第17話 邂逅
家に帰って数時間が経過し、日が沈みかけた頃、董雅のスマートフォンに山路から緊急連絡が入った。
『克巳! 鏡像絡みの事件だ!』
この頃から鏡像は存在しており、董雅達県警は鏡像絡みの事件が起こっていることを既に把握していた。
「すぐに行きます! 場所は!?」
死体発見場所は比較的近所だった。細道であるため、車を出すよりも走っていった方が早いと考えた董雅は、警察手帳とスマートフォンを持って家を飛び出した。
走る董雅は、理由は分からないがなぜか胸騒ぎがしている。少し、また少し現場に近付くにつれ、その胸騒ぎは大きくなり、徐々に恐怖へと変化していく。
そして現場を目前にして、董雅は胸騒ぎの正体に気付いた。
この道は小夜の自宅付近に繋がっており、小夜は出かける際によくこの道を通る。即ち、今日も間違いなくこの道を通っている。
「山路さん!」
「克巳……一旦止まれ!」
「っ!!」
山路の力強い声に圧倒され、若干怯みつつ董雅は足を止める。
「克巳は見ない方がいいかもしれない……」
「……小夜、ですか……?」
董雅は自分の脚が震えていることに気付いた。頭では必死に仮定を否定するが、身体は既に察して仮定を肯定している。その表れである。
「小夜なんですよね……山路さん!」
董雅の問いに、山路は唇を噛みながら小さく頷く。
「会わせて下さい……小夜に会わせて下さい!」
「……俺は1度止めた。だが克巳、お前は俺の忠告を無視した。彼女の姿を見て絶望しても、俺はその責任を負わない。それでもいいのか?」
「構いません……寧ろ、彼女の最期の姿を見て、彼女の死を受け入れたいんです」
「……来い。まだ誰も遺体には触れちゃいない」
董雅は加速する鼓動を感じながら、震える脚で小夜へ歩み寄る。
「……っ!!」
水が枯れた側溝に小夜の亡骸はあった。その死に様は今まで見てきたどんな変死体よりも残酷で、目を覆いたくなる程の状態だった。
「なんで……こんなことに……」
小夜の口からは大量の湿った土が溢れており、鼻腔からも土が零れている。そして何よりも目を引くのは、小夜の腹部。小夜の腹は不自然に膨らんでおり、今にもはち切れそうな程に何かが詰まっていた。
膨らんだ腹の中に詰まっているのは土。胃から口にかけて、ぎっしりと土が詰まっている。
死因は食道を土で塞がれたことによる窒息死だと考えられるが、人間にはこんな芸当はできない。
相当苦しんだのだろう。小夜の頭部には血が溜まっており、血走った眼球は飛び出しかけていた。そして苦しんだ挙句の行動だろうか、小夜は自らの首を掻き毟り、爪の中に剥がれた皮膚と乾いた血液が入り込んでいる。
「誰だ……誰の鏡像がこんな惨いことをした!!」
土属性の鏡像の仕業である事は分かっている。問題なのは、誰がやったか。誰の鏡像がやったかである。
小夜ならば犯人を知っている。しかしもう小夜は死んでいるため、犯人の手がかりを掴むことは困難に思われた。
「……そうか……お前が殺したのか……」
手がかりは無い。しかし董雅は気付いた。小夜を殺した犯人の正体に。
小夜の近くにパトカーが停まっている。まだ夕方であるため、日光を浴びた車体の表面は鏡の役割を果たす。
無論、車体には董雅が映っている。しかし、そこに小夜は映っていなかった。角度の問題でも、映る場所の問題でもない。そこから導き出される答えは、小夜の鏡像が自立して実体の小夜を殺したということ。
「……殺す……」
最愛の人物を殺したのは、最愛の人物の鏡像。
最も憎むべき存在は、最愛の人物。
殺すべき存在は、小夜と同じ顔の怪物。
「殺してやる……!!」
小夜を殺したのは小夜。憎むべきは小夜。殺すべきは小夜。
「絶対に! 殺してやる!!」
正義感溢れる董雅の透明な心。その心の中に怒りや悲しみといった濃い色の色水が幾つも注がれ、徐々に透明な心は濁っていく。最終的に汚水並に濁った水は心から溢れ、心の表面を覆った。
