同じ班になっただけなのに、そんな目で見られなきゃいけない。
しかし始は、恭矢が嫌われていることを知りつつ、幾度となく恭矢とコミュニケーションを取ってきた。最初は鬱陶しいとしか感じなかった恭矢だが、始から共通の話題を持ち出し、始の人間性を知り、始と交流していくうちに、次第に始の魅力に気付いていった。
恭矢が「神話に興味がある」と言えば、次の日には始は神話の知識をある程度蓄えてきた。恭矢が「この本が好きだ」と言えば、次の日には始はその本を読破したと言った。そして恭矢が誰かから理不尽な暴力を受けていれば、始はその相手にもう二度と始の前に立てなくなる程の傷とトラウマを刻み込んだ。
始は、クラスメイトからの恭矢の評価を下げさせるために接触したのではなく、ただ単純に友達になりたかったのだ。
始と知り合ってから、恭矢は人を少しだけ信じられるようになった。苗字ではなく、互いに名前で呼び合うようにもなった。ただ人を嫌うことしかできなかった恭矢に、漸く親友ができた。
ある日始と夢奏は、恭矢が家庭内暴力を受けていることを知った。心配した2人だが、恭矢は「大丈夫」と言っただけで、2人にそれ以上の干渉をさせなかった。
しかしその日、悪意を抑えきれなかった家族の手で、恭矢は殺された。
死ぬ寸前恭矢は、霞む視界で"そこにいた誰か"に助けを求めるべく手を伸ばした。しかしそれは、鏡に映っただけの自分だった。
鏡の中の自分に助けを求めても助けてくれるはずがない。もっと早くから始に相談していれば、結果は変わっていたかもしれない。死にかけている恭矢の思いは鏡の中の恭矢に伝わり、既に自己意識を持っていた鏡像の恭矢は恭矢の中に蓄積された負の感情を一度に全て理解した。
実体の恭矢が死んだ瞬間、鏡像の恭矢は悪意というものを覚えた。悪意を抱き、鏡像の恭矢は「人を殺したい」と願った。その願いと悪意が鏡像の恭矢の身体を動かし、鏡の外に身を乗り出した。
その際、恭矢は自らの身体に宿る6つの力に気付いた。そしてその力を使い、実体の恭矢を殺した家族達を殺す。
父の首を掴み急激に脱水させることで、衰弱死させた。母の体内に電気を流すことで、ショック死させた。兄の頭部を指先から放つ高温の日で炙り、焼死させた。
そして鏡像の恭矢は悟った。このまま人類が増えれば、自分と同じ苦痛を味わう人達が増える。
ならば、人を減らせばいい、と。
恭矢は自らの体内に宿る悪意を鏡の世界に放出し、悪意を宿した鏡像達に人間を殺すよう促した。
こうして、戦いは始まった。
◇◇◇
(実体の俺は、お前のことを親友だと思ってた……けど実体の俺すらも気付いていない本心を俺は知ってる)
鏡像は実体の人間とは別々の存在。しかし実体の記憶を保持し、下手をすれば本人以上に本人を知っている。なぜなら鏡像は鏡に映った人間、姿だけでなくその心や思考までもが映っている。故に鏡の前に立つ実体自身の知らない"自分のこと"を、鏡像は理解している。
(実体の俺は心の奥底で始に嫉妬心を抱き、正直嫌いだった。お前と居れば楽しかった、それは本心だ……だけど、お前は俺とは違うんだよ)
恭矢は始といる時だけ笑顔になれた。楽しかった。時間を忘れられた。しかし同時に、恭矢すらも知らない心の奥底で、始に対する嫉妬が積み上げられた。
(知ってるか、始……俺は、俺と同じ境遇の姫川のことが好きだった。けど親友であるお前の彼女を奪える訳がなかった。俺自身が押さえ込んできた本音、お前は気付いていないだろう)
始は学校内外で人気があるが、恭矢は人気がない。
始が誰かに褒められても、恭矢は誰にも褒められない。
始は勉強も運動もできるが、恭矢はどちらもあまり得意ではない。
始には人を惹き付け且つ笑顔にする才能があるが、恭矢には何の才能もない。
