第26話 希薄
「夢奏が……!?」
先程から存在だけが話題に出ている"根源を殺せる可能性をもった存在"。とは言え、それが誰なのかは分からない。なぜなら、根源の1人である恭矢でさえも、その存在の名を口にすることができないためである。
そこで恭矢は閃いた。寧ろ気付くのが遅すぎた。名前が口に出せないのであれば、指をさせばいい。そうすれば名を言わずとも件の存在の正体を伝えることができる。
しかし、その正体は誰も予想しない場所にいた。
恭矢が指さしたのは、始の斜め後ろで話を聞いていた夢奏だった。
「な、なんで……私なの?」
始と摩耶は勿論、夢奏本人でさえも、件の存在が自分であるとは思いもしなかった。若干戸惑いつつも、夢奏は自らが件の存在に選ばれた理由を恭矢に求めた。
「姫川、自分の鏡像の属性知ってるか?」
「……そういえば、聞いてない。ただ鏡像曰く、相手の力を無力化できる……とか」
始も摩耶も、夢奏の属性については1度も聞かなかった。なぜなら、属性は全部で6つ。夢奏がどの属性に部類されていたとしても、戦えることに変わりはないためである。それこそ属性がさらに分かれているのであれば尋ねるが、わざわざ尋ねる程の数もない。
そして夢奏も、自身の属性を知らない。戦いに関しては自身の鏡像に任せており、加えてそもそも属性がいくつあるかも知らないためである。
ただ夢奏の「無力化」という発言を聞いても、始も摩耶も夢奏の属性を予想できなかった。
「姫川の変わりに説明すると、姫川は敵対する鏡像の属性を打ち消すことができる。仮に始が氷の壁を作ったとしても、姫川がその壁を撃てば一瞬で氷は消滅する。仮に火の玉投げたとしても一瞬で消滅する」
正確には夢奏が撃った弾に当たれば、敵の属性攻撃は無効化される。故に弾が当たらなければ無効化はできず、相手の攻撃を回避する術を失う。
とは言え夢奏の武器は遠距離攻撃が可能な銃。タイミングと照準さえずらさなければ、敵の攻撃が夢奏に当たる前に無力化できる。加えて距離さえ保っていれば、仮に無効化できなくとも回避できる可能性はある。
「じゃあ……俺も、夢奏には勝てないかもしれないってことか」
「ああ。姫川は敵の属性攻撃を消す代わりに、自分自身が属性を持っていない。言うなれば無属性だ」
6つの属性。戦士と鏡像は各々6属性に部類されるが、夢奏はそのどれにも属さない。故に攻撃はただの銃撃。銃弾に火を纏わせることも、氷を纏わせることもできない。
しかし属性攻撃が不可能であるという代償のもと、夢奏は全ての属性攻撃を無力化できる力を得た。
悪意の根源であり、鏡の世界から夢奏の戦いを見てきた恭矢は、属性を持たぬ夢奏に第7の属性を与えた。
その名は無属性。属性を持たない属性。
属性を持たないということで、何も知らなければどうしても弱く聞こえてしまう。しかし属性を持たないという意味を違う形で捉えれば、弱いようには聞こえてこない。
「属性同士で有利不利があるが、無属性には有利も不利も無い。言わば弱点がない……つまり現時点で生きてる戦士の中でも、姫川は恐らく最強」
最強。そう呼ばれる機会はこの先一生訪れないだろう。寧ろそんな次元の話には介入できない、それ以前にそんな話自体現実に起こりえない。16年の人生の中でも、夢奏は1度や2度しか考えたことの無い話である。
自分には何もできない。何か大きなことを成し遂げることも、確実に誰かの役に立つことも、弱く惨めな自分には絶対にできない。そう思っていた。
しかし鏡像との戦いという非現実的な現実を知り、自ら戦いに参加したことで、夢奏は最強というレッテルを貼られた。
「無属性の姫川なら、戦いの根源を殺せるかもしれない。とは言え、俺は戦いの根源がどんな力を持ってるのかは知らない。だからあくまでも勝てる可能性を持った存在として考えて欲しい」
夢奏は言葉が出なかった。いきなり魔王を倒す勇者のような扱いをされ、自身がどのような感情を抱けばいいのかが分からなかった。
夢奏の気持ちを察した恭矢はこれ以上話を進展させず、キリのいいところで鏡の中に戻ることにした。
「まあ今日のところはこれまでにしておこう。ただ、俺は人間を減らす側だ。始達が根源を殺して人間を救済するってんなら、俺は全力でお前達を潰す」
「っ……そうだったな……」
「……俺を殺すことが怖いか?」
鏡写しではあるが、かつての親友と同じ姿をした鏡像。始が今目の前にいる鏡像を銃口を向けるということは、親友に銃口を向けていることと同じ。何も思わないはずがない。
とは言え始は、恐怖を感じてはいない。
「怖くなんてない。寧ろ、根源になっちまった恭矢を、鏡の世界から解放してやりたい。天国に行かせてやりたい。できるだけ早く……お前を殺したい」
恭矢に対して始が抱く殺意は氷河よりも冷酷で冷たく、蝋燭の炎よりも優しく温かい。
冷酷さと優しさ、冷たさと温かさが共存した、誰も真似することができない殺意。その殺意を身体全体で感じ取った恭矢は、多少驚きつつも冷やかな笑顔を始に向けた。
「やっぱり始はあの頃から変わらない。どんなに冷たい言葉を吐いても、その言葉の中には優しさが混ざってる。心から人を遠ざけられない証拠だ」
