第27話 処刑

「いや! ちょ、離して!」


 日付が変わり2時間弱。街は既に夜の闇に飲まれ、多くの人々は眠りについた。しかし眠らずに夜の街を練り歩く人も少なくはない。

 そんな中、街灯のない裏道で事件は起こっていた。


「ちょっとくらいいいだろぉ! 付き合えや姉ちゃん!」


 酒に酔った中年の男性が近くを歩いていたOLの腕を掴み、執拗に夜の相手を迫っている。2人に面識は無い。

 この男性は元々性格に問題があり、シラフで且つ街中であっても、街ゆく人々に暴言を吐くような所謂クズである。過去に何度も警察の世話になっているが、全く反省していない。寧ろ反省という言葉を知らないのではないかと思う程頭がおかしい。

 そんな男が酒に酔えば、通常時シラフの3倍は面倒な状態になる。このOLは摩耶並かそれ以上に運が悪いようである。


「警察呼びますよ!?」

「おう呼べや呼べや! けどその前にワシの相手せぇや!」

「っ!? あんた頭おかしいんじゃないの!?」


 無論、おかしい。頭のネジどころかパーツ自体が足りていないのだろう。


「でかい乳ぶら下げとるくせにケチケチすんなや!」


 男はOLの乳房を掴む。その瞬間OLは全身に鳥肌を立たせ、これまで生きてきた中で最も強い嫌悪感を抱いた。


「やめっ……誰か! 助けてください!!」






「あぁ?」


 男の視界は突如横向きになり、そのまま徐々に下へと下がっていった。

 男は分からなかった。なぜ視界が傾き下へと移動したのかが。しかし男に腕と胸を掴まれていたOLには、男の身に起こった異常に気付いた。


「ひっ……!!」


 男の首は斜め向きに切断されており、頭部はそのまま重力に引かれ落ちていく。男はまだ痛みを感じていないのか、或いは現状を理解できていないためか、酔いながらも呆然とした表情でOLを見つめた。

 断面からは男のドロドロとした血液が噴出し、地と地に落ちた男の頭部、そしてOLの身体を赤く染めた。


「ぃや……ひぃぃいや! いやぁぁぁぁ!!」


 泣き叫び混乱するOL。しかし男の身体が倒れ、その後ろに誰かが立っていたことに気付き叫びは一旦止まった。

 街灯が無いため顔は見えない。しかしうっすらと見える身体の形から、それが女性であることは分かった。そして女性の手には身の丈程の薙刀が握られており、刃には男の血液がべっとりと付着している。


「ごめんなさい、汚しちゃって。けど私は貴女を助けた。このくらいは許してくれるよね?」


 雲が裂け、隠されてきた月明かりが街を照らし、暗く分かりにくかった女性の姿が晒された。

 黒い髪をポニーテールにして、且つ前髪はオールバック。黒のセーラー服、黒のミニスカート、黒のニーソックス、黒のグローブを着用し、上から下まで真っ黒なコーデで仕上げている。

 そして何よりも目を引くのは、女性の顔を覆い隠す黒い仮面。仮面は無地であり、両目部分に穴が空いている。加えて口元にも小さな切れ目のような穴が空いており、恐らくは呼吸がしやすいように空けられたものだと思われる。

 混乱していたとは言えOLは確信した。この女性は間違いなく不審者だと。


「ひ……人殺し!!」


 OLは返り血を浴びたままその場から走り去り、男の遺体と共に取り残された女性は呆れたようなため息をついた。


「折角守ってあげたのに……大人のくせに、感謝ぐらいしなよ」


 女性は腰に装着していた黒のポーチから手鏡を取り出し、薙刀を鏡の中に差し込んだ。薙刀はそのまま鏡に吸い込まれ、鏡面は波打った。

 その後も女性は仮面を取ることなく、闇に紛れ夜の住宅街を歩き回った。


 ◇◇◇


 土日が終わり、学生達はだるさを引きずりながら登校する。

 電車通学の生徒達は、土日明けの満員電車に押し潰される。駅に下り押し詰め状態の電車から解放されても、今度は学校まで徒歩で向かわなければならない。学校に着く頃には、そのだるさは頂点に達している。

 自転車通学の生徒達は、家から学校までの"必ずしも平坦とは言えない道"を走る。スポーツタイプであれば難なく走れる道でも、学校規定に沿った自転車であればかなり辛い。学校に着く頃には、そのだるさは頂点に達している。

