第14話 双子

 ある日双子の少年達は、公園で双子の少女達に出会った。4人はすぐに仲良くなり、小学校、中学校、高校と、関係に亀裂が入ることなく高校を卒業した。

 少年達も少女達もそれぞれ二卵生双生児であり、双子であっても顔は似ていない。しかし思考だけは似ている。

 社会人になり、少年Aは少女Aと、少年Bは少女Bと交際を始め、各々幸せな毎日を過ごした。4人は旅に憧れていたため、仕事の休みを利用してよく旅にも行った。

 そして交際を始めて暫くした頃、少年AとBは同時にプロポーズ。2人のプロポーズは成功し、双子の兄弟と双子の姉妹は同時に結ばれた。

 結婚前に、姉妹はそれぞれ子供を身ごも り、兄弟は生まれてくる子供と自分達の幸せのために必死に働いた。


 しかし、悲劇は突然起こった。


 路上に子供がいた。少年Bは特に気にかけることなく道路沿いを歩いていたが、子供に近付く暴走トラックに気付き少年Bは路上に飛び出し、子供を突き飛ばした。

 子供は守られたが、少年Bは死んだ。


 病院内を歩いていた少女Aが階段に差し掛かった際、患者同士の喧嘩を目撃。正義感の強い少女Aは仲裁に入るが、激昴した患者に突き飛ばされ階段から落下。

 打ち所が悪く、少女Aとお腹の子供は死んだ。


 結婚直前に2人の訃報を知らされた少年Aと少女Bは、人生最大の悲しみと絶望を味わった。

 遺書も、遺言も、何も無い。突然いなくなってしまった。


 結婚相手を失った少年Aと少女Bは、互いに求め合うことで傷を舐め合った。そうするだけで、不思議と2人の悲しみは緩和された。

 少年Aは少女Aと、生まれてくるはずだった子供を失った。少女Bは少年Bを失ったが、身ごもった双子は生きている。


 元々思考が似ていた少年Aと少女Bは、互いの悲しみを癒し、且つ互いに幸せになる妥協点に辿り着いた。

 少年Aは弟の代わりに、少女Bは姉の代わりに、この人と幸せを育むと。


 後に少年Aと少女Bは結婚し、少女Bは出産。産まれてきたのは双子の姉妹。姉妹であることは分かっていたため、少年Bと少女Bは既に名前を決めていた。

 双子の姉は藍蘭と名付けられ、妹は藍楼と名付けられた。


 さらにその後、少女Bは少年Aの子供を授かり、僅か2年後に男の子を出産。

 その子供には、本来少年Aと少女Aの子供に付けられるはずの名前が与えられ、李亜と名付けられた。


 3人の子供の母は同じ。しかし父が違う。故に藍蘭と藍楼は似ているが、姉妹と李亜は似ていない。


 両親は3人の子供を平等に愛した。子供達を愛するはずだった2人の分も愛した。

 しかし両親にはやるべき事があった。それは、死んでしまった2人に代わり、旅をすること。2人が行けなかった場所に行くこと。

 3人の子供が大きくなり、自分達だけの力で生きられるだけの力を得たと確信した両親は、不定期で旅に出ることにした。事情を知っている3人の子供は両親の行動に疑問を抱かず、非難することもない。


 そして今も、子供達は3人で生きている。


 ◇◇◇


「あ、これなんていいんじゃない?」

「ん? お、いいじゃん!」


 私服に着替えディスカウントストアに来た3人は各々別行動になり、藍蘭と藍楼はそれぞれコスプレ衣装を見ていた。

 その途中、藍楼は丈の短いナース服を見つけ、藍蘭の賛同も得たため購入が確定した。因みに購入数は2着。藍蘭と藍楼の2人が着用するためである。


「じゃあこれに決めて……他に何かいるかな?」

「大丈夫でしょ。早く李亜と合流して、お蕎麦食べに行こ」

「だね。とりあえず李亜探そう」


 藍蘭と藍楼は店内のどこかにいる李亜を探す。しかしなかなか見つけられず、2人は少し焦る。そして恐らく居ないであろうと考えていた入口付近に向かった時、ようやく李亜を見つけ出した。


