第20話 最善
「はぁ……はぁ……やっぱ、相性悪すぎ……」
成人女性の鏡像と対面する璃乃。その手には身の丈程の薙刀が握られている。
(克巳さんだったら……こんな敵、とっくに殺せてるよね……)
璃乃は始同様に県警から戦士だと認知されており、学校が無い時間に出現した鏡像の駆除を行っていた。とは言え鏡像が関連している事件の8割は董雅が解決していたため、董雅に比べれば戦闘経験は多くない。
今回敵対している鏡像は氷属性。対して、璃乃は最弱属性と揶揄される風属性。加えて氷属性に対する風属性の攻撃は有効とは言えず、苦戦を強いられることは戦う前から分かっていた。
にも関わらず、璃乃は怯むことなく鏡像と敵対した。董雅の死という大きな穴を埋めるが如く、璃乃は戦うことを決意したのだ。
(けどやっぱキツイ……せめて、あの氷をどうにかできれば……)
鏡像は身体に氷を纏わせており、薙刀の攻撃を全て防いでいる。故に鏡像自体は殆ど無傷であり、寧ろ攻撃に徹していた璃乃は鏡像の反撃で頬に傷を負っている。
状況は誰が見ても分かる。璃乃が圧倒的劣勢に立たされていると。
(っ! やばい……人が来た!)
鏡像の後方に、戦いとは無関係と思われる同世代の少女が現れた。戦いが一般人に目撃された際、戦士は3択の行動を余儀なくされる。
1つ目は、戦闘終了後の速やかな逃走。しかしこの場合、もしも写真や動画に撮られていれば逃げてもすぐに話題になる。
2つ目は、単純に口止め。主な口止め内容として、政府が秘密裏に行っている未確認生物の駆除という設定がある。もし他言すれば、後日政府関係者が身柄を拘束しに来ると吹き込めば、実際に鏡像が消える瞬間を見たため大概の人が信じる。
3つ目は、物理的な口止め。各々武器で、現場を目撃した者を殺す。嘘も通じず、写真も撮った相手に対する最終手段である。
仮に鏡像を殺せたとしても、誤魔化すのが非常に面倒。しかし鏡像を殺せなければ、鏡像は確実に目撃者を殺す。被害を拡大しないためにも、鏡像を殺してアフターケアにも気を使わなければならない。
(早く殺さないと……!)
奮闘する璃乃。そんな璃乃を鏡像の後方から見ていたのは、無関係の人間ではない、夢奏だった。
「臭い……初めて鏡像見た時もそうだったけど、鏡像ってなんでこんなに焦げ臭いの?」
「知らない。けど私みたいに実体と親和性があれば、こんな悪臭は放たない」
「焦げ臭い……すごく嫌な感じ……」
肉、それも豚や牛ではない、もっと別の肉が焦げたような悪臭。鏡像が放つ悪臭は夢奏の記憶を刺激し、限りなく鏡像に近しい悪臭を思い出した。
それは、火事で焼け死んだ家族から放たれていた悪臭。今まで嗅いだことないような焦げ臭さは、数年経った今でも比較的鮮明に蘇る。
「それより、早く答えを出した方がいいかもね。あのままだと彼女……死んじゃうよ」
カーブミラーから聞こえる鏡像の声に耳を傾けながら、夢奏は僅かに震える手を強く握る。
「私、上手く戦えるかな……?」
「そんなもの、やってみないと分かるわけない」
始のように上手く戦えるか。それは夢奏本人にも、鏡像の夢奏にも、誰にも分からない。ただ1つ、その不安に対する答えを導く方法がある。
それは、実際に戦うこと。実際に戦えば、自分がどれだけ戦えるのかがよく分かる。
「いい? 失敗した時のことしか考えなかったら、成功するはずの場面でも失敗する。だったら最初っから成功するイメージだけ持って挑めばいい」
それはあくまでも、鏡の中で生きてきた鏡像の夢奏の意見である。成功するイメージしか持たないと言うことは、それだけ無謀であるということ。
無謀はやがて慢心へと繋がり、自身を過信した挙句油断を生む。そうして生まれた油断は、いずれ死へと繋がる。
