第22話 未来

「そっか……夢奏も親和性が高かったんだな」


 夢奏が戦士になったことを聞かされた始だが、それを喜ぶ訳でも悲しむ訳でもなく、ただ無表情で淡白な返事をした。


「それと、もう1つ……悪い知らせ」

「……なに?」


 嫌な予感はしなかった。夢奏の身に何かしらの異常が起こっての「悪い知らせ」であれば、必ず始は謎の胸騒ぎに襲われる。故に始は察した。これは自分にとってそれ程悪い知らせではないと。


「刑事さん……死んだみたい」

「……そっか」


 相変わらず淡々としている始に、夢奏は驚きと呆然が混じったような表情を見せた。


「あまり驚かないんだね」

「俺達は戦士だ。ただでさえ人は常に死と隣り合わせで生きてる。けど俺達は、戦ってる分だけ死ぬ確率が高い」

「だから死んでも悲しくないってこと……始って、意外と他人には淡白だよね」


 図星を突いたかのような発言だったが、自覚している始は表情を崩さなかった。


「確かに悲しくはないけど、正直辛い部分はある。刑事さん1人分の戦力が減った」

「……それだけ?」

「そういうもんだよ、人間は。結局自分と、自分が愛する人にしか興味が無い。俺も自分と夢奏、摩耶と母さんが安全ならそれでいいと思ってる」

「友達とかは?」

「守れる限り守りたいとは思う。けど俺が知らないところで死んだとしても、大して悲しいとは思わない。所詮他人だし」


 家族と他人。始にとってその境界線は著しく、親友が死んだとしてもそれ程悲しまない。尤も、始には親友と呼べる存在は居ないが。

 よく映画などでは、血の繋がりが無くても家族ファミリーだとする場面がある。作品として見る分には、始的にも嫌いではない。しかしそれが現実であれば、そう簡単に家族だと認められる相手は現れない。仮に現れたとしても、始は家族と他人という境界線を越えさせない。

 所詮は他人。信用していたとしても他人。始にとって他人とは、路面を歩く蟻。興味もなければ、踏み殺しても罪悪感を抱かない。

 恐らく始の思考を知れば、今まで仲良くしてきた友人や知り合いは一斉に離れていくのだろう。


「私だって、始とは血が繋がってない……他人って言っても間違ってない」

「夢奏は他人じゃない。仮に今は他人だと、偽りの家族だとしても、いつか夢奏と俺は本当の家族になる」


 始の不意打ち発言に、夢奏は耳が熱くなったことに気付いた。

 本当の家族になる。言い方を変えれば、所帯を持つ。即ち、プロポーズと言っても過言ではない。

 この瞬間、董雅の死という話題は消え、夢奏と始の話へと変わった。


「じゃあ、私が戦いの中で死んじゃったら、始は悲しんでくれる?」

「悲しむ、なんてレベルじゃない。一生分の絶望に押し潰されて、多分自殺する。自殺して、先に天国に行った夢奏に会いにいく」


 相変わらず淡々としている始だが、声のトーンが僅かに下がり、先程よりも一言一言の重みが増したように思える。

 他人に対する感情が希薄であることは事実。同時に、夢奏へ向けている愛も事実。自分が愛されていると分かっただけで、夢奏は希薄すぎる始への多少の不安を拭えた。


「……なら、もし仮に始が戦って死んじゃったら、私は始を殺した相手を殺す。それが鏡像でも人間でも、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……全部殺す。そうして始と私の敵を全部殺してから、私は自分の頭を撃ち抜いて始に会いにいく」


 殺す。そう連呼し、始同様に夢奏は自殺する未来のシナリオを述べた。言わば最悪の未来をイメージする夢奏だが、その表情からは絶望などを感じられず、恍惚とした表情と口元に浮かべる笑みは寧ろ狂気を感じさせる。


(始が私の事を愛してくれてる……すごく嬉しい……)


 正直、夢奏は不安だった。高校を卒業して就職すれば、始は夢奏ではない別の女性に恋心を抱き、いつか捨てられるのではないかと。

 夢奏の身体は傷だらけ。始はこの身体を否定しなかったが、夢奏自身は身体の傷を好ましく思っていない。しかしいつか始はこの傷だらけの身体を拒否し、傷痕の無い綺麗な身体の女性を愛するのではないか。もしも始にこの身体を拒否されれば、夢奏は恐らく生きていけない。

