第21話 爆散

「っ!?」


 璃乃の前方、即ち鏡像の後方から、無関係と思われた少女が真っ直ぐ走ってくる。その手にはブルーグラデーションの銃が握られており、無関係などではない、戦士であることが分かる。

 近付く足音と璃乃の目線の移動に気付き、鏡像は後ろを振り返る。


「でやぁぁああ!!」


 鏡像の視界に映ったのは、靴底。


「ぅぶっ!!」


 夢奏の飛び後ろ回し蹴りは、氷を纏わせていない鏡像の鳩尾にクリーンヒット。鏡像は予期せぬダメージに驚愕する暇もなく、璃乃のいる方へ蹴り飛ばされた。

 飛ばされた鏡像が接近するが、璃乃は逃げずに薙刀を構える。そして防御体勢を取れない鏡像の腋を狙い、薙刀を下から上へと振り上げた。薙刀の刃は狙い通り鏡像の腋に接触し、そのまま腕を切断する。

 ノーダメージだった鏡像は腹部に蹴りを入れられ、挙句片腕を切断。同時に受けた2つのダメージに脳の処理が追いつかず、地面に激突した鏡像は顔面蒼白、混乱した。


「あなた……戦士だったの?」


 刃に付着した血液を振り払うと、璃乃は突如現れた謎の少女、夢奏に問いかけた。


「ちょっと違うかな。私は、たった今戦士になった」

「たった今……じゃあ、まさかあの短時間で鏡像を受け入れたの!?」

「正確には、少し前から誘惑はされてたんだけどね。あなたが戦ってるとこ見てたら、悩んでる自分が情けなくなっちゃった」


 夢奏の発言と行動に、璃乃は新たな疑問を抱く。

 鏡像の存在を知り、自らの心を映した鏡像と向き合っても、そう簡単に戦士として鏡像と戦うことはできない。なぜなら、怖いから。突然「戦え」と言われても、簡単に戦えるはずがない。実際、璃乃が戦えるようになるまでは、鏡像を受け入れて数週間は時間を費やした。

 しかし夢奏は違う。ついさっき鏡像を受け入れたにも関わらず、何の躊躇いもなく戦いに参加した。この瞬間、璃乃は理解した。夢奏の精神力は、璃乃のような一般的な女子高生のそれを軽く凌駕しているのだと。


「随分苦戦してたみたいだけど、アイツそんなに強いの?」

「氷が硬くて……そもそも、風属性なのに氷属性に挑む方がどうかしてた」

「風属性は氷属性に弱い……うん、覚えた」


(私、アイツに勝てるかな?)


 ――言ったはずよ。その気になればあなたは世界をも終わらせられる。鏡像が纏う火も氷も水も土も雷も風も、あなたの前では無意味……豆腐よりも脆い、ただの飾りに過ぎない。


 夢奏の問いかけに答えたのは、銃へと変化した鏡像の夢奏。そして鏡像の発言は、「夢奏は誰にも負けない」と解釈できる。その答えを受け、夢奏は少し安心したような表情になる?