しかし鏡像であったとしても、それは夢奏本人でもある。鏡像の夢奏の発言を、実体の夢奏が理解できないはずがない。
「要するに、やらず後悔より、やって後悔するほうがいい。迷う暇があるなら、その時間はやった後の後悔の時間に回しなよ。尤も、最善策を行使すれば後悔すらしないと思うけどね」
慎重や堅実などは微塵も感じられない。鏡像はただ自身の思想を押し付けているようにも見える。
しかし夢奏は、鏡像の詭弁を否定しなかった。寧ろ否定すれば、夢奏は自分自身の弱さを認めることになる。そう感じたのだ。
「最善策、か……」
夢奏はこれまで、生きるために最善策を選び歩んできた。
家庭内暴力が日常と化した家で生きるための最善策は、ただ黙って暴力を受けること。仮に暴力に耐えかねて逃げ出しても、連れ戻された後にこれまで以上の暴力を受ける。警察等に相談しても、話を聞くだけ聞いて何も対策してくれない。故に、何もしない、何かをするという気さえ起こさないのが最善の策。
身体に刻まれた痛々しい傷。その傷を見た担任は、夢奏に家庭内暴力を受けているのではないかと問う。しかし正直に「はい」と答えれば、担任による両親への厳重注意の後に、「よくもバラしたな」と夢奏は再び暴力を受ける。故に夢奏は家庭内暴力を否定し、何事も無かったかのように家に帰る。黙秘し、悟られるように否定をする、これこそが最善策。
深夜に家で家事が起こり、家族が逃げ遅れた際には、夢奏は決して助けようとせず、寧ろ逃げ道を塞いで自分一人が助かろうとした。その結果家族は焼け死に、夢奏だけが生き残った。自らの進路を確保し家族の退路を塞ぐ、それこそが最善策。
家も家族も失い、ただ1人生き残った夢奏。親戚達は生き残った夢奏を慰めるわけでも無く、忌み子として蔑んだ。故に親戚達は夢奏の身柄を引き取る訳でもなく、孤独な夢奏を静観する。この時ばかりは、さすがの夢奏も最善策は浮かばなかった。
しかし最善策は、否、運命の相手は突如現れた。
ずっと夢奏を見てきた。見ることしかできなかった始が、夢奏を家族として受け入れた。
最善策を考えることでしか生きられなかった夢奏は、最善策を考えずとも生きられる場所を見つけた。何故なら自分を受け入れてくれた始の決断こそが最善策、自分が生きるべき理由であると気付いたから。
「……生きるための最善策なんて、もうずっと考えてなかった。けど思い出したよ……私はいつだって、誰の言葉も聞き入れずに自分で最善策を編み出してきた。今更、迷う必要なんてなかった!」
夢奏はカーブミラーに映る自分自身と目を合わせ、それを受け入れるかのように手をかざす。
「私に力を頂戴……」
夢奏の突然すぎる発言に一瞬呆然とした鏡像だったが、すぐに我に返り問う。
「それは、私を受け入れるって解釈していいのかな?」
「受け入れるも何も、あなたは鏡に映った私自身。そもそも1つの存在のはずでしょ?」
ほんの少し前まで震えていたにも関わらず、鏡像と実体の関係性、在り方を説いた夢奏。そんな突然の変化に、鏡像の夢奏は思わず失笑した。
「そう、私達は2つのようで1つ。実体の世界を生きたか、鏡の世界を生きたかの違いだけ。そのことに気付いたんだから、きっとあなたは私を上手く扱える」
鏡像の夢奏は手を伸ばし、カーブミラーの外に出る。
2人の夢奏は手を繋ぎ、互いに見つめる。
「うん……上手く扱ってみせる」
鏡像の夢奏は青い光に包まれ、徐々に縮小していく。そして人型から銃を模した形へと変化を遂げ、形が固定された瞬間に光は弾けた。
「だって、これは私の力だから……!」
ブルーグラデーションの銃を握った夢奏は、一度深呼吸をした後に鏡像に向かって走り出した。
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