「李亜、何か買うものある?」

「特に無いかな。お腹すいたし、さっさと会計すませようよ」

「よし! じゃあレジにれっつごー!」


 レジに向かい、会計をするため品を置く。

 その際、レジ担当の女性店員は驚愕した。高校生くらいの女子2人がコスプレ用のナース服を各々買い、その2人に中学生くらいの男子が付き添っている。

 3人は肉体関係にあるのか。或いは3人は姉弟なのか。女性店員は一瞬のうちに考えたが、結局答えを出せぬまま悶々としながら会計を進めた。


「さ、次はお蕎麦屋さんにれっつごー!」


 李亜達は自転車に乗り、自宅の近くにある蕎麦屋へと向かう。

 藍蘭が先頭を走り、藍楼と李亜が後ろに続く。李亜が先頭だとペース配分を誤り、藍蘭と藍楼を置いていく可能性があるが故の配置である。

 決して並走はしない。故に会話も殆どしない。加えてスピードも出さない。霞家姉弟は、公共交通機関利用時のマナー遵守だけでなく、安全運転も心がけている。

 さらに地域のゴミ出しのルールの遵守は勿論、地域住民による清掃や行事にも基本的に参加しており、霞家の評判はとても良い。寧ろ霞家を悪く言う人間がいれば、町ぐるみでその人間は制裁を受ける。


「いらっしゃい」


 3人は目的の蕎麦屋に到着し、入店した。3人は壁で囲まれたテーブル席に案内され、テーブル席入口の暖簾が下げられた。


「さて、何食べよっかな~」

「李亜は何食べたい?」


 メニュー表に目を通す3人は、各々食べたいものを決める。


「山かけ蕎麦にする」

「精のつくもの!? だったら私も山かけにしよっかな~」

「いや、普通に食べたいもの食べなよ」


 李亜に言われ、藍蘭と藍楼は再度メニューに目を通す。しかし李亜がとろろを食べるということに若干興奮しつつあった2人は、山かけ以外のメニューが目につかなくなってしまった。


「やっぱり私も山かけ蕎麦にする」

「私も~」

「……まあ、2人がいいなら……」


 李亜は店員を呼び出し注文を確定。品が到着するまでの間を縫うため、3人は学校での出来事などの話をする。

 暫く経った頃、入室した店員がテーブルに品を並べ始めた。そして町での評判が良い霞家は、意外な所で日頃の行いの見返りがやってきた。


「こちら、店主からのサービスです」

「「「えっ!?」」」


 店員は誰も注文していない海老の天ぷらをテーブルに置き、その店員の後ろから店主が顔を出した。


「覚えてますか? 俺は以前、お客さんに救われたんです」

「……あ!」


 話は4ヶ月程前に遡る。

 初夏の空の下、蕎麦屋店主は水分補給を忘れて熱中症になった。携帯を家に忘れ、加えて手には重い木材。喉もカラカラで助けも呼べない。さらに近道として人通りの少ない裏道を使ったがため、誰も店主を見つけてくれない。


(せめて……何か飲めれば……)


 何度も死が脳内を過ぎった。何度も死にたくないと願った。しかし身体は動かず、暑さで身体は疲弊する一方。

 そんな時、偶然裏道を使っていた李亜が店主を見つけ、買ったばかりの清涼飲料水を開けて店主に飲ませた。

 水分を補給できた店主は僅かながら体力が回復し、李亜が呼んだ救急車の世話になったが、2日間の入院で店主は退院、復帰できた。


「俺にはこれくらいしかできないっすけど、これからも来てくれた時にはサービスしますぜ」


 店主は帽子をとり、李亜に頭を下げた。


「あの時は、本当にありがとうございました」

「……俺は飲料水飲ませて、救急車呼んだだけです。感謝される程のことをやった覚えはありません。だから頭上げてください」

「っ! お客さん……あなたは俺が今まで会ってきた人間の中でも、一番いい人だ……!」


 店主は目から溢れる涙を袖で拭い、顔を上げて李亜と再度対面した。


「お客さん、名前……教えてくれやせんか?」

「……霞、李亜です」

「霞さん……覚えやした! じゃあ霞さん、俺の打った蕎麦、食べてくだせぇ!」


 店主と店員は颯爽と立ち去り、さながら嵐が過ぎ去った後のような唐突な静けさに霞姉妹は呆然とした。


「李亜、人助けなんてしてたの?」

「すっかり忘れてたけどね。ほら、早く食べよう」


 3人は箸をとり、同時に「いただきます」と言った後、蕎麦と天ぷらを食べ始めた。


「うん、美味しい」


 微かに聞こえた李亜の「美味しい」という発言を受け、店主の目からは再び涙が溢れた。

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