第8話 帰宅
休み明けの学校。その日の朝に行われた全校集会では、死亡が確認された生徒A、B、Cを悼む黙祷が行われた。
同じ学校の生徒が死んだということは、他学年他クラスの生徒にとっては、全く関係の無い話。故に興味は持っても心から悼むことは無く、「早く終わらないかな」という雑念を抱いたまま黙祷を捧げていた。
しかし死んだ3人の生徒と同じクラスの生徒達は、興味無さげに黙祷を捧げる生徒とは違っている。
何せ死んだ3人はクラス内外でも常に一緒にいる、言わば仲良しグループ。加えて3人はクラスにとって「ただ鬱陶しくて五月蝿い連中」としか思われていない。
その3人が一斉に死んだことに対し、クラスメイト達の心境は悲喜交々。もう連中の馬鹿げた会話を聞くことは無いが、だからと言って死ぬ必要は無かったのではないか。そう思えば、騒がしかった3人組の居る教室の風景が懐かしく、そして恋しく思えてくる。
重苦しい空気に包まれた集会を終えた生徒達は、各々自分の教室へと戻る。
1年B組。夢奏と始が在籍し、死亡した生徒達が在籍していたクラスである。
教室内には体育館から持ち帰った重苦しい空気が漂っており、普段なら談笑しているグループも一切会話していない。
沈黙の中、生徒達の脳内は真っ白だった。虚無感に襲われ何も考えられないのだ。
その中で幾人かの生徒は、クラス全員で卒業しようと言っていた入学直後のホームルームを思い出した。入学してまだ半年程度。全員で卒業するという目標は、早くも失われた。
しかしただ2人、夢奏と始だけははっきりと意識を保っている。なぜなら、既に3人の死を受け入れているためである。
(あんな奴等、死んで当然だ)
始は3人の死を悲しんでいない。寧ろ当然の結果だと考えている。
何せ、3人は既に傷だらけの夢奏をさらに傷付けた。始にとっての害悪は夢奏を傷付ける存在であるため、それが人間であろうと鏡像であろうと始の敵。死んだところで悲しまない。
相変わらず教室内は静かだが、担任がドアを開けた音で沈黙は裂かれた。
「おはようございます……は、さっき言ったわよね。みんなに話があるの。教員朝礼で決まったんだけど、親しい人が亡くなったことでみんなは授業に集中できないだろうから……授業に参加したい人だけ残って、それ以外の人は帰っていいわよ。今回は特例で、欠席扱いにも早退扱いにもならないから」
特例で学校を早退してもいいと言われれば、普段であれば生徒達は喜んで早退している。しかし今回の特例は、B組の生徒達にはあまり喜ばしいものではい。
担任の言う通り、生徒達はまだクラスメイトの死を受け入れきれていない。仲が良かった訳では無いが、やはり半年以上共に過ごしてきた仲は断ち切りたくとも断ち切れなかった。
沈黙の中1人の生徒が立ちあがり、バッグを持って教室から出ていった。その1人を核として誘爆が連発し、1人、また1人と教室から出ていった。
担任の脚は震えていた。この場で1番逃げ出したいのは担任自身だからだ。自分が受け持っているクラスで死者が出た、それはいち教師としてとても嘆かわしい出来事である。
クラスメイトは徐々に数を減らし、最終的に残ったのは6人。その中には始と夢奏も混ざっている。
「みんなは大丈夫?」
担任の問いに、6人のうち3人が頷いた。
「……先生、あの3人……なんで死んじゃったんですか?」
続く沈黙を破ったのは始だった。
無論、始は3人の死因を知っている。死に様も見ている。わざわざ聞く必要なんてない。
「ごめんなさい……みんなには話せない……」
経由や殺害方法こそ知らないが、担任も3人がどのような姿で発見されたかを知っている。故にまだ若い始達には話せなかった。
「そうですか……夢奏、帰ろう」
「うん……」
始と夢奏も教室から出ていき、頷かなかった3人目の生徒もすぐ後に立ち去った。
生徒が3人だけになった教室を見て、担任はか細い声で「ごめんなさい」と呟いた。
望むのであれば真実を話してあげたい。しかし学校側はそれを良しとせず、結果的に担任は始の要望に答えられなかった。
この担任が教師になってから暫く経つが、恐らくここまで心を痛めたのは今までに無かった。