始は夢奏と交際しているが、それ故に同じく夢奏を愛している恭矢は孤独。
始にはあっても、恭矢にはない。始は持っていても、恭矢は持っていない。始が完全無欠であれば、恭矢は無為無能。始100であれば、恭矢は0。始が光であれば、恭矢は影。
心の奥底で抱いていた始に対する嫉妬。積もり募った嫉妬心は実体の恭矢が死んだ際に鏡像へ
「戦ってるだけで人を魅了するとか……お前マジで何なんだよ! 俺が何やったって誰も認めてくれなかったのに、お前が何かをやれば誰もが目を奪われる! 主人公にでもなったつもりか? ふざけんな! この世界に主人公なんて存在しないんだよ! これだから……これだから俺はお前のことが大嫌いなんだよ!!」
舞うように美しく戦う始を見つめるうちに、恭矢の歯止めは効かなくなった。恭矢の言葉で夢奏達はふと我に返るが、同時に突如激昴する恭矢に対し疑問と恐怖を抱いた。
何が恭矢の逆鱗に触れたのか、何がそこまで気に入らないのか。始を支持し、且つ根源である恭矢を敵視する霞姉妹には、恭矢の気持ちが到底理解できなかった。
ただ1人、同じ境遇の夢奏を除いて。
(そっか……私達が友達になろうとしたせいで、務君に余計辛い思いをさせたんだ……)
夢奏は嫉妬などしない。しかし迫害され、身に余る暴力を受けてきた夢奏には、恭矢の発する一言一言が鉛よりも重く感じられた。
「……けど、だからって人を傷つけていい理由にはならない!」
夢奏は恭矢に銃口を向け、6発連続で無属性の銃弾を放つ。各銃弾は各属性を破壊する力を持っているが、恭矢にはどの弾がどの属性を破壊するものなのかが分からない。
しかし恭矢の背後から再び現れた烏と兎により銃弾は全て防がれた。さらに恭矢は烏と兎を増殖させ、一斉に夢奏達を襲わせた。
夢奏は各属性の破壊能力で、藍蘭は火鳥馮齧で、藍楼は水天逸壁で対抗するも、その数の多さ故に全ての攻撃を防御することができない。
「何この兎!?」
「ぅえ、毛がない! 怖すぎでしょ!」
最初は兎を見た率直な感想を述べていた霞姉妹だったが、その以上な数を前にして徐々に口数が減った。
戦いの最中、夢奏は死角から現れた烏の突進を受け、左腕を火傷。服に燃え移った火は咄嗟に消滅させたが、火傷の痛みを消すことはできなかった。
「夢奏!」
夢奏の危機に気付いた始は、一振の刃で残りの蛇の首を全て切り落とし、首の無くなった八岐大蛇の胴体に刃を突き刺した。
胴体を刺された八岐大蛇は動きが止まり、直後に全身が凍結。そして鞘から刀身を引き抜くが如く、始は凍った八岐大蛇から銃を引き抜いた。
銃口からは先程同様、氷の刃が伸びている。しかし刃は先程まで生えていたものよりも長く、より洗練され、より"刃"という概念に近付いた。
十拳氷剣で切り裂かれた八岐大蛇。そんな八岐大蛇から引き抜かれた氷の剣。それはさながら、須佐之男命により引き抜かれた
「
鋒で地表を擦りながら、始は鏡の銃改め草薙氷剣を下から上へと振り上げる。鋒が触れた箇所から氷が出現していき、1メートルはあろう厚さの氷の壁が完成。氷の壁は恭矢と夢奏達を隔て、兎と烏の群れの殆どが壁の中に閉じ込められた。
「すごい……」
「……そうか……! 始それ、草薙剣か!?」
首が全て切り落とされ全身が凍結した八岐大蛇。そして先程よりも長く洗練された刃を見て、恭矢は始の持つ剣が草薙剣だと理解した。その時の恭矢の表情は、殺し合いをしている相手に向けるには相応しくない程に嬉しそうだった。
「そうだ……八岐大蛇から引き抜いたこの刃でお前を殺す……これがお前に贈る俺からの手向けだ」
草薙氷剣の柄は、鏡の銃のグリップ。剣としては異様なそのフォルム故、扱うのは難しいであろう。しかしその異様なフォルムで、始は八岐大蛇を葬った。即ち、状況次第で恭矢を殺すこともできる。
