第25話 再会
「根源が見つかった!?」
始と共に帰宅して数分が経過した頃、摩耶のスマートフォンに1件の着信が入る。発信元は藍蘭。通話の内容は、根源を自称する男との遭遇。
厳密には姿を確認していないため遭遇とは言えないかもしれないが、根源が実在したことを知れただけでも戦士達は戦いの終局に1歩近付ける。
『けど根源曰く、私達の力じゃ勝てないって。根源を殺せる可能性を持ってるのは1人だけ……とか』
「1人? それって誰のことか分かる?」
『それが……なんかノイズがかかって聞こえなかったの。と言うか、根源がそもそも口に出せないみたいで』
形容するならば、ガラスを引っ掻いたような音。そんな音に妨害され、恭矢の言う「殺す可能性を持った者」の名は聞き取れなかった。
『あ、でも根源の名前は覚えてるよ。名前は……務恭矢』
「っ!?」
その名を聞いた時、摩耶は自らの顔面から血の気が引く音が聞こえた気がした。
「……嘘……」
通話が終わり、摩耶は始と夢奏に通話内容を報告した。
「根源の正体……恭矢君らしいの」
「……はぁ……?」
信じられなかった。否、信じてはいけない、信じたくない話だった。
「恭矢って……まさか務君のこと?」
「だと、思う……」
務恭矢は始の親友であり、姉である摩耶と恋人である夢奏も恭矢のことは知っている。
人というものがあまり好きではない恭矢は、人と話す時に目を合わせなかった。唯一の親友である始相手でも、決して目を合わせようとはしなかった。初めて会った時に全く目が合わなかったため、摩耶も夢奏もよく覚えている。
「……そんなはずない。だって……もう恭矢は死んでる。そうだろ?」
まだ鏡像云々に始が関与する前の話である。
務家で元々起こっていた家庭内暴力が激しさを増し、当時中学生だった恭矢は疲弊していた。同じく家庭内暴力に苦しめられた夢奏は恭矢の痛みを感じ取り、始と共に接触。しかし恭矢は「大丈夫」とだけ言い残し、始と夢奏の前から去った。
恭矢と、恭矢に暴力を振るっていた両親と兄はその日、何者かにより殺害された。
警察の調べによると、恭矢の死因は喉を圧迫されたことによる窒息死。父の死因は急激な脱水による衰弱死。母の死因は電流を流されたことによるショック死。兄の死因は頭部をバーナーか何かで焼かれたことによる焼死。家族全員が違う死に方をしていたが、恭矢以外の家族の死が不自然であることは明らか。
さらにその後判明したことだが、恭矢と3人の家族の死亡推定時刻に僅かながら誤差があった。家族3人の死亡推定時刻はほぼ同一だが、恭矢だけ他の3人よりも早く死んでいる。
なぜ恭矢だけ先に死んでいたのか。警察は2つの仮説を立てた。
1つは、恭矢を殺すために侵入した犯人が犯行を終えたが、他の家族に現場を目撃されたため急遽犯行を重ねた。
もう1つは、家族の1人が恭矢の首を絞め殺し、他の家族も殺した後、無理心中として自らも息を引き取った。
しかし2つの仮説を立てたものの、死因がバラバラであり、殺害方法も分かっていない。加えて不明瞭な部分も多数あるため、最終的に事件は迷宮入り。解決不可能と断定された。
「……ねえ、実体が死んでも鏡像は生きてるよね。もしも務君の鏡像が自立してたら、今も務君は鏡の中にいるんじゃないかな……もしかしたら刑事さんの鏡像も生きてるかも!」
「……確かにそう考えれば、実体が死んでも恭矢は生きてる可能性はある。けど刑事さんの鏡像はもう死んでる」
「な、何でそう言いきれるの?」
一瞬険しい顔を見せた始だったが、表情筋を緩めて夢奏の質問に答えた。
「俺達戦士は、自身の鏡像との親和性が高いが故に鏡像を武器にして戦えてる。けど言い方を変えれば、それだけ俺達と鏡像はリンクしているということ。実体が死ねば鏡像も死ぬし、鏡像が死ねば実体も死ぬ」
普通の人間は鏡像との親和性が皆無。故に自立した鏡像が自らの実体を殺したとしても、鏡像は変わらず自立できる。その結果、鏡像は実体と同じ行動をとる必要がなくなり、鏡の中を自由自在に動き回れる。
しかし自由とは言えど、鏡像は不思議と身近な人物に惹かれる。故に実体が死んだことで自由になった小夜の鏡像も、1年間彷徨った挙句自ら董雅の目の前に現れた。
即ち、仮に恭矢に親和性が無く、且つ恭矢の鏡像が自立していたとすれば、今頃恭矢の鏡像は鏡の世界を彷徨っている。そしていつか近しい人物の近くに現れる。
「もしかしたら、恭矢は今頃どこかの鏡から俺達を見てるかもしれない」
根源に観察されている可能性がある。
恭矢の発言で部屋の空気は一瞬で凍りつき、夢奏と摩耶に緊張が走る。
「……恭矢! もし聞いてたら答えろ! お前が本当に根源なら、なんで鏡像なんてモノを生み出した! なんで鏡像に悪意を植え付けた!」
何の前触れもなく突然大音量になった始に驚き、夢奏と摩耶は肩をビクンと震わせた。普段家ではあまり声を張ることがない始だが、状況が状況であったため夢中で叫んだ。
「答えろよ……お前は一体何がしたい! 答えろ恭矢!!」
「何がしたいかなんて……決まってるだろ」
「「「っ!!」」」
3人には、ハッキリと恭矢の声が聞こえた。それも霞姉妹の時とは違い、明らかに部屋の中から。
3人は現在リビングに居る。リビングに鏡は置かれていない。故に恭矢が出てこれる場所などは無い。とは言いきれなかった。
