第23話 遭遇
「はぁぁあああ!!」
摩耶の振り下ろした紫の刃は、炎を纏う鏡像の頭を薪割りの様に分断させる。断面から脳漿と血液、脳が溢れ出し、鏡像は死亡した。
「あと……2体……!」
事の発端は30分程前に遡る。
生理期間から解放された摩耶は「今ならなんだってできそう」と調子に乗り、普段は絶対にしないランニングを始めた。しかし案の定途中で力尽きた摩耶は、公園で休息をとっていた。
そんな最中、突如公園に焦げたような悪臭が充満した。近くで鏡像が現れたのだと理解した摩耶は体力が回復しきっていないまま鏡像を捜索し、少し彷徨った後に鏡像を発見した……のだが、数が異常であったため摩耶は少し怯んだ。
出現していた鏡像は4体。うち3体は別々の鏡に映った同一個体であり、残る1体は別人の鏡像。
鏡像は鏡像に壊されたであろう車に集中していることから、摩耶はこう考えた。サイドミラーとバックミラー、スマートフォンに映ったドライバー、或いは助手席に座っていた者の鏡像が暴れだし、車内の人物を殺害。その際かその後かに偶然通った誰かからも鏡像が生まれ、別の個体が混ざっていると。
しかし経緯などはどうでもいい。重要なのは、鏡像が現れ人を殺したという結果のみ。
摩耶はスマートフォンに映った自身の鏡像を武器とし、4体の鏡像に挑んだ。
ただ挑んだのはいいが、各々の戦闘力が微妙に高く、2体目を駆除した時点で摩耶の体力は限界に近付いていた。
「正直に始呼べばよかった……下手すりゃ死ぬかも……」
2体目の鏡像が死に、残るは火属性の同一個体が2体。1体ならば何とか勝てそうではあるが、2体いるため勝てる気がしない。
「そろそろ死んでくれないかなぁ……」
「生憎、簡単には死なない。仮に死んでも、私の弟があんた達を殺す」
死にたくなんてない。しかし人が人である以上、遅かれ早かれいつかは必ず死ぬ。仮に鏡像に殺されれば、死期が偶然にも早かったということで片付く。
受け入れるしかないのだろうか。死を覚悟するしかないのだろうか。
そう考えた時、鏡像の手から6発の火球が放たれた。
(やば……もう腕上がんないや……)
「
一瞬で死を覚悟した摩耶だったが、突如目の前に現れた水の壁により、摩耶を焼き殺すはずだった火球は遮られた。水の中で火が生きていられるはずがないため、火球は「ジュッ」と音を立てて消えた。
「顔青いけど、大丈夫?」
摩耶の背後から声をかけたのは藍蘭。水の壁で摩耶を守ったのは藍楼。偶然近くを通りかかった際、戦いを察知してやって来たのだ。
「……っ! た、多分、大丈夫」
「うん、なら良かった」
摩耶と霞姉妹は面識がない。しかし武器を持っていることから、互いに戦士であると理解した。そして戦士であると同時に恐らく仲間であると感じた藍楼は、躊躇うことなく初対面の摩耶を守った。
「藍蘭、相手は火属性、しかも2体。どこまで戦える?」
「一先ずは防戦一方だけど、今日は2人だけじゃない。ねえ、名前は?」
地に膝をつき呼吸を調えていた摩耶に、藍蘭は名を尋ねた。一瞬キョトンとした摩耶だが、特に不審がることなく答えた。
「東海林、摩耶」
「うん、覚えた。摩耶、あの2体、私達が弱らせて隙を作れば、1体につき一撃で殺せる?」
藍蘭の質問に、摩耶は数秒間考えた。しかし摩耶の脳内に「NO」という選択肢は無く、現時点での体調でも勝てるシチュエーションを構築した。
「……隙さえ作ってくれれば、一撃で2体とも終わらせる。けど後1分だ……いや、30秒あれば、あいつら殺せるくらいは回復するから。それと、相手をなるべく濡らしておいて」
「濡らす……ああ、そういうことね。藍蘭、火の鳥で摩耶を守って。摩耶は、この戦いにおける私達の切り札だから」
小さく頷いた藍蘭は、火を纏わせたナイフを振る。ナイフを振れば刃から火が零れ落ち、火は徐々に鳥の形を模していく。
「
刃から生まれた火の鳥達は、鏡像に襲いかかることなく藍蘭の周りで留まる。
火の鳥は獲物を見据える目も無ければ、獲物を啄む嘴も、羽根も、足もない。身体の全てが火で構成されているためである。
しかし火は完璧に鳥を模し、存在しないはずの鋭い瞳で鏡像を睨んでいるようにも見える。
「私の鳥ちゃん達、今日は防御に徹してね」
火の鳥、水の壁が出現したことに、2体の鏡像は僅かに怯む。しかし、なぜか「敵(霞姉妹)は攻撃の
鏡像1体につき、火の鳥と同じ数の火球。即ち、霞姉妹と敵対する鏡像の周囲に漂う火球の数は、火の鳥の2倍。
「鳥を模したところで火は火……結局は数が多い方が勝つんだよ!」
鏡像は同時に全ての火球を放ち、霞姉妹と摩耶を攻撃。しかし再び藍楼が発動した水天逸壁により、火球は遮られるように見えた。
「また防ぐことは読めていた!」
鏡像は火属性。とは言え、ただ単純に火を放つだけが取り柄ではない。
放った火の軌道操作。火力の増減。鏡像の技量にもよるが、大概の事はできる。今回出現した鏡像は微妙に強いため、火球の軌道操作だけでなく、スピードの加減もできる。
