第13話 姉弟

 高校2年生の詩織しおりは、教室の窓から外を見つめる。

 雨上がりのアスファルトの匂いが乗った風が窓を通り、詩織の黒いサイドテールを揺らす。


「雨、止んだみたいだよ」


 その報告を受けて、クラスメイトのかすみ藍蘭あいらは安堵のため息を吐いた。


「よかったぁ……傘持ってないから帰る時どうしようかと思ったよ」

「ほんとよ。1発すごい雷落ちたしね」


 昼休みが終わる少し前。どこかで落雷が発生した。雷から発せられた紫の光と轟音は学校にまで届き、生徒達は皆驚いた。

 原因は、摩耶が戦闘時に発動した「雷神之咆哮」であるが、無論誰も原因を知らない。


「雨も止んだし、藍楼あいるも連れてどこか遊びに行く?」

「今日はダーメ。お出かけするから、学校終わったら大人しく帰る」


 藍蘭には藍楼という双子の妹がいる。藍楼は隣のクラスに在籍しており、詩織とも面識がある。

 2人の顔は殆ど一緒で見分けがつきにくいが、藍蘭はストレートロング、藍楼はロングツインテールで髪型を固定している。加えて藍楼はメガネを掛けているため、基本的に友人から間違われることはない。


「お出かけ……あ、まさかこの前の彼氏と?」

「彼氏?」

「ほら、楽しげに街歩いてたじゃん。ちょっと身長低めの男の子と」

「……あぁ……あれ彼氏じゃないよ」


 身長低めの男の子と楽しげに街を歩いていた。そのワードで、藍蘭は詩織の言っている相手が理解できた。


「弟の李亜りあ。可愛かったでしょ?」

「あー、あの子が李亜君?」


 双子の藍蘭と藍楼には、李亜という中学生の弟がいる。母親似の双子に対し、李亜は比較的父親に似ているため、並んで歩けば確実にカップルに間違われる。

 因みに李亜は中性的な顔立ちをしており、髪型次第では男性にも女性にも見える。

 詩織は以前から藍蘭経由で李亜の存在を知っている。しかし実際に見たことは無いため、藍蘭と並んで歩く姿を見てもそれが李亜だとは分からなかった。


「藍蘭んとこは仲良さそうだね。他の兄弟持ちの話聞く限り、あんまし仲は良くないと思ってたんだけど」

「愛が足りんのよ。私達姉弟はマジな喧嘩なんてしないし、もうずっと仲良いよ」


 霞家姉弟の仲の良さは藍蘭の誇大妄想ではなく、他の家の兄弟と比較してもその仲は異常な程良い。


「でも李亜君も中学生だし、思春期真っ盛りじゃん? んで、お父さんとお母さんは旅に出てる……女子高生2人と過ごすのはなんとも無いのかな?」


 霞家の両親は旅好きであると同時に相思相愛であり、通学中の子供達を家に置いてよく夫婦で旅に出る。現在も旅に出ており、4日前から家を空けている。

 しかし家族間の仲が悪い訳ではなく、子育てや家族間交流にも抜かりはない。証拠に旅の土産は忘れず、旅に出る際は子供達の写真を持ち歩いている。

 因みに母は、旅に出た際に旅ブログを更新しており、意外な額の収入を得ている。


「大丈夫大丈夫。李亜はその辺の童貞と違って性の捌け口がいるから。姉弟間で気不味くなることはないよ」

「……もしかして李亜君には彼女がいるとか?」

「まあそんなとこ」


 性の捌け口というだけで李亜に彼女がいるのではないかと決めつけた詩織だが、あながち詭弁ではないと取れる藍蘭の返答に言葉を詰まらせた。

 そして言葉に詰まる詩織を救済するかのように、休み時間の終わりを告げるチャイムが響いた。


「……ま、まあ、姉としてはちょっと複雑だろうけど、李亜君も年頃の男の子だし……彼女くらいいてもおかしくないよね!?」

「う、うん。なんで突然そんな挙動不審なの?」

「なんでもないよ!? さ、6時間目始めましょ!」


 なぜか他人である詩織が李亜とその彼女について気になってしまい、ついつい挙動不審になってしまった。

 とは言え、別に李亜に対して恋愛感情を抱いているだけでなく、仲睦まじい弟に彼女ができたという藍蘭の複雑な心境に勝手に同情してしまった。


(まあ……彼女じゃないんだけどね)