 結論、どちらにせよ生徒達はやる気がおきない。登校の瞬間から家に帰りたいと願う。

 しかしだるいとは言え、友人同士で会話をすれば土日明けの身体は平日モードに切り替わり、頭は働き始める。


「璃乃知ってる? また出たんだって」

「出た? 何が?」


 この日、学校内、寧ろ町内ではあるニュースが飛び交っていた。


「仮面の処刑人」


 この町では鏡像による殺害の他にも、ある種の都市伝説的存在による殺人も起こっている。

 被害者は共通して、犯罪者や犯罪者予備軍。或いは犯罪者ではないにしろ町にとって迷惑な存在。特に多いのは性犯罪者である。それらの特徴を持つ被害者は、全員が身体を切断され殺されている。人が斬ったにしては切断面が綺麗すぎるため、県警内では鏡像による連続殺人だと睨んでいる。無論、董雅も生前この事件について調べていた。

 そして現場での目撃情報も、殆ど共通していた。犯人は女性。ポニーテールが特徴。薙刀を所有しており、薙刀で殺していた。黒のセーラー服を着用し、顔を黒い仮面で隠している。

 薙刀を使い、且つ女性であるという点から、同じく薙刀を使う璃乃も1度は県警に疑われた。しかし普段から県警に協力しており、且つ同期もないということから、すぐにその疑いも晴れた。仮に璃乃が犯人であれば、そもそも薙刀を使った犯行には及ばない。なぜなら現代において、薙刀を使った殺人事件自体が非常に稀であるため、警察関係者の璃乃がわざわざバレやすい凶器を使うとは考え難い。県警はそのような結論に至った。

 最初はただの怪事件だったが、その件数は徐々に増え、人々の耳にも情報が流れ込んでくる。そしていつしか人々は、世界に害を及ぼす悪人を処刑する存在として、件の犯人を「仮面の処刑人」と呼ぶようになった。


「ああ、また?」


 とぼける璃乃だが、既に県警から事件発生の連絡は受けている。しかし璃乃は敢えて、仮面の処刑人と呼ばれる存在への興味が皆無である演技をしている。そうすることで、璃乃が事件に一切関係していないと相手に思わせられる。とは言え、恐らくこの設定は必要ないのだが。


「警察も動いてるみたいだけど、私は捕まってほしくないな。人を殺してるって言っても、他の人を守るためだし、それに死んだのは全員悪い人だし。寧ろこのまま活動してくれたら嬉しいかも。璃乃もそう思わない?」

「思う。そもそも嫌な奴が多いのよ、この世界って。政治家とかよりも、仮面の処刑人の方がよっぽど頼りになるんじゃないかな」


 処刑人とは呼ばれているが、その実態はただの殺人鬼。璃乃の友人はそんな人間を擁護するような発言をしたが、警察関係者である璃乃は一切気分を害さなかった。

 なぜなら璃乃も、その友人と同じ思考を持っている。璃乃だけではない、噂を聞いた人々のうち数割は仮面の処刑人を支持している。ただの悪人なら支持などしない。しかし仮面の処刑人は、言わば悪人を処する悪人。加えて決して善良な人間には手を出さない。

 悪を伐つ悪。若者に限らず興味を抱く話題であり、人によってはダークヒーローとして見ている。アルセーヌ・ルパンや二十面相のような変装はできない。しかし彼等のように、仮面の処刑人は人々の心を惹き付けている。警察関係者の中にも支持している者もいるらしいが、あくまでも噂であるためその真相は不明である。


「けど、もっと早く現れてくれればよかったのに……って、思う時もある。そうすれば、辛い思いから逃れられた人ももっと多かったのに……なんてね」


 もしも仮面の処刑人が今よりももっと前から存在していれば。璃乃は何度もそう考えた。なぜなら、一瞬でも死んで欲しいと思った相手が居たからだ。今ではもうその相手は死んでいるが、仮面の処刑人が居れば璃乃が傷付くことなく事が済んでいたかもしれない。

 しかし願ったところで、経過した現実が変わることなど無い。刻まれた記憶が消える訳では無い。故に璃乃はこれ以上考えても結局無駄だと自分に言い聞かせ、無駄な思考を強制的に終わらせた。

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