水の壁を目の前にして停止した火球は水の壁を遮る形で加速し、壁の向こう側に居る摩耶達を狙った。
しかし、火球を操作することなどは、霞姉妹は既に予測していた。
「何言ってんの?」
「あんたが読んだんじゃない……私が読ませたの」
水の壁に阻まれているため、鏡像には摩耶達の姿は歪んで見えている。故に、火の鳥の数が変わったことにも気付かなかった。
「鳥ちゃん!」
水の壁の向こう側に滞空していた火の鳥の数は、鏡像が放った火球の半分。即ち、決して相打ちにはならず、摩耶達は火球により焼き殺されるはずだった。
「……っ!?」
水の壁が消え、鏡像は3人の姿を目撃した。3人はどこも焼けておらず、本来であれば既に襲っているはずの火球の殆どが消滅していた。
3人の周囲には、攻撃前よりも数を増した火の鳥が滞空していた。火の鳥は襲いかかる火球に突撃し、火球を自らの身体の一部として吸収。火球を吸収したことで一部の個体は肥大化している。
最初に藍楼が水天逸壁で防御し、火球を全て消滅させた。この時点で、藍楼の誘導は始まっていた。
続いて、鏡像は藍楼が水属性であり、水の壁を出現させられると学んだ。
続いて、鏡像は操作可能な火球を放ち、再び藍楼が水の壁を出現させると予想し壁を回避させた。
同時に、波打った透明な水の壁で自分達の姿を歪ませ、歪みに乗じて藍蘭は火の鳥を増殖させた。その数は、放たれた火球よりも多い。
火鳥馮齧により生成された火の鳥は、敵の火を吸収することで肥大化、同時に火属性の攻撃を無効化できる。
水の壁で遮られて上手く見えなかったが、火球は火の鳥に吸収され消滅。しかも気付いた時には、既に火球の殆どは消えていた。
この時、鏡像は漸く気付いた。自らの攻撃は誘導されたものであり、自分達は藍楼の手の上で弄ばれていたのだと。
「結局は数が多い方が勝つって、さっき言ってたよね。まさにその通りだと思うよ」
藍楼は再度水天逸壁を発動し、敢えて水を真上ではなく斜め上に噴射させた。噴出した水の着地予想地点は、多少の誤差を踏まえた上で2体の鏡像のいる地点。つまり、噴出した水は2体の鏡像を濡らす。
火属性の戦士と鏡像は、多少の水であれば火力調節で蒸発させることができる。しかし今回2体の鏡像に降りかかった水は蒸発させることができないほど多く、藍楼の思惑通り鏡像は全身に水を被った。
「30秒ちょっと超えたけど、約束通り濡らしておいたよ」
「ありがとう……これで、決める!」
霞姉妹の背後に隠れていた摩耶は立ち上がり、紫の刃の表面に僅かに電気が走った。
「2人とも頭下げて!」
霞姉妹は同時にしゃがみ、摩耶はその場で刃を横向きに強く振った。
刀を振ることで生まれる風。その風は微風にも満たないため、蝋燭の火を消すことすらも難しい。しかしそれはあくまでも、一般的な刀剣であればの話である。
摩耶が握っているのは、自らの鏡像から作り出したこの世に1本しか存在しない鏡の世界の刀。言わば、この世には存在するはずのない特殊な刀。剛腕で怪力が取り柄である男でも曲げられず、溶岩に投げ入れても溶けることがない。
摩耶の刀が特殊である所以は、単純に強固であるだけではない。刃を振った際に生まれる風圧を、意図的に増強させることができる。故にこの刀であれば蝋燭の火などはまさに風前の灯、調整次第で巨木すらも折る程の風圧を起こせる。
摩耶は雷属性であり風属性ではない。しかし意図的に刃の風圧を調節することができる。その特技に自らの力を融合させることで初めて、摩耶はこの力を発動できる。
「
刃から発生した風は、目にも留まらぬ速さで鏡像の身体に触れた。その瞬間、鏡像は一瞬痙攣した後に地面に倒れた。
摩耶の力の一つである雷神之息吹は、風圧に電気を乗せることで、風に触れた相手の身体に電気を流せる。とは言えその威力は、摩耶のもう一つの力であり相手に雷を落とす「雷神之咆哮」には及ばない。
しかし今、鏡像は水天逸壁により全身が水に濡れている。通常の状態であれば殺せない程度の摩耶の電気でも、体表が水に覆われた状態であれば威力は向上。殺すには十分な威力になる。
藍楼が居なければ、藍楼が水属性でなければ、摩耶は鏡像を殺せなかった。自らを不運と罵る摩耶だが、危機的状況に陥れば途端に運が良くなる。そのことに本人は気付いていないようであるが。
「……死ん、だの?」
特に苦しむ素振りもなく一瞬で息絶えた鏡像を見て、霞姉妹は「本当に鏡像は死んだのだろうか」と少し不安になった。
しかし攻撃をした摩耶にはハッキリと分かっていた。
「死んだよ。あの鏡像達は、多分死んだことにも気付いてないだろうけど」
摩耶はスマートフォンを取り出し、鏡面に刀を飲み込ませる。それとほぼ同時に鏡像も消滅し、改めて鏡像の死を実感した霞姉妹も各々ナイフを鏡の中に戻した。
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