第9話 根源
脇道に設置されたカーブミラー。その道は普段から人の通りが少なく、今も誰も通っていない。
しかし恐らく、少し前にその脇道を誰かが通り、カーブミラーに鏡像が残留したのだろう。カーブミラー内には映るはずのない誰かが映っており、鏡の外へ出ようとしている。
始と董雅はほぼ同時に走り、カーブミラーから降り立った成人男性の鏡像を2人同時に蹴り飛ばした。
直後、2人はカーブミラーに手をかざし、鏡像の2人が武器となりそれぞれの手中に収まった。
「そうか……学校に現れた鏡像を殺したのは君か!」
「そうです。それより今は、あいつの駆除が先です」
「ああ、やろう!」
向かってくる始と董雅に気付き、鏡像は咄嗟に右手を突き出した。
突き出された右手からは氷の礫が幾つか射出され、董雅は被害を拡大させぬために礫を全て刀で弾き落とした。
「氷はお前より……」
始は右足を横向きにしてブレーキをかけ、銃口を鏡像に向けた。
「俺の方が上手く使える!」
トリガーを引き、青い銃弾を放つ。銃声の直後、鏡像は分厚い氷の壁を出現させて銃弾を防いだ。
しかし銃弾が氷の壁に穴を穿った直後、、鏡像は気付かされた。始が氷属性であると。
貫け。始が脳内でそう叫んだ瞬間、氷の壁に残留していた筈の銃弾は消え、氷の壁の一部が巨大な
氷属性の銃弾は氷の壁に防がれたように見えたが、銃弾は鏡像が出現させた氷の壁と融合し、壁の主導権を鏡像から奪った。
鏡像により作られた氷の壁は、既に始の自在に変化できる。
透明だった氷柱は血で赤く染まり、貫かれた挙句氷に張り付いた腸が体外に引き出されている。
鏡像は血反吐を吐き、一瞬で身体の力が抜けた。故に、油断が生まれた。
「終わりだ!」
始が新たに作り出した氷を足場として壁を飛び越えた董雅は、鏡像の脳天に灰色の刃を振り下ろした。
刃は鏡像の頭皮を斬り、頭蓋骨を貫き、脳を両断。そのまま頭部、首、胸部を縦に両断し、胴体を貫いた氷柱に当たり刃は止まった。
「……弱い。なんかつまらないな……」
始はカーブミラーに銃を投げつけ、銃は波打った鏡に吸い込まれた。
鏡像が死に、始が銃を鏡の中に戻したことで、鏡像の死体も氷の壁も消滅した。
「……まさか始君まで戦士だったとはね。そうならそうと言ってくれればよかったのに」
「言えるわけないでしょ」
「まあそうだよね……なあ、あの日起こったこと、真実を聞かせて欲しい。とは言えこれは任意同行だ。ただもし話を聞かせてくれるのであれば、奢るからどこかで落ち着こう」
始は少し考えたが、董雅が悪い人間でないことは既に気付いているため、任意同行を断る必要は無いと判断した。
「分かりました。夢奏にも本当のことを話すよう促します」
「ありがとう。なら早速、俺行きつけの喫茶店に行こうか」
◇◇◇
董雅に案内された喫茶店は街中にある。とは言え裏路地にひっそりと佇んでいるため陽の光はあまり浴びず、恐らくは知る人ぞ知る店なのだろうと夢奏と始は察した。
実際、客の殆どが常連客であり、さらにその半数程は一般人ではない。
「いらっしゃいませ」
「どうも。VIPルーム空いてます?」
「空いてますよ。どうぞご利用ください」
店内は至って普通の喫茶店であるが、日陰であり窓がないため店内は少し暗い。しかしその暗さが逆に店の良さを引き立て、それに加えて店内に流れるクラシックと相まって、初来店の夢奏と始もすぐに落ち着けた。
董雅は2人を引き連れ、カウンター近くに掛けられている洒落た暖簾をくぐる。暖簾の向こうにはL字の廊下があり、廊下を渡った先には「VIP」と書かれた木製のドアがある。
そのドアを開け、3人はVIPルームに入った。
VIPルームには高級感のあるテーブルと左右にソファが置かれており、テーブルには喫茶店のメニューが立てかけられている。
「好きなものを頼むといい。遠慮はしなくていいから」
先に董雅が左側のソファに座り、それに続いて夢奏と始もソファに座った。董雅が差し出したメニュー表を受け取った始と夢奏は2注文の品を決め、店主を呼び注文の確定をした。
夢奏はアイスカフェオレとチョコレートケーキ。始はアイスコーヒーのみ。董雅はアイスココアとレモンパイを注文。各品が届くまでの間、3人は先日の出来事についての話を進めた。
「どこから話しましょう」
「そうだね……いや、特に指定はしない。先日話してくれた部分の真実であればそれでいい」
「じゃあ、私から……」
夢奏が挙手をし、当時の出来事を覆い隠さずに話し始めた。
「あの日私は、トイレで死んだ2人に恐喝されてました」
「恐喝?」
「……夢奏が俺と一緒に居ることが気に入らないって、前日にも恐喝……というか平手打ちされてました」
