第19話 代役
「そうですか、小夜さんの鏡像が……はい……いえ、最悪学校を辞めれば、克巳さんの代役を果たせます」
高校生の
連絡内容は、克巳董雅の殉職。警察署内に出現した鏡像と戦い、激戦の後にその生涯に幕を下ろした。
電話越しの声は平静を装っているが、董雅の死は璃乃にとって衝撃的。何せ董雅は、能力を使わずとも鏡像を殺せるだけの戦闘力を持っていたため、鏡像絡みで殉職することなど考えたこともなかった。
『いや、君は学生だ。可能な限り勉学に励んで欲しい』
「けど、誰かが
山路は璃乃の意見を否定できずに歯噛みした。
「まぁ、あくまでも最終手段です。鏡像の出現頻度が変わらなければ、私は今まで通り学校に通いますよ」
『それがいい。俺からは以上だ。事件が起こればまた報告する』
「お願いします。それじゃあ……」
通話を切り、璃乃はベッドの上にスマートフォンを投げる。
「克巳さん……」
董雅を失ったことによる喪失感は不思議と無かった。なぜなら、直接死んだところを見ていないため董雅が死んだという実感が無いのだ。
無論、悲しんではいる。訳あって孤独になった璃乃の生活面を援助し、鏡像との戦いを教えてくれ、鏡像駆除による収入を与えてくれた。言わば董雅は璃乃の恩人であり、尊敬する人物。
悲しまないはずはない。しかしなぜか涙は流れない。理由は分かっている。董雅は小夜の鏡像を殺し、恐らくは悔いなく死んだのだと察したからだ。
「私がどれだけやれるかは分かりません。けど見守っててください。克巳さんの分は、私が補います」
◇◇◇
「克巳董雅、死んだよ」
それは突然すぎた。
自室の鏡の中から鏡像の夢奏が実体に語りかけ、棚の整理をしていた実体の夢奏は思わず手を止めた。
「なんで……分かるの?」
「私は……いや、私だけじゃないかもだけど、鏡像の生死や戦いの波動をある程度感じることができる。だから私は、始や摩耶が戦っていることにも気付いてた」
鏡像の夢奏は、実体の夢奏との接触をしなかっただけで以前から存在している。故に始や摩耶だけではない、董雅が戦士であることにも気付いていた。
「だから今朝……克巳董雅の鏡像が死んだことに気付けた。同時に別の鏡像が死んだみたいだから、多分相討ちかな」
鏡像の夢奏は、他の鏡像よりも感受性が強い。故に鏡像が死ねば、その波動が伝わってくる。
これまで何度も、鏡像の死を感じてきた鏡像の夢奏。しかし今日感じたのは董雅の死。夢奏的にも信用できる人物だったため、伝わってきた死の波動にはショックを受けた。
「初めて会った時に分かった。克巳董雅は摩耶よりも……いや、始より強いかもしれない。どちらにせよ信頼できる戦力が消えたのは事実」
鏡像の夢奏は実体の夢奏に手を伸ばし、手だけを鏡の外に出す。
「この際、私を受け入れて……克巳董雅の代わりに戦わない?」
鏡像の誘惑を受け入れて力を得れば、董雅の代わりになるだけでなく、始や摩耶と戦うことができる。2人に守られるただの御荷物ではなくなる。
しかし以前に鏡像が言っていた「全てを終わらせる」という言葉が気になり、未だに夢奏は力を受け入れる覚悟ができていない。
「まだ……やめとく。力を手に入れて、何かを終わらせてしまうのが怖いから」
全て、と言っても、厳密に夢奏が何を終わらせられるのかは分からない。ただ漠然とした恐怖だけは感じている。
「終わらせるか終わらせないか、それはあなた次第。けどあなたが本気じゃなく、生半可な気持ちで私を受け入れれば……あなたは何も守れない、ただの破壊者になる」
鏡像曰く夢奏は、力を受け入れる際の覚悟次第で、鏡像という悪意から誰かを守れる戦士にも、守るという概念を捨てた残虐な破壊者にもなれる。
夢奏がどちらの未来を選ぶか。とても重要な問いだが、鏡像の夢奏からすれば「右を選ぶか左を選ぶか」や「和食と洋食どちらを食べるか」などと言った何でもない分岐点と同等の価値しかない。
鏡像はただ従う。どちらの未来を選んだとしても、夢奏の望んだ結末へと導く。