「氷は私が壊す。だからあなたは、氷が剥がれた瞬間を狙って」

「て、できるの!?」

「みたい。けど問題はタイミング。可能な限りアイツに近付いて、氷が剥がれた一瞬、1回限りの一瞬を狙う必要がある」


 鏡像の氷が剥がれても、鏡像は恐らくすぐに氷をまた纏わせる。しかし氷が剥がれ、新たな氷を纏わせるまでのタイムラグは必ず存在する。狙い所は、そのタイムラグである。

 仮にこの攻撃が失敗すれば、鏡像は2人の合わせ技を学習して対策を練る。対策を練られれば勝率も下がる。故に、チャンスは1度きり。


「……私は璃乃、宮尾璃乃。あなたは?」

「姫川……夢奏」


 綺麗な名前だ。一瞬そんなことを考えたが、すぐに本題へと頭を戻した。


「夢奏……いいよ、夢奏の案に賭ける」

「ありがとう。なら璃乃は、トドメを刺す力を残したまま、可能な限り鏡像の攻撃を防いで。それで後々私が合図を出したら、璃乃はトドメを刺して」


 敵対する鏡像は混乱から我に戻り、夢奏と璃乃を殺すために片腕で立ち上がった。


「1人は弱い風属性、1人は後ろから飛び蹴り食らわせる卑怯者……いいわ、2人まとめて殺してあげる!」


 夢奏の不意打ちに相当腹を立てているのか、鏡像の頭には血管が浮かび、鬼のような形相で2人を睨む。


「……アイツ、多分真っ直ぐ向かってくる。璃乃、やっぱ作戦変更。攻撃防がなくていいから、合図したらアイツを殺して」


 夢奏の予想通り、鏡像は加速するため両足に体重を載せる。


「弱い方はすぐに殺す。けど、あの卑怯な奴は……不意打ちしたことを、いや……生まれてきたことを後悔させるぐらいグチャグチャにしてやるっ!!」


 体重に怒りが加わり、鏡像は地面を蹴り2人へと加速。猛進した。

 夢奏は近付いてくる鏡像に銃口を向け、引き金にかけた指に力を加える。


「氷塊……爆散!」


 引き金を引き、銃口からガラスの塊に似た透明な銃弾が放たれた。銃弾は鏡像が身体に纏う分厚い氷に防がれ無意味に終わる……はずだった。

 銃弾が氷の鎧に接触した直後、鏡像の身体を覆っていた氷は破裂、爆散、消滅した。


「璃乃!!」


 なぜ氷が一瞬で消えたのか。そんな疑問に、一瞬だけ鏡像は注意力が途切れた。


「はぁぁああ!」


 璃乃の持つ薙刀の刃は鏡像の首を切断し、切断された鏡像の頭部は宙を舞った後に落下。落下の衝撃で顔面が少し潰れ、切断面から大量の血液が溢れ出す。

 首を落とされた身体は、切断面から血を噴出させながら数メートル猛進を続け、脱力で足首を挫きながら転倒。


「死ね!」


 璃乃は地面に転がる鏡像の頭に薙刀を向け、脳天に刃を突き刺すことでトドメを刺した。

 死亡した鏡像の身体は夏場の氷のように溶け、最終的には地面にシミを残したまま鏡像は消えた。


「……よし、終わった」


 画面を暗転させたままスマートフォンを取り出した璃乃は、薙刀を真上に投げる。落下してくる薙刀はスマートフォンの鏡面に接触し、波を立てながら鏡の中に吸い込まれた。

 その様子を見ていた夢奏も暗転させたスマートフォンを取り出し、銃をゆっくりと鏡の中に戻した。


「ねえ夢奏、ちょっと気になったことあるんだけど……ちょっとだけいい?」

「ん、なに?」

「……夢奏ってついさっき戦士になったんだよね。だけど夢奏は特に慌てる素振りも見せず、冷静に鏡像と戦えた。ねえ、本当に今日戦士になったの? まさか……根源じゃないよね?」


 抱いていた違和感を打ち明ける璃乃。そして同時に抱いた疑惑。それは、夢奏が根源であるという仮説。とは言えこの仮説には不明瞭な点が多いため、仮説に対する回答にはあまり期待していない。

 その質問に対し夢奏は、特に答えを考えるわけでもなく、ありのまま回答した。


「私の家族が戦士で、もう1人知り合いに戦士がいて……みんなの戦いを既に見てきたから、なんか慣れちゃった。けど、その知り合いは今朝死んじゃったらしいんだよね……」


 今朝死んだ戦士。璃乃には心当たりがあった。


「もしかして、その死んだ戦士って……刑事?」

「そう。確か名前は……克巳……なんとかさん」

「克巳董雅、でしょ」

「あ、確かそんな感じだった。何せ名刺にフリガナが無かったもんで……」


 董雅は璃乃の知人であり、信頼できる仲間。根源ではないにしろ、何かしらの秘密を抱えているのではないかと考えている相手から、信頼している董雅の名が出た。それだけで夢奏に対する疑念は消え去った。


「克巳さんの知り合い……なら、夢奏は根源じゃないか。疑ってごめんね」

「気にしないで。さて……じゃあ私は帰るね」

「うん、それじゃ……」


 2人はその場で別れ各々自宅へと向かった。そして歩き始めて数十秒が経過した時、璃乃はまた新たな違和感に気付いた。


(夢奏さっき、氷砕いてたよね……銃弾の威力だけじゃ壊せるわけないし……あれ、何属性の力?)