 しかし始は、夢奏と家族になると既に決めている。始は夢奏以上に夢奏を愛しているが故、寧ろ夢奏以外の女性に興味を抱けない。


「でも始は死んじゃダメだよ。始が死んだら私、生きていけないから」

「俺だって、夢奏が居なきゃ生きていけない。だから、死なないでくれ……」


 夢奏は始を愛し、始は夢奏を愛する。そんな甘い話ではない。

 夢奏は始を、始は夢奏を失えば生きる意味を失う。夢奏は始が、始は夢奏が居なければ最早生きられない。

 夢奏が望めば、始はどんな犯罪にも手を染める。始が望めば、夢奏はどんな穢らわしいことでもできる。

 毎日始の声を聞かなければ、夢奏は不安になる。毎日夢奏に合わなければ、始は不安になる。

 相思相愛、とはもう言えない。

 依存。多少意味は違ってくるが、共依存と言ってもいいのかもしれない。


「私が死ぬのは、おばあちゃんになった後。だから始が死ぬのも、おじいちゃんになった後。私達はこんなところで死なない」

「……その頃には、俺達の子供にも新しい家族ができてるんだろうな。今から楽しみだよ」


 まだ結婚できると決まった訳では無い。子供が産まれると決まった訳では無い。寧ろ何も決まっていない。

 それでも夢奏と始は、2人が歩む未来を、2人で叶える夢を、脳内で描くことを止めなかった。


「私達の子供……始に似て、カッコよくて優しい男の子かな」

「或いは、夢奏に似て、可愛くて強い女の子」

「2人とは限らないよ。3人、4人、もっと多いかもしれない。出産する時も、出産した後も大変そうだけどね」

「夢奏がお腹を痛めて産んだ子なんだから、俺が全員大事に育てる」

「ふふ……いいお父さんになるね」

「なら夢奏は、いいお母さんになる。もしかしたら夢奏は、才色兼備な良妻賢母として町で有名になるかも」

「それなら、仲睦まじい家族として有名になりたいな。私だけが有名になるのは恥ずかしいから」


 2人の描く未来予想図は止まるところを知らず、その後も会話は終わらなかった。否、終わらせなかった。2人で2人の未来について話していれば、辛い現実から目を背けられたから。


「……いっそ、このまま時間が止まってくれればいいのに……」

「そうなれば、俺達はもう戦わなくて済む。永遠に楽しい時間を過ごせる。けどこのまま止まれば、俺達は一生家族になれない……俺と夢奏の子も産まれない」

「結局、流れる時間には逆らえないってこと……」






「ねえ始……キス、していい?」

「……いいよ」


 夢奏は始の肩を掴み、唇を重ねる。

 そして再び思った。このまま時間が止まってしまえばいいと。


(始……絶対、絶対に死なないで……このキスを、人生最後のキスにさせないで……)


 董雅が死亡し、自分達もいつ死ぬか分からないことを再確認させられた今、2人は互いの愛を求めた。

 これが最後のキスになるかもしれない。そんな思いはキスを長引かせ、より濃厚な時間へと誘う。


(死なない……死なせない……俺達は絶対に、幸せになってみせる……)


 キスを続ける2人には、過ぎ行く1秒1秒が儚く、尊く感じられた。そして未来へ進むにつれて新たにやってくる1秒に、2人は恐怖を抱いた。

 2人で未来を歩みたい。同時に、戦いで死ぬかもしれない未来には進みたくたい。2人の心は、2つの感情に押し潰されそうになる。

 そしてキスを終え唇を離した頃、2人は涙を流していた。









 ――残念だな。お前達2人が幸せな未来を掴むことは……絶対にできない。


 涙を流しながら向き合う2人を観察するかのように、窓ガラスに鏡像が映っていた。

 人が焦げたような悪臭はしていない。しかしそこに居る。悪臭がしないため、2人は気付いていない。


 ――始……また会える日も近いな。



「ん?」


 鏡像の気配に気付いたのか夢奏は窓を見たが、そこには部屋と自分達以外何も映っておらず、部屋の外にも何もいなかった。


(気のせいか……)


 違う方向へと振り向く夢奏を嘲笑うかのように、鏡像"恭矢きょうや"は机上の小さな鏡を経由しどこかへ消えた。

 無論、夢奏も始も、鏡から鏡へと移動した恭矢には気付かなかった。

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