「知ったような口聞くな。お前は恭矢に似たただの怪物……お前の言う"あの頃"なんて俺は知らない。何せ、俺は怪物とは馴れ合わないからな」
「始らしい反応だな。いいか、次会う時は俺達のどちらかが死ぬ。それまでに遺書でも書いておいた方がいいぞ」
「んなもの書かない。俺はお前なんかに殺されたりはしないからな」
それ以上、2人は言葉を交わさなかった。言葉を交わすことなく決別した。
始の中には、恭矢と共に生きた記憶がある。しかしそれはあくまでも"恭矢との記憶"であり"恭矢の鏡像との記憶"ではない。故に振り切る感情も友を殺す覚悟も無い。
恭矢の中には、始と共に生きた記憶がある。しかしそれはあくまでも"実体の恭矢を通して得た記憶"であるため、鏡像の恭矢が体験した記憶ではない。故にかつての友に向ける笑顔も冷め、殺すことへの躊躇いなどは一切ない。
恭矢はテレビの画面に歩み寄り、波打った鏡面に吸収された。鏡面の波が収まる頃には既に恭矢の姿は無く、画面を見ても始と夢奏と摩耶の3人しか映っていない。
再会したにも関わらずすぐに決別した始と恭矢。そんな2人を見ていた夢奏と摩耶は悲しい気持ちになり、始よりも感傷的になっていた。
「始、その……大丈夫?」
「何が?」
「いや、悲しくないのかなー……って」
摩耶の質問に一瞬キョトンとした始だが、始は淡々と答えた。
「悲しみなんて、恭矢が死んだ時にもう抱いたよ。もうこれ以上、悲しみを抱くことは無い。仮にもし、俺が悲しむ時が来るとすれば……家族が死んだ時だけだ」
「……でも、お父さんが死んだ時……悲しんでなかったよね?」
東海林には父がいない。
父は家族よりも仕事を優先する人間であったが、代わりに自らの収入の殆どを家族の貯金として納めていた。故に父が家に居ないことはよくあったが、代わりに裕福でいられた。
そして恭矢が死んだ数日後、父は家の近所で起こった事故に巻き込まれ死亡。否、偶然に見せかけ確実に父を狙った者に殺された。
摩耶と母は悲しんだ。引き取られて以降、殆ど会ったことの無い夢奏でさえも、家族として受け入れてくれた東海林家父の死を悲しんだ。
しかし始は一切悲しみを抱かなかった。なぜなら、自らの父親を父親として認めていないからだ。
「俺はあいつを父親だなんて思ってない。俺達の生活費を稼いでたとしても、結局あいつは俺達よりも仕事の方が好きなんだ。だから俺が産まれた時も、あいつは知った上で何も言わなかった」
「っ! 知ってたの!?」
東海林母の出産が始まった際、立ち会っていた祖母(母の母)は父にすぐ連絡をした。しかし父はただ淡々とした返事をしただけで、すぐに電話を切り仕事へ戻った。
出産連絡を受けても仕事を優先し、特に嬉しがる様子も無かった。
仕事が終わり産婦人科に向かった父だが、産まれたばかりの始を一目見ただけでそのまま家に帰った。それ以降、始や摩耶の世話をする訳でも、妻の身の回りの世話をするわけでもなく、父は仕事漬けの日々を送っていた。
「母さんから聞いたよ。自分の息子の出産も喜ばない。入学式にも卒業式にも来ない。挙句の果てに俺達の誕生日さえ忘れた。摩耶はそんな奴を父親って呼べるのか?」
摩耶は言い返す言葉が見つからず黙った。なぜなら始の言っていることは事実。入学祝いも卒業祝いも無く、それ以前に父は卒業入学云々にすら興味を抱いていなかった。
小さい頃、摩耶と始は課題であった家族の絵を描いた。しかし2人の絵には共通して父が描かれておらず、当時の教員は複雑な家庭環境を察して酷く感傷的になったというエピソードもある。
摩耶も薄々、自分達に対する父の愛の希薄さに気付いていた。しかし仮にも血の繋がった相手であるため、心から父を遠ざけることができなかった。
「俺の家族はもう3人しかいない。母さんと、摩耶と、夢奏……俺には3人がいればもう誰もいらない。俺達に子供が生まれれば別の話だけどな」
俺達の子供。即ち、始と夢奏の子供。言葉の中に隠された夢奏への愛が露見し、子供という発言を聞き逃さなかった夢奏は少し顔が赤くなった。
「……始ってすごいね……私が未だに受け入れきれてないことを、始はもうとっくに受け入れてる」
「当たり前だよ。だって俺は摩耶より、
「…………もうだめ。この話終わりにしよう。これ以上続けたら心壊れちゃう」
「それがいい。じゃあ俺、ちょっと見回りしてくるわ」
始達は鏡像の出現に備え、休みの日は散歩と称して町内のパトロールをしている。もし鏡像を見つければ戦い、その時点で駆除する。とは言え町は広く、完全に見回ることはできない。
「あ、私も行く」
「摩耶は?」
「……私は行かない」
「うん、じゃあ行ってくる」
「父親じゃない、か……」
「血の繋がった家族(父親)に対する愛情が希薄で、他人には無関心……始のそういうところは、お父さんそっくりだね……言ったら怒られるだろうな」
始には、始が最も嫌っている存在である父と共通している部分が僅かながらある。そのことに気付いているのは、摩耶と母の2人だけだった。
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