第7話 捜索

 翌日。

 董雅と山路、及び部下達で、予定通り休校となった学校の捜査が行われた。

 董雅を班長としたA班は、変死体が発見された校舎を。山路を班長としたB班は、また別の校舎を。部下の中でも最も位の高い男を班長としたC班は、校舎ではなく学校近辺を調査している。

 しかし調査を始めて1時間と数十分が経過した頃、何も手がかりが見つからないことに呆れた董雅はため息を吐いた。


「克巳、何か見つかったか?」


 同じく何も見つからない調査に飽き飽きしていた山路が董雅の元へ訪れ、自動販売機で買った缶コーヒーを手渡した。


「ダメですね。鏡像も見つけられないですし、匂いもしない。考えられる可能性は2つ。学校ここから離れ、既に別の場所に移動している」

「或いは、学校関係者によって既に駆除されたか。俺的には後者の方が有難いな」

「同感です」


 董雅と山路は缶コーヒーのタブを開き、冷たいコーヒーを口内に流し込む。


「どちらにせよもう学校に鏡像はいません。時間を無駄にはできませんし、そろそろ撤収しましょう」

「だな」


 山路は無線を使い、捜索中の部下達に撤収命令を出した。


「……ん?」


 スマートフォンに着信が入り、董雅は発信元の名前を確認して怪訝そうな表情で応答した。

 発信元は部下の1人である大久保。大久保は現在C班の班長として学校周辺を捜索しており、何か気になる事があった際には連絡するようにしている。

 即ち、何かあった。


「どうした?」

『……学校周辺の探索中、焼死体を見つけました』

「位置情報を送ってくれ。すぐに向かう」


 大久保は位置情報の送信準備を既に済ませており、董雅が発言を終えるとほぼ同時に情報が送られた。

 焼死体発見場所は学校から少しだけ離れた住宅街。しかし住宅街とは言え、古い家が立ち並ぶ閑静な場所であり、住民の殆どが老人である。

 董雅は自身の現在地から大久保の現在地までの距離を一目で把握し、廊下を走り抜けて階段を飛び降りる。軽やかで無駄のないスピーディな動き故、高所からの飛び降りでも怪我を負うことは決してない。


『火属性の仕業でしょうか……』

「恐らく……もしかしたら近くに鏡像がいるかもしれない。通話を切らず、随時状況を報告しろ」

『了解』


 董雅は大久保の元へと急ぐ。

 仮に焼死体が鏡像の被害者であるならば、その近辺に鏡像が潜んでいる可能性が高い。

 加えて、大久保は戦士ではない。もしも鏡像と遭遇すれば、高確率で大久保は殺されてしまう。もしもの状況になってしまった際に対応するためにも、董雅は急がなければならない。

 そう考えていた矢先、まるで悲劇へと向かうことが決まっているかのように、大久保は鏡像と遭遇した。


『鏡像発見!』

「逃げろ大久保!!」


 電話越しの命令を受け、大久保は鏡像から逃げるため走った。

 走れば自分の現在地は変わるため、大久保は走りながら現在地の移動を電話で伝えている。

 ただ怯えるわけでも、ただ逃げる訳でもない。警察の中で唯一鏡像と戦える存在、董雅に希望を託す。

 それは刑事としての連携への意識ではなく、戦う力を持たない弱者故の足掻き。胸を張れるような行為ではないことは理解しているが、悪を滅ぼすためにはプライドすらも擲つ考えを持つ大久保にとっては恥じる行為でもない。


(昨日見た2人の遺体は、見たところ水属性の力によるもの……ということは、今いるのは別個体か)