夢奏が過去に家庭内暴力を受け、クラスメイトからも虐められていると知り、董雅は無言で夢奏の圧倒的不運に同情した。
同時に、また女子生徒が夢奏を恐喝していたことを知った始は苛つき、女子生徒AとBをいっそ殺したいと考えた。既に鏡像により殺されているのだが。
「恐喝の最中、突然鏡に違和感が現れて、鏡像が鏡の外に出てきて……2人は殺されました」
2人の女子生徒が死んだ瞬間の光景が過ぎり、夢奏の顔は曇った。夢奏にとっては特に吐き気を催す程の光景ではなかったが、当然いい気分でもない。
「俺はその頃、前に話した通り夢奏を待ってました。その後トイレから悲鳴が聞こえて、不審に思って近付いてみれば……」
「鏡像が2人を殺していた、ということか」
「おまたせしました」
部屋のドアを開け、店主が注文の品をつくえに並べ始めた。
董雅の目の前にはアイスココアとレモンパイ。注文の際には特に気にならなかったが、実際に置かれるとやはり違和感がある。
何せ精悍な顔つきでスーツを着た成人男性がアイスココアとレモンパイをチョイスしている様は、夢奏も始も見たことがない。正直なところ面白いと思っているため、込み上げる笑いを抑えるため夢奏と始は唇を噛んだ。
「始君はアイスコーヒー、しかもブラック……大人だね」
「ブラック好きなんです。そう言う刑事さんはコーヒー飲まないんですか?」
「飲まないね。苦いの嫌いなんだ」
顔つきと味覚が反比例している董雅は、アイスココアを1口飲む。その様を見ていた夢奏と始は思わず失笑した。
「刑事さんって見た目に似合わず子供舌なんですね」
「最近の子が大人過ぎるんだよ。さあ、話を続けよう」
「学校の中捜索したんですよね。俺が殺したせいで、刑事さん達に無駄な仕事させちゃいました」
あそこで始が殺していなければ被害は拡大していたかもしれない。始の行動は決して間違っていなかったが、董雅達の時間を潰してしまったことに少しだけ罪悪感を抱いた。
「いや、捜索したおかげで別の鏡像を駆除できた。実は学校の近くに、もう1体鏡像が居たんだ。無駄なんかじゃなかった」
鏡像がもう1体居たことは始も知らない。しかし董雅により既に駆除が完了しているため、始は特に興味や関心を抱くことは無かった。
「……なんでこう周りに現れるんですかね……俺ならともかく、夢奏まで危険に晒してしまう。嫌がらせですかね?」
「ああ、嫌がらせだ。それに始君、1つ面白いことを教えてあげよう」
面白いこととは言っているが、恐らく面白い話題ではないのだろうと始は察した。
「ここ暫く、鏡像が主犯と思われる変死体が多く見つかっているが、見つかっているのはこの待だけなんだ。他県の警察からは鏡像が関係してるような報告も受けてないし、他の市の警察署からも報告は無い」
董雅達のように鏡像が関係しているであろう事件の捜査をしているのは、全国で董雅の所属する警察署のみ。同じ県でも地域が違えば、鏡像関連の事件は起こっていない。
上記の内容から、始は一瞬でその意味を理解した。
「……つまり、鏡像の根源が潜んでいる可能性がある、ってことですか?」
「あくまでも仮説だけどね。とは言えこの近辺でしか変死体が見つかっていないのは事実。根源がいると考えていいだろう」
鏡像を生み出し繁栄させている根源。それが人なのか鏡像なのかは分からないが、話の内容が全て仮説ではなく真実であれば、根源は高確率でこの地域のどこかに居る。
「根源を見つけてそれを叩けば、恐らく我々は戦いから開放される。
「根源を叩く、か……どこに居るんでしょうね」
「分からない。それ以前に、そもそも根源は存在しないかもしれない。存在していなければ、恐らく戦いは終わらないぞ」
董雅の一言で、始と夢奏の表情は固くなった。
始は知らない間に夢奏が鏡像に殺されるかも知れないと考え、夢奏は始が戦いの中で命を落とすかもしれないと考えている。互いが互いを心配し、2人は思わず机の下で手を握った。
「……俺、未確認生物とか宇宙人とかは信じないですけど、鏡像の根源だけは居て欲しいと思ってます」
「……同感だ。根源が居れば戦いを終わらせられるからね」
3人はいつ終わるかも分からない戦いの果てをイメージし、絶望に近い言い知れぬ感情を抱いた。
「……ご馳走様でした。夢奏、そろそろ帰ろう」
「うん……ご馳走様でした」
2人は注文の品を飲み干し、夢奏はチョコレートケーキの最後の一口を食した。
「気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございました」
2人は喫茶店から出ていったが、董雅は暫く店内に居座った。
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