始は改めて恭矢を殺す意志を固め、草薙氷剣を構えたまま恭矢に歩み寄る。対する恭矢は能力を発動するわけでも警戒するわけでもなく、ただただ歩み寄ってくる始を見つめる。2人の間に漂う空気は極度の緊張感を孕んでおり、2人を見つめていただけの霞姉妹でさえその緊張感に押しつぶされ吐き気を催した。
「戦いは長引かせない」
「勝負は一瞬で決める」
恭矢は手のひらから棒状に水を生成し、氷属性を後付けすることで剣を作った。しかし即席であったため形は歪で、剣というには少し無理があるかもしれない。
しかし草薙氷剣よりも薄く、各所が尖っているため、生身で受ければそれだけで致命傷になる。
「氷の剣には氷の剣……ってか?」
「始と決着つけるってのに、属性で言えば1対6……フェアじゃない」
「そもそも戦いにフェアもアンフェアも
「始らしい考えだ……が、嫌いじゃない」
会話は途切れ、刃と同じくらいの間合いに迫った時、2人は同時に剣を握る手に力を込めた。
先に剣を振り上げたのは、
「俺が生き……始が死ぬ!」
恭矢だった。
始は出遅れ、このまま剣が振り下ろされれば間違いなく始が先に死ぬ。
しかし始は慌てず、顔色も変えず、目も死んでいなかった。
「氷塊……爆散!!」
「っ!!」
振り上げられた恭矢の剣は砕け、さながら割れた硝子のように砕け散った。
「言ったよね……私達2人で殺すって」
「姫……川ぁ……!!」
その一瞬、始の気は始から夢奏に移った。
「死ぬのはお前だ」
斜め下から振り上げられた草薙氷剣は、一瞬気を逸らした恭矢の胴体を捉え、切断した。
切断された恭矢の上半身は宙を舞う。しかし内臓の断片も血液も流れない。斬られた際に切断面が凍結したためである。
中に浮き、漸く自らの身体が分断されたことに気付いた恭矢は、瞬間的に敗北と死を察しながら床に落ちた。
「卑怯だ、とでも思ったか?」
冷め切った瞳で恭矢の上半身を見下しながら、始は鋒を恭矢に向ける。
「言ったよな……戦いにフェアもアンフェアも
「……そうか……あの時、始が十拳氷剣を生成した時から、俺の負けは確定してたのか」
恭矢は自らの敗因に気付いた。
始が十拳氷剣を生成した時、実体の恭矢の記憶が鏡像の恭矢の脳内に現れた。それは、神話への興味。実体の記憶に紛れ込んだ興味が鏡像の恭矢の中にも宿っており、十拳剣と同じ名前を持った氷の剣が生まれたことに心を躍らせた。
さらに始は、凍らせた八岐大蛇の身体を使い草薙氷剣を作った。その時点で恭矢の注意と気は完全に始に向けられ、草薙氷剣の誕生を喜ぶあまり夢奏達の存在を忘れた。忘れたが故、本来ならば防げるはずの無属性の銃弾を防げなかった。
始は知っていた。相手は鏡像とは言え恭矢そのもの。十拳氷剣や草薙氷剣に反応しないはずがないと。好きなものを前にした時、それ以外の全てが視界や意識から外れることを。
言わば始は、親友である恭矢の性格を利用した。
「俺は恭矢の親友だ。だから、恭矢のことは誰よりもよく知ってたつもりだ」
「親友の性格を利用して不意を打つなんて、酷いな」
「何度も言わせるな。お前は恭矢と同じ姿をした怪物だ。親友じゃない」
相変わらず始は鏡像の恭矢を"恭矢"だと認めておらず、恭矢は寂しささえ感じた。
「……実体の記憶を引き摺ったのが敗因か……」
「いや、お前の敗因はもう1つある」
薄れゆく意識の中、恭矢は始の声に耳を傾けた。
「属性を6つ持ってても、仲間が居なきゃ結局は1人だ。けど俺には夢奏が居る。摩耶が居る。藍蘭さんと藍楼さんが居る。もう死んじまったけど克巳さんが居る。お前には居ない、仲間が居る」
恭矢は6属性全てを使えるため、鏡像の中では最強と言っても過言ではない。しかしそれは"個体として見れば"という話であり、恭矢1人に対し戦士複数人で挑めば勝てる可能性もある。加えて、戦っているのは始、及び会話をせずとも互いに意思疎通ができる夢奏。