◇◇◇
小夜が死んでから1年が経つ。あれ以降董雅の心は濁ったままであり、未だに小夜の鏡像を見つけられていない。
他の戦士に既に殺された可能性も十分ある。しかし董雅は、鏡像の行方を突き止めなければ死ねないと考えている。
「俺みたいな心が穢れた人間……幸せになれませんよ」
「克巳……言っておくが、例の鏡像見つけても自殺なんてするんじゃないぞ。お前が死ねば、県警は鏡像を追えなくなる」
「心配しないでください。仮に俺が居なくなっても、始君と"璃乃ちゃん"……2人以外にも、きっと戦士は居ますから、戦いはいつか終わります」
他にも戦士は複数人存在している。しかし董雅が死ねば、県警は鏡像に対応できる唯一の存在を失うことになる。刑事ではない別の戦士の力を借りなければいけない。
事件解決のために探偵の力を借りることはある。無論、戦士も例外ではない。しかし部外者の力を借り続ければ、警察としてのプライドは失われる可能性がある。
「克巳……」
山路はこの1年間、幾度となく董雅の闇を見てきた。とは言え今日は少し酷く、ここまで自虐的な一面を見せるのは初めてである。
山路は察した。董雅は小夜の死から1年が経つにも関わらず、未だに小夜の仇が取れていないことを焦っている。加えて、自分に苛ついているのだと。
「いけない子だね、董雅君……」
「「っ!!」」
ここは警察署であることから完全に油断していた。加えて、ここは喫煙所。鏡面から漂う特有の焦げ臭さはタバコの煙に紛れていた。
「実体の私が死んだから、吸えもしなかったタバコに手ぇ出しちゃって……実体の私がいないとダメ人間になっちゃうんだね」
「お前……!!」
喫煙所はガラス張り。光が当たることで、ガラスの表面は鏡の役割を果たす。
董雅と山路の背後、そこには映るはずのない女性が映っている。しかもその女性は、董雅と山路のよく知る人物だった。
そう、小夜の鏡像である。
「小夜が死んだからだと……? 殺したのはお前だろ!!」
董雅は自身の鏡像に手をかざし、鏡像を
鏡像から生まれた刃は鏡をすり抜けるため、ガラスを直接傷付けることはない。しかしそんなことを知らない山路は焦り、飛んでこない破片を恐れて喫煙所の外へと急いで逃げ出す。
「お前が殺したんだ……お前が!!」
刃はガラスをすり抜け、鏡像の小夜を攻撃する。
「……そうだよ。私が殺した」
鏡像の小夜は腕に大量の土を纏わせ、董雅の刃を防いだ。腕の土の密度は極限まで高くなっており非常に硬い。故に董雅の刃すらも防ぐ。
「なぜ……
「人を減らすためだよ。董雅君の鏡像から聞いてないの?」
「なぜ減らす必要がある!」
「この世界を良くするために決まってるでしょ。この世界には不要な人が多すぎる。不要な人間だけでも減らせば、今よりかはマシな世界になるって気付いたの」
小夜は鏡の外へと出てきた。
鏡像の小夜は、実体の小夜とは鏡写しの姿をしている。分け目も違う。ホクロの位置も違う。利き手も違う。全てが違う。
しかし逆向きであるだけで、今目の前にいるのは小夜そのもの。実際にその姿を見た董雅は、僅かだが刃を向けることを躊躇った。
「ふふ……董雅君、今すっごい悲しそうな
鏡像である小夜は、実体として鏡の外に出ても鏡には映らない。戦士も同様であり、自身の鏡像を武器にすれば戦士は鏡に映らなくなる。
鏡に映らない怪物。しかし戦闘時に関しては、実体の人間である戦士達も鏡に映らない怪物。
怪物扱いされる自分と同じじゃないかと言わんばかりに、小夜は嘲笑うような表情で董雅を見つめる。
「鏡に映らないなんて……私と一緒だね。と・う・が・く・ん♡」
「俺をそう呼んでいいのは小夜だけだ……怪物! お前を殺す!!」
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