第11話 雷鳴
摩耶にとって体育の授業は、鬱憤やストレスの発散要素。
今日は3時間目に体育がある。外でテニスをする予定であった摩耶は朝から機嫌が良く、前日の夜からテニスのイメージトレーニングをしていた。
とは言え前日の夜中から生憎の曇天。降水確率は50パーセント。降るか降らぬかも分からない天気だが、摩耶は雲が晴れて外でテニスを楽しめると信じていた。
しかし体育が始まる数分前に雨が降り始め、テニスは中止となった。
「運悪すぎでしょ……」
体育館でバスケットボールをすることとなった摩耶達。中止にならなかっただけ良かったが、摩耶は自らの運の無さを嘆いていた。
摩耶は昔から運が悪い。入学式や卒業式といった行事はほぼ確実に雨。修学旅行や遠足の直前に体調を崩すこともよくあった。
事ある毎に不運を発揮する摩耶。今日も楽しみにしていたテニスが中止になり、今こうしてクラスメイトがバスケットボールをしているところをただ眺めている。
「はぁ……つまんない……」
◇◇◇
体育が終わり、摩耶達は教室に戻る。各々制服に着替え、教室中に制汗剤の匂いが充満する。
そんな中、いち早く着替えを済ませた摩耶はスマートフォンを手に取り、アプリを開ける訳でもなくただただ壁紙を見つめて興奮している。
摩耶の奇行に気付いた友人は歩み寄り、摩耶の後ろからスマートフォンの壁紙を確認する。
「誰それ、彼氏?」
「弟」
摩耶は自身のスマートフォンの壁紙に、隠し撮りした始の寝顔写真を設定している。因みにこの寝顔写真は夢奏も所有しており、始は壁紙のこと以前にそんな写真のことすらも知らない。
「……弟の写真壁紙にしてるの?」
「そうだけど……何か変?」
その友人は知らなかった。摩耶が重度のブラコンであることを。
摩耶と始は血の繋がった実の姉弟。しかし始に対して抱いている摩耶の愛は姉のそれを軽く凌駕しており、最早恋人のように思っていると言っても過言では無いのかもしれない。
「因みに弟くんは何歳なの?」
「16」
「うわぁ……超ブラコンじゃん。普通その年の男兄弟は愛せないよ」
漫画やライトノベル、アニメの中では、血の繋がった妹や弟を愛するといった展開はよくある。この友人もそういった作品はよく知っているが、さすがに2次元と3次元で線引きはしている。
「……弟愛して何がいけないの?」
「いや別にいけない訳じゃないけど……うん、とりあえず弟くんが大好きなのは伝わったよ」
摩耶のブラコンは治療不可能であることを察した友人は、摩耶の考えを尊重した上でこの話題を終わりへと向かわせた。
「でも良かったじゃん。今日は午前授業だし、あと1時間耐えれば弟くんに会えるよ」
「1時間耐えても始の学校は普段通りだから……帰っても家に居ない」
「あ……ま、まあ! お出迎えできるんだしいいんじゃないかな!」
「……そう考えれば、まあいいかな。いっその事、始のベッドの中で待ってようかな。無論裸で」
摩耶の本気の発言には、さすがの友人も苦笑いだった。
◇◇◇
4時間目が終わり、摩耶の学校の生徒達は一斉に下校を開始した。
しかし摩耶は1人、傘をさして校門から出ていく生徒達の群れを見つめる。そう、摩耶は傘を忘れた。
(……走って帰るか)
摩耶は家までの最短ルートを脳内で検索し、深呼吸をした後に屋根のある玄関から走り出た。
しかし打ち付ける雨は予想以上に強く、雨の向きを変える風は冷たい。加えて雲行きは雨以上に悪く、学校から出て僅か2分弱で上空に稲妻が走った。
足場も悪く天気も悪い。控えめに言っても最悪としか表現できない状況である。
(天気……というか、運悪すぎ……ん?)