もしも恭矢に仲間がいれば、始と夢奏は負けていたかもしれない。
しかし始のその一言で、死にかけていた恭矢の意識は蘇った。
「仲間なんて、案外簡単に作れるもんだ。それも一瞬で、始達よりも多く!」
『この町に住む戦士達に告ぐ! 戦士である東海林始が、戦いの根源である姫川夢奏の側についた! これは間違いなく裏切り! 処すべきである!』
恭矢の声は鏡の世界に響く。鏡像を通して戦士達全員の脳内に恭矢の声が流れ込み、同時に夢奏と始の姿、現在地がイメージされた。
この場にいる夢奏、始、霞姉妹は勿論、自宅にいる摩耶もその声を聞いていた。
「残念だったな、始、姫川……俺が死んでも、悪意はもう止まらない……そもそも悪意をこの世に誕生させたのは人間だからな」
恭矢には仲間が居ない。しかし全戦士に夢奏と始を殺すよう命令すれば、同じ目的を持った戦士達は協力。戦士達は期せずして、悪意の根源である始に協力することとなる。
仲間が居なければ作ればいい。単純にして困難な話だが、恭矢は戦士達を傀儡とすることで仲間を作った。
「っ! お前……!!」
夢奏が戦いの根源。その言葉を聞いた戦士達の殆どは、共通して「根源を殺す時が来たのだ」と考え、脳内に流れ込んだ声の主のことなどは深く考えなかった。考えるよりも先に、根源を殺さなければという思いが先走ったのだ。
「壊れゆく世界を眺めることはできなかったけど、一つだけ嬉しいことがあった。俺が好きなものを……お前は覚えててくれた……」
「~っ!! クソがァァ!!」
始は草薙氷剣で恭矢の顔面を一刀両断。加えて上半身を斬り、刺し、原型を留めなくなるまでオーバーキルを続けた。
「始、君……?」
「根源って……夢奏ちゃん、なの?」
霞姉妹の問いに対し、夢奏と始は黙秘。否定も肯定もしていない。しかし本当に違っていれば否定はするはず。即ち夢奏が根源であることは事実、霞姉妹はそう理解した。
「夢奏、逃げるぞ……」
「どこに逃げるの……?」
「……ここじゃない、どこかだ」
始は夢奏の手を掴み、工場の出口へと向かった。
「夢奏は俺が守る……守りたい!」
「2人とも待って!」
霞姉妹の制止にも耳を貸さず、始は夢奏を連れて工場の外に出た。
通行人はいる。しかし工場を見つめず通り過ぎたため、夢奏と始を殺しに来た戦士ではないと判断。工場から離れた。
その後、始は夢奏を引き連れ町を巡った。
家へと続く道は比較的人通りが多く、同時に脇道などが多い。もし脇道から狙われれば、相手の属性にもよるが不意打ちを食らいそのまま死ぬ可能性もある。故に可能な限り死角が少なく、人通りが少ない道を歩くことにした。
慎重に。且つ素早く町を巡る2人。しかし2人の逃亡劇も、あまり長くは続かなかった。
「っ!」
「……見つかったか」
逃亡中の夢奏と始の前に、鏡の中から出したであろうナイフを持った若い男と、同じくナイフを持った中学生くらいの男が現れた。2人の男は似ていないため、おそらく兄弟ではない。
さらに後方から斧を持った少女、小型の鎌を持った成人男性が増援。そして藍蘭のクラスメイトである詩織が、緑の装飾が施された銃を持って現れた。
「……まだやりたいことも、話したいことも、行きたい場所もいっぱいある。けど、始と一緒に天国に行けるなら、今この場で死んだって私は幸せだよ」
5人の戦士を前にして、人を殺したくないと願う夢奏は死を覚悟した。
元はと言えば、夢奏が鏡像を生み出してしまったが故の戦い。本来ならば起きるはずがなかった戦いに、見ず知らずの人々を巻き込んだという責任感を感じている。
故に殺したくない。鏡像は殺しても、人は殺したくない。
「……俺はこんなところで死にたくない。例え目の前の戦士を殺したとしても、俺は夢奏と生きる未来を掴みたい」