 鏡像による殺人は、その鏡像の特徴が残る。

 例えば火属性であれば、死体の一部や全体が焼かれている。水属性であれば、身体が部分的に水へと変化している。

 昨日殺された生徒Bは脳と眼球が溶かされていたため、一目で水属性の鏡像による犯行だと分かった。故に今日見つかった焼死体は火属性であると仮定した。


『ぐぁぁああああ!!』

「どうした!?」

『あ、足、が……焼かれ、ました……ひぃ、ひいあガガ!!』

「大久保!? おい!」


 大久保が奇声を発すると同時に、通話は遮断された。学校を出た董雅は鏡像の残り香を辿るが、未だに大久保を見つけられていない。

 だが距離は近い。このまま足を焼かれた大久保が留まっていれば、すぐに董雅は合流できる。

 焦り。董雅の脳内に嫌なイメージがぎる。

 合流した時には既に死んでいるかもしれない。既に焼かれているかもしれない。

 しかし董雅はネガティブなイメージを振り払い、助けるんだと自分に言い聞かせて走り続けた。

 そして鏡像から放たれる焦げ臭さが濃くなった時、董雅の視界に黒焦げの焼死体を持った老婆の姿が映った。


「おや、いい男じゃないか……」

「婆さんの鏡像か……っ!!」


 老婆の足下には大久保が使用していたスマートフォンが落ちている。そしてその隣には焦げの付いた手錠。

 それは大久保からのメッセージだった。この老婆の姿の鏡像に殺された、と。

 そのメッセージを受け取った時、董雅の視界から色が消えた。

 また親しい人間が殺されてしまった。また誰かを死なせてしまった。また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また……もう、嫌だ。


「……老人に刃向けるのは癪だが……お前は人間じゃないからいいよな?」


 董雅はスマートフォンの画面を暗転させ、鏡像の自分が写っている画面に手をかざした。

 鏡像の董雅は灰色の光に変化し、董雅は鏡の外に溢れた光を掴んだ。そしてそのまま光を画面から抜き出し、光は刀を模した。

 それはただの日本刀ではなく、鞘の無い70センチ程の匕首あいくち。刑事である董雅が鏡像と戦うために得た武器だが、刑事よりも暴力団に似合いそうである。使う者と使う物が合っていないように見えるが、董雅は戦えればなんでもいいと考えている。

 董雅は鋒を老婆の鏡像へ向け、怒りと殺意の篭った鋭い目で鏡像を睨む。その瞳は燃え盛る炎よりも滾り、分厚い氷河よりも冷たい。


「決めた。俺はお前の眉間に刃を突き刺し殺す。覚悟はいいか?」

「よくなくとも来るのだろう……全く、最近の若者は好戦的やの……」


 老婆は董雅に手のひらを見せ、何を思ったか笑みを浮かべた。その行動に董雅は疑問を抱き、混乱の最中僅かに油断してしまった。

 直後、老婆の手から高速の火球が放たれた。緊張感を保つ董雅であれば難なく回避できるはずだったが、一瞬でも油断したため反応が僅かに遅れた。

 火球は董雅のスーツを掠め、進行方向に存在しているブロック塀にぶつかった。ブロック塀は局部的に焦げたが、火災の心配は無い。

 火球が掠めたスーツの左袖は僅かに燃えているが、董雅は慌てることなく刀を地面に突き刺した。


「土よ、火を消せ」


 董雅がそう呟くと、噴水のように地面から大量の土が噴き出した。土はそのまま袖にかかり、燃え広がる前に袖の火を消火した。


「ほぉ、土属性かい」


 鏡像と戦士は、各々6属性に分類される。

 董雅は6属性の1つである土属性であり、主に土や地面を操る。

 土は火を消すことができるため、火属性の老婆相手にはとても相性がいい。


「この程度の火しか扱えないか……なら、能力を使うまでもない」


 董雅は鏡像に向かって走り、老婆は董雅に火球を放ち続けた。しかし董雅は全ての火球を回避し、徐々に老婆を追い詰める。

 距離が近付いても全く当たらない火球。老婆は焦った。しかし焦れば焦るほど集中は薄れ、遂には董雅の間合いに入ってしまった。


「死ね! 死ねぇ!!」

「愚かな……ふんっ!」


 回避すると同時に軸足へ体重を掛け、董雅は身体を回転させながら灰色の刃を斜め下へ振り下ろした。


「実体に背き人を殺めたこと、あの世で後悔しろ!」


 刃は老婆の右鎖骨から左脇までを斬り、老婆の身体を2分割させた。

 分断された老婆はガラスのように砕け散り、一片の欠片も残すこと無く消え去った。同時に、老婆の実体の近くにあった鏡が波打ち、映っていなかったはずの焼けた老婆が映った。死んだ鏡像が鏡の世界に戻ったのだ。

 董雅は再びスマートフォンを取り出し、刀を鏡の世界へと戻した。そして、焼死体となった大久保に歩み寄り、地に膝をついた。


「すまない……大久保……」


 また守れなかった。その悔いは涙となり、董雅の頬を流れ落ちる。

 その後、大久保と老婆の焼死体は回収され、大久保の死という衝撃の話題が署内を駆け回った。

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