リビングにはテレビが置いてある。窓から差し込む太陽の光がオフにされたテレビ画面に鏡の役割を与え、画面が黒いため案外鮮明に始達の姿を映している。そのことに気付いた始がテレビを見た時には、既に自分達に重なる形で恭矢がそこに居た。
「これは粛清だよ」
「……恭矢……!」
もう会うことはない。次に会うことがあるとすれば、その時は自分が死んだ時だ。
会えるのであればもう一度会いたい。会って色々な話をしたい。
あの世で見守ってくれているであろうか。あの世では人と仲良くできているのだろうか。
何度も、何度も始は恭矢のことを考えた。そして考え続けた末、始は恭矢と再会することができた。しかし始の胸中はかなり複雑であった。何せ親友だった恭矢が戦いの根源であり、自分達が殺すべき存在であるのだから。
「久しぶりの再会がこんな気持ちだなんてな……最悪だ」
「ああ、久しぶりだ。けど俺は最悪とは思っていない。寧ろ、こうして会えたことを素直に喜んでる」
始の知っている恭矢は、ここまでスムーズに話せない。本来であればもっと言葉に詰まり、少しオドオドとしてコミュ障丸出しな喋り方をしている。
やはり「こいつ」は鏡像であり、本当の恭矢ではないのだろうか。そう考えた。しかし独特な声質と髪を触る癖は、本物の恭矢であると思わざるを得なかった。
「……話を戻す、いや、改めて聞く。お前の言う粛清って何だ?」
始の質問に対し、恭矢は笑顔で答えた。
「この世界には不要な人間が多すぎる。不要な人間のせいで、世界の均衡は傾く。だから俺は自立した鏡像達に悪意を与えるため、鏡の世界に俺自身の悪意を充満させた。悪意を与えることで、人間を殺したいと思わせるよう仕向けた」
そのまま聞けばただのエゴに聞こえるが、恭矢の意見に賛同する者も少なからず存在するだろう。実際、夢奏達3人も「不要な人間が多い」という恭矢の意見を否定できない。
しかし同時に、始は恭矢の発言に違和感を抱いた。
恭矢は今、自立した鏡像に悪意を与えたと言った。即ち、恭矢が悪意を与えるよりも前に、鏡像は既に自立していたと取れる。
「おい、ちょっと待て……鏡像を自立させたのは恭矢じゃないのか……!?」
「俺はあくまで、鏡像に悪意を与えただけだよ。務恭矢の鏡像として俺が生まれた時には、既に鏡像は自立した存在だった。もっと分かり易く言うなら、俺は悪意の根源であり戦いの根源じゃない」
恭矢の発言が真実であるのかは分からない。しかしもしも真実であれば、今まで1人だと思っていた根源は2人いることになる。つまり、殺すべき存在はもう1人いる。
「因みに、鏡像には属性ってのがあるよな。あれ、俺が悪意を与える前には既にあったみたいだ。戦いの根源が鏡像って存在を作った時に属性って概念を埋め込んだんだろう。ただなんでそんなことしたのかは分からないけど」
「……恭矢、さっき聞いたぞ。根源を殺せる可能性をもった奴がいるって。そいつは誰だ?」
「多分聞き取れない、というか俺自身ちゃんと言えないだろうけど、それでも言った方がいいか?」
「言え。言わないと今すぐお前を殺す」
始は自身の鏡像に手をかざし、鏡像を銃へと変化させて構えた。しかし恭矢は銃口を向けられても尚顔色を変えず、呆れたと言わんばかりのため息をついた後に口を開いた。
「▒▒▒▒」
ガラスを金属製の何かで引っ掻いたような異音。もしもこの音を聞き続ければ、始達は発狂してしまうかもしれない。
「っ! なんて嫌な音……!」
「ああ……恭矢、なんで根源のお前でもその名前を言えない?」
「戦いの根源が妨害してるのかもな。何せ殺されるかもしれないんだ、弱点の名前はそう簡単に吐かせない……いや、方法はまだあるか」
恭矢はテレビ画面から手を出し、テレビの枠を掴む。恭矢が根源である以上何を企みどんな行動に出るかが分からないため、始は慌てて銃口を向けた。
「何のつもりだ!」
「言葉に出さなければいい。そうすれば、根源を殺せる奴の名前を教えられる。攻撃する気は無い……だから一旦銃を下ろしてくれ」
「……お前は恭矢の皮を被った怪物だ。信用できない」
「……分かった。なら俺が怪しい動きをしたら、その時点で俺を撃て。俺は抵抗しないから」
恭矢の覚悟と意志を飲み込み、始は若干躊躇いつつ銃を下ろした。
恭矢は枠を掴んだ手に力を入れ、勢いよくテレビの外に飛び出した。
「……そうか、お前はあの時から成長が止まってるのか」
「おかげで今も俺は中学生だよ」
テレビの外に出た恭矢の身体は、最後に見た恭矢の姿と全く一緒だった。身長も服装も、恭矢が死んだ時から変わっていない。ただひとつ変わっているとすれば、家の中で死んだため靴は履いていない。
鏡像は鏡に映った存在であるため、実体が歳をとれば鏡像も歳をとる。逆に、実体が死に鏡像が生きていれば、実体が鏡に映ることは無いため永遠に歳をとらない。故に恭矢も、以前董雅の前に現れた小夜も、死んだ時から歳を重ねていない。
「根源を殺せる可能性を持った人間、それは……」
恭矢は腕を少し上げ、人差し指を夢奏に向けた。
「……え、私?」
根源を殺せる可能性を持った唯一の戦士。根源である恭矢曰く、その戦士はつい数日前に戦えるようにになったばかりの夢奏だった。
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