 璃乃の推理は正しく、ただ撃つだけでは氷の鎧を壊せなかった。鏡像の氷を砕いたのは正真正銘、夢奏が宿した力。

 しかし璃乃の知る限り鏡像の属性は、火、水、風、土、氷、雷の計6属性。夢奏の力は、そのどれにも属していないように見える。


(姫川夢奏……一体何者なの?)


 据わり過ぎた肝。冷静すぎる初陣。謎の力。3つの要因は、消えたはずの疑念を再び芽生えさせた。


 ◇◇◇


「ただいまー」

「おがえりぃ……」


 帰宅した夢奏を出迎えたのは、トイレから出てきた顔面蒼白の摩耶だった。


「大丈夫? ちゃんと薬飲んだ?」

「薬無かった……始が買いに行ってくれてるから、それまで我慢……嗚呼、やっぱ私は不幸者……」


 腹痛。腰痛。頭痛。倦怠感。憂鬱。男性にはない、女性特有の時期に入った摩耶は、夢奏の外出前よりも症状が悪化していた。

 加えて今回の苦しみは過去最強レベル。一刻も早く薬を飲まなければ死ぬのではないかとさえ考えている。


「言ってくれたら買ってきたのに……」

「夢奏が行ってから気付いて……うぇ、気持ち悪……」

「布団持ってこようか? 階段上がるのキツイでしょ」


 夢奏達の部屋は2階。症状が悪化した状態で2階に上がるのは体力的に厳しい。加えてトイレに行こうにも2階から1階に下りなければならないため、1階に布団を敷いて1階で寝ていた方が都合がいい。


「うん、お願い……」


 生理中の苦しみは女性にしか分からない。その苦しみを夢奏は勿論知っているため、顔面蒼白になる摩耶に同情した。


「じゃあちょっと待ってて」


 夢奏は2階に上がり、摩耶の部屋から布団を下ろし始めた。一度に全てを下ろすのは不可能であるため、階段を2往復して漸く下ろし終えた。

 リビングに布団を敷き、夢奏は摩耶を寝かせる。摩耶の顔色は相変わらず悪く、見ている側の夢奏でさえも少し気分が悪くなる気がした。


「ありがと夢奏……夢奏が男だったら、その優しさに当てられて求婚してるよ。あー、興奮してきたかも」

「生理痛で頭が回ってないみたいね。大人しく寝てなさい」


 摩耶の戯れ言に対し冷静な対応をした夢奏は、摩耶の頭を冷まさせるため一旦リビングの外に出た。

 直後、夢奏は玄関のドアを開けて帰宅した始と遭遇した。始の手からは薬局とスーパーのレジ袋が下げられており、本来買いに行った薬以外にも色々購入したのだと分かる。


「ただいま」

「おかえり。薬……だけじゃないよね。なに買ってきたの?」

「豆乳と生姜、あと色々野菜とか。生理中には温かい豆乳と生姜が効くらしいから」

「え、そうなの?」


 生理中において、絶対にやってはいけないこと。それは、身体を冷やすこと。身体が冷えれば結構が悪くなり、生理痛を悪化させる。即ち、苦しみを緩和させるには、温かい飲み物や衣服などで身体を温めればいい。

 おすすめの飲み物は温めた豆乳。身体も温まり、加えて豆乳イソフラボンが生理痛を緩和させる働きがあるため、まさに一石二鳥。

 そして身体を温めるということに関しては、生姜の右に出る者はいない。料理に細かく刻んだ生姜を入れることで身体が温まる。夕食の生姜と食後の豆乳のコンボで、過去最強レベルの生理痛も緩和されると思われる。


「摩耶は?」

「リビングで寝かせてる。とは言えついさっきだから、まだ起きてると思う」

「ならさっさと薬飲ませて、ちょっとでも楽にさせてあげよう」


 始はリビングのドアを開け、死にかけなのではないかと思われる程悪い顔色の摩耶と対面した。


「摩耶~、生きてる?」

「……死んでる……」

「じゃあ薬飲んで生き返れよ」


 摩耶は布団から起き上がり、始は薬と水を用意した。

 薬を飲み、摩耶は再び横になる。暫く3人で雑談をしていたが、やがて摩耶は睡魔に襲われ眠りにつく。眠った摩耶を起こさぬよう夢奏と始は静かにリビングから立ち去り、2人で夢奏の部屋に向かった。

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