 ◇◇◇


 6時間目の授業とホームルームを終え、生徒達は帰宅の準備を進める。


「そんじゃね藍蘭」

「うん、また明日」


 詩織と藍蘭は手を振り合い、教室内で別れた。

 教室の出口に差し掛かった詩織の目の前に、メガネを掛けたツインテールの藍蘭、もとい藍楼が現れた。メガネを掛けているとは言え、2人の顔は殆ど一緒である。


(やっぱ似てるな……)


 そこまで面識がない詩織と藍楼は何も言葉を交わさず、そのまますれ違う。


「藍蘭、帰ろ」

「うん」


 藍蘭はバッグを持ち上げ、藍楼と共に教室を出た。


「李亜、もう帰ってるかな」

「今日は部活で集まりがあるって言ってたから、まだ帰ってないと思うよ」

「あ、そうか~……」


 廊下を歩き、階段を下り、校門を出て駅に向かう。その間2人は会話をしているが、その内容の殆どが李亜の話だった。

 駅に到着すれば、ICカードで改札を抜けて10分後に来る電車を待つ。電車を待つ間も2人は李亜の話に花を咲かせ、そのブラコンっぷりに聞き耳を立てていた別のクラスの生徒は顔を熱くしていた。

 電車が到着すれば2人の会話は一旦止まり、乗車後は黙る。一応公共交通機関を利用する際のマナーは弁えているようだ。

 2人はいつものように車窓を覗き、移り行く景色を楽しむ。何度も見てきたはずなのに、その景色に飽きる気配はない。

 乗車時間約10分。自宅の最寄り駅に到着すれば2人は下車し、再びICカードで改札を抜ける。


「そうだ、今日の晩御飯何する?」

「んー……何する?」


 2人は悩む。

 今日はこの後、李亜を含めた3人で買い物、外食をする予定である。しかし買い物に行く場所だけ決めて、どこで外食するかは決めていない。


「……あ、じゃあさ……」


 ◇◇◇


 市内の中学校に通う李亜は放送部に所属しており、3年生の李亜が部長を務めている。

 今日は部員全員が集まり、部員同士の交流を兼ねた部室の掃除を行っている。とは言え部員同士は既に仲が良く、加えて清掃箇所も多くはないため、寧ろ雑談がメインになっている。


「部長~、そろそろ帰りませ~ん?」

「んー……だな、帰るか」


 李亜の「帰るか」という発言を聞いた部員達は掃除道具を片付け、数十秒で帰宅の準備を終わらせた。


「李亜、この後ウチ来ない?」

「悪い、今日は買い物に行くんだ。大人しく帰る」

「ちぇー。折角この前のリベンジしようと思ったのに」


 この友人は以前李亜とカードゲームで対戦した際、デッキの完成度の差で大敗を喫した。それ以来この友人は李亜へのリベンジを試みているが、なかなか互いの都合が合わないため少しイライラしている。

 とは言え2人の中に亀裂が入ることは無く、寧ろ本気で戦い合える存在として互いを親友として認めている。


「俺のデッキに勝てるのか?」

「負かせてやるよこの野郎」


 帰宅の準備を終えた李亜達は部室を出て、部室前で解散。各々玄関に向かい、それぞれの学年が主に利用する校門まで向かった。


「あれ?」


 李亜の視線の先、校門付近に藍蘭と藍楼が立っていた。


「李亜~!」

「迎えに来たよ~!」


 李亜に手を振る2人の女子高生を見て、李亜と同タイミングで玄関から出た生徒達は一斉にざわつき始めた。


「霞! あの人達誰だよ!」

「彼女か!?」

「姉だよ。気にすんな」


 李亜は他の生徒より一足先に校門に到着し、「じゃあまた」とだけ言い残して藍蘭と藍楼と共に自宅へと向かった。

 その間呆然と玄関に立ち尽くす生徒達が教職員により目撃されているが、生徒達が黙秘権を行使したため原因の特定には至らなかった。


「どうせ一旦家帰って着替えるんだし、わざわざ来なくてもよかったのに」

「たまには姉弟仲良く帰りたいなーって思って」

「ついでに今日の晩御飯どこで食べたいか決めたくて」


 霞姉妹来訪の理由は予想通りつまらないものであり、李亜は呆れたと言わんばかりにため息をついた。


「まあ別にいいけど……」

「照れちゃって可愛い♡」

「李亜は晩御飯どこで食べたい?」

「ん~……蕎麦食べたい」

「決まり。じゃあ買い物終わったらお蕎麦食べに行こ」


 夕飯に何を食べるか。そんなことを話しながら下校をする3人は、なんとも仲睦まじい姉弟に見える。しかし実際には、3人は本当の姉弟ではない。

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