◇◇◇
教室を出た夢奏と始は真っ直ぐ家に向かって帰っていた。
正直なところ、夢奏も始も授業に集中できないような状態ではない。しかし少数の生徒しか残っていない教室で黙々とつまらない授業を受けるのであれば、他の生徒同様に帰った方がいいと考えたのだ。
「君達!」
「「っ?」」
手を繋いで歩く2人は、突如どこからか名を呼ばれた。周囲を見回せば、反対側の歩道に董雅が立っておりこちらを見ている。声は覚えていなかったが顔を覚えていた2人は、挨拶をするため一旦立ち止まった。
2人が気付き、董雅は道路を横切って2人の元へと駆け寄った。
「今日は学校じゃないのかい?」
「うちのクラスに限って、お咎め無しの早退が許されました。クラスメイトが死んだんです、授業に集中なんかできませんよ」
董雅に出会った時点で既に演技は始まっており、夢奏と始もクラスメイトの死でネガティブになっているように見せている。
「何か手がかりは見つかりました?」
「……いや、未だに犯人の特定には至っていない。ただ犯行が人間離れしているとしか……」
「……もしかして、人間じゃなかったりして……なんて、こんなこと考えちゃう程、今の俺って疲れてるんですね」
始は犯人を知っている。人間ではないことも知っている。にも関わらず、敢えて核心に触れるような発言をした。
知らないからこそ、怪物の存在を肯定するような発言をする。逆に知っている者に限って存在を否定する。始はそう考えているからこそ怪物の存在を肯定し、自分は無関係だと周囲に思わせる。
これは言わば始の処世術のようなものである。しかし戦士の存在は一般に知られていないため、仮に事実を話したとしても信じてくれない。
「無理もない。それに君達は実際に遺体を見ている。寧ろ今日学校に行こうという気になれただけでも十分すごい」
遺体、それも変死体を見れば、慣れていない人間であればトラウマになる。トラウマを抱けば食欲は失せ、無論数日は引き摺る。
それでも夢奏と始は家から出て登校した。
夢奏の家族の話を思い出した董雅は、夢奏が遺体を見ても精神が安定していることに納得した。しかし始のことは何も知らない。なぜここまで始の精神が安定しているのか、それは分からなかった。
「……刑事さんは、やっぱり死体とかには慣れてるんですか?」
「慣れてる……とは言えないな。いや、慣れちゃいけないんだよ。人の死は悲しいものだ……悲しみに慣れたら、人は人であることを忘れる」
董雅は一瞬だけ悲しい顔をした。まるで発言の中にあった「死」を思い出したかのように。
「……ほら、早く帰りなよ。事情知らない警察に見られたら補導されるからね」
「分かりまし……」
分かりました。そう言いかけた始だが、突如感じた焦げの臭いに思わず発言を中断した。
「……2人共、本当に早く帰った方がいい。ここにいると危険だ」
「どうしたんですか?」
「なんでもない。ただ……誰かが死ぬ匂いがする」
死ぬ匂いと濁した答え。この誤魔化し方は、始にある仮説を立てた。そして始はその仮説を確信へと変えるべく、董雅の隣に並び立った。
「この焦げ臭くて不快感しかない匂いのことですか?」
「そうだが……まさか君もか?」
始の表情と発言で、董雅は始が戦士であることを察した。
「……いや、それでも君達は学生だ。刑事である俺1人で行くから、君達は帰りなさ」
「帰りませんよ。誰かが死んでるかもしれないってのに、それを見過ごす訳には見過ごす訳にはいきません」
食い気味に話す始。その反応を受けて、董雅は始の中に宿る正義の心を感じた。氷のように冷たいが、硬く丈夫な心だと。
「夢奏、そこで待っててくれ」
「う、うん……気をつけてね」
始と董雅は周囲を見回し、鏡から出た鏡像を探した。
しかし細道。屋上。鏡の中。ありとあらゆる場所を確認したが、鏡像らしき姿は見当たらない。
もしかしたら、近くで誰かが何かを焦がしたのかもしれない。薄々そう感じていた時、董雅は鏡の中から外にでようとしている鏡像を確認した。
「見つけたぞ……鏡像!」
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