始は左手で夢奏の手を掴んだまま、右手に掴んでいた草薙氷剣を構えた。
始が武器を構えたことで、対面する戦士達は警戒、各々戦闘態勢に入った。
「待って!」
「「「!!」」」
2対5。加えて相手は人間。そんな最悪の状況に割って入ったのは、夢奏と始を追って来た霞姉妹だった。
「藍蘭……!」
「し、詩織!? っていや、今はそんなことよりも……この2人を殺すことに、私達は反対する」
「何言ってんだよ! そいつは根源、そいつは離反者なんだろ!?」
「その情報をみんなに流したのが本当の根源なんだよ……けど! その根源はもう死んだ、この2人を殺す理由はない!」
「信じられるかよ! お前等2人こそ、そいつ等に加担した離反者なんじゃないのか!」
「違……詩織! 信じてよ!」
クラスメイトであり友人である詩織なら、藍蘭の主張を聞いてくれる。信じてくれる。そう思っての発言だったが、藍蘭の予想は外れた。
「藍蘭がそう言っても、その女の子が根源じゃないって証明にはならない……私達は鏡像を殺して、根源を殺すために戦ってきた。その根源が今目の前にいる……仮に藍蘭の言うことが本当だったとしても、今更戦うことなんてやめられない!」
詩織は銃口を夢奏に向け、自らの主張を破棄されたショックに藍蘭の手は震えた。
そして理解した。もうどんなに主張しても、誰も藍蘭の言葉を信じない。寧ろ夢奏さえ殺せば終わると信じ、一切躊躇うことなく殺しに来ると。
「~! 始君も夢奏ちゃん逃げて! ここは私達がなんとかする!」
「バイクでも奪ってなるべく遠くに……私達が生きてる間に逃げて!」
霞姉妹の言葉には、さすがの始も衝撃を受けた。
ここで夢奏と始を逃がせば、霞姉妹も離反者として全ての戦士から敵として認識される。しかし霞姉妹は自分達の命すら擲つ覚悟で、5人の戦士を前にして夢奏と始を守ろうとしている。
始は分からなかった。なぜ他人である自分達を守ろうとするのか。
霞姉妹には愛する弟がいることも知っている。弟を1人残して、なぜ誰かを守り先に逝く覚悟ができているのか。
「摩耶、始君のことが凄く好きだってことは私達も知ってる。だからこそ、始君が悪い人だなんて思えない」
「私達は摩耶を……摩耶の家族を信じたい」
霞姉妹には李亜が居る。そして親友である摩耶にも、始という弟が居る。同じ姉として、弟がどれだけ大切な存在であるかは痛い程分かる。始が迫害された挙句殺されれば、1人残された摩耶は深い悲しみを抱く。そんな気持ちを摩耶には味会わせたくない。同じ姉として、親友の弟を死なせたくない。
摩耶の家族を信じたい。その言葉で始は逃亡を決意し、夢奏の手を掴んだまま後ろに振り返る。
「死なないでください……死んだら、弟さんが悲しみますから」
始は夢奏の手を引き、夢奏は始の判断に疑念を抱くことなく黙って走った。夢奏にとって、始の判断は自分の判断も同然。意見などしない。
「藍楼、私が死んだらすぐに逃げて。それで……李亜のこと、頼んだよ」
始と夢奏の遠ざかる足音を聞き、始達には聞こえない程度の音量で藍蘭は口を開いた。藍蘭の言葉から、藍蘭は既に死を覚悟していることが読み取れる。しかし双子である藍楼は気付いていた。藍蘭は死を恐れ、李亜との死別を恐れているのだと。
「……その言葉、そっくりそのまま藍蘭に返す。けど、一つだけ私の意見を付け足すなら……」
「2人揃って、李亜の待つ家に帰る」
「……そう、だよね。私達はどちらも欠けちゃいけない。始君にも言われたけど……私達が死んだら李亜が悲しんじゃう」
「私達は2人共生きて、始君と夢奏ちゃんも死なせない」
「……うん!」
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