雨の中突き進む摩耶の進行方向に、傘もささずに路上に尻もちを着く女性がいた。女性は何かに怯えた様子で、自身の視線の先にある公園を見つめている。
「まさか鏡像……!?」
女性が怯えている対象が鏡像であると仮定した直後、女性の首は雨に紛れた水の刃に切り落とされた。女性の頭部は地面に当たるが、その音は雨音にかき消されて聞こえない。
切断面からは血液が噴出し、女性の周囲に文字通りの血の雨を降らせる。そしてその様子を嘲笑うかのように、死角から現れた女性の鏡像が実体の女性の遺体を見下す。
「ほんっと運悪い……こんな足場が悪い時に
女性の首が取れる瞬間を見ていたにも関わらず、摩耶は顔色一つ変えずに鏡像へ歩み寄る。
相変わらず雨は強く、水溜まりができるどころか路面は浅い川のように雨水が溢れている。摩耶は転ばぬよう慎重に、且つ鏡像に自分の存在を示すべく、敢えて大きめに足音を立てて歩く。
「見られてたか……なら殺すしかないよね!」
鏡像は近付いてくる摩耶に手をかざし、鏡像の足下の雨水が刃の様に変化。水の刃は摩耶に鋒を向け、鏡像の殺意に呼応して摩耶へと加速、直進した。
「……遅い」
しかし水の刃は摩耶に届く寸前に消滅、否、蒸発した。
そして鏡像は信じ難く、尚且つ理解し難い現象を目の当たりにする。
「2人になった……いや、鏡像!?」
歩み寄る摩耶の隣に、突如もう1人の摩耶が現れていた。人間を殺したいという思考の元鏡から出てきた鏡像は、人間を守るために鏡から出てきた摩耶の鏡像の思考が信じられなかった。
しかし鏡像にはもう1つ分からないことがあった。それは、摩耶の鏡像がどこから現れたのか。
角度的に、自分が出てきた鏡には摩耶が映らない。故にその鏡からは出てこれない。とは言え摩耶の周囲には鏡が見当たらない。
始のように手鏡を持っている訳では無い。董雅のようにスマートフォンの画面を鏡にした訳でも無い。にも関わらず、摩耶の鏡像は実体の隣に立っている。
「そうか、あいつ……!」
遅かったが鏡像は気付いた。
天候は雨。昼間であるため、空は雲に覆われていても僅かな日光が地表を照らしている。日光が、路面に溜まる雨水を照らしている。
川のように溜まった雨水は日光に触れ、ガラスを必要としない即席の鏡を生み出していた。摩耶は水面に映る自分に気付き、攻撃の直後に水面から鏡像を出現させた。
「水属性だよね、今の攻撃から察するに」
摩耶は自らの鏡像に手をかざし、鏡像は紫の光を発すると共に摩耶の手元へ移動する。
鏡像は日本刀を模し、摩耶は鋒を敵の鏡像に向ける。
「あなたは、私以上に運が悪い」
手元の光が消え、摩耶の鏡像は紫色の刃が特徴的な日本刀に変化していた。
「鏡像を武器に!? あんた一体何者!?」
「ただの人間。ちょっとばかし鏡との親和性が高いだけ。ところで、もう帰りたいから……終わらせていいよね?」
摩耶は鋒を鏡像ではなく天に向け、大きく息を吸い込んだ。
「
摩耶が叫ぶと同時に上空で雷鳴が轟き、轟音と共に紫色の雷が鏡像に直撃。鏡像は断末魔も発することができず、全身が黒焦げになって死んでしまった。
「私が雷属性じゃなければ、あなたにも勝機はあったかもね」
摩耶は日本刀を水面に投げ、日本刀は摩耶の鏡像に戻った。そして摩耶は警戒することなく焼死した鏡像の横を通り、再び帰路についた。
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