「でしょ。だからまだ、私にあなたの力は早すぎる。始や摩耶……刑事さんには悪いけど、私はまだ戦えない」
「そう……けど以前あなたは、いつか私のことを受け入れるって言った。前言撤回なんてさせないよ」
鏡の表面に波がたち、波が引けば「自立した鏡像の夢奏」は「ただの鏡像」に戻っていた。
「前言撤回はさせない、か……まあ、しないんだけどね」
夢奏は立ち上がり、休憩と気分転換を兼ねて散歩へ出かけることにした。
「あれ、どっか行くの?」
「ちょっと気分転換。摩耶も行く?」
「私今"あれ"だから、大人しく家の中にいる」
摩耶は"あれ"としか言っていない。しかし同じ女性である夢奏は摩耶の発言を察し、「安静に」と言い残した後に夢奏は家を出た。
夢奏は今、散歩をしている。故に「○○へ行こう」という明確な目的はない。ただ町内を歩く。
雲のかかった空。落ち葉が舞う公園。薄く消えかけた横断歩道。蜘蛛の巣が張り付いた自動販売機。ゴミ捨て場の烏。
いつもは気にせず視界に留めない風景も、散歩の一環として楽しめる。
「お!」
黒く艶のある毛が特徴の黒猫が、知らない家の塀に座り夢奏を見つめる。夢奏は猫が逃げぬよう静かに距離を詰め、猫は特に警戒する素振りを見せず尻尾を振る。
夢奏はゆっくりと手を伸ばし、指先がネコの顎下に来るように手を止めた。猫は未だ逃げず、夢奏の欲望の捌け口として顎の下を撫でさせる。
夢奏の欲望はさらに加速し、顔の横、額、背中を撫でる。やはり猫は逃げない。しかし撫で始めて2分程が経過した頃、猫は突如目を見開き、夢奏の目を見つめて小さな声で鳴いた。
1度鳴くと猫はゆっくりと立ち上がり、塀の向こう側へと下りる。
(猫にまで嫌われちゃったのかな……)
寂しげな表情をみせる夢奏は、ため息をつきながら向きを変え、再度行く宛もなく町を彷徨う。
「っ? 何、この音……」
散歩の最中、どこからか硬いものと硬いものがぶつかる音が聞こえてきた。それも1回ではなく複数回、定期的ではなく不定期。
「誰かが戦ってるみたいね」
音の正体に気付いたのは夢奏ではなく、足下の水溜まりに映っていた鏡像の夢奏だった。鏡像の夢奏が突如自立したことに少し驚いたが、戦いが起こっていると知ったことで夢奏の顔が若干青ざめる。
「また誰かが戦ってる……」
「怖いの?」
恐怖心は抱いている。元々、始達から話を聞いた時点で薄々抱いていたが、董雅が死んだことでその恐怖は尚強くなった。
「だって……また刑事さんみたいに死ぬかもしれないんだよ? 怖くないわけな」
「死ぬかもしれないのは始も一緒。勿論、あなただって例外じゃない。誰かが死ぬのが怖いんだったら、その誰かが死なないように、夢奏がその誰かに加勢すればいい。でしょ?」
死なせたくなければ共に戦い、少しでも「誰か」が助かるように努力すればいい。鏡像の意見は、僅かながら戦意を宿す夢奏に否定の権利を与えなかった。
ここで夢奏が現場に向かわなければ、今どこかで戦っている戦士は死ぬかもしれない。逆に夢奏が現場に向かえば、戦士は生きられるかもしれない。
それでも、夢奏は戦うことを恐れている。鏡像を受け入れることで得られる未知の力と、力を得たことで変動してしまう自分自身の未来を。
人という枠を超えれば、また"あの頃"のように身に余る暴力を受けるのではないか。そんな考えは夢奏の脚を重くさせ、行動力を奪う。
「それとも、見捨てるの?」
見捨てる。その言葉を聞いた途端、震えていた夢奏の脚は止まった。
「見て見ぬふりして手助けもしない、自分の事しか考えられないクズ……まるで、あなたの親戚達みたいね」
「うるさい……うるさいうるさい!! 私はあいつらとは違う……絶対に違う!!」
夢奏は音の聞こえた方へ走り出した。
鏡像は夢奏が戦いを決意したと判断し少し微笑む。
走る夢奏は鏡像の映っていた水溜まりを踏み、水溜まりの波が止む頃には鏡像は消えていた。
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