第5話 虚偽
警察の取り調べを受けることとなった夢奏と始は、学校の応接室に軟禁された。
「じゃあまず
刑事の質問に、始は少し間を置いてから答えた。
「夢奏……えっと、いつもこの子と帰ってるんですけど、帰る前にトイレに行きたいって……俺は、ちょっと離れたところで待ってました」
ここまでは事実である。帰る前に夢奏がトイレに行きたいと言い、始は少し離れた場所で夢奏が出てくるのを待っていた。
「けどトイレから夢奏の声が聞こえて、何かあったのかと思って急いだら……うっ!」
顔が青ざめ口元を押さえる始。さながら今にも吐き出しそうな始を見て、取り調べを行っていた刑事は焦った。
「大丈夫!?」
「……だ、大丈夫、です……俺がトイレにいったら、既に2人は死んでて……夢奏は腰を抜かしてて……」
「そうか……じゃあ次は
夢奏は口を開かなかった。それもそのはず、目の前でクラスメイトが死んでいたのであればショックも受ける。刑事は夢奏に同情した。
「夢奏、話せるか?」
始の声に反応し、夢奏は声を震わせながら刑事の質問に答えた。
「まだ生きてました……掠れてたけど、まだ声は出てました……けど……」
「なるほど……君が到着するより先に、2人の生徒は何者かに襲われていたか……それが分かっただけでも十分だよ」
始は震える夢奏の肩に手を置き、座ったまま夢奏に寄り添った。
「……2人は恋人かい?」
「……家族です」
「家族? 兄妹かなにか?」
「……夢奏は両親を失って、俺の家に引き取られたんです。だから家族です」
「そ、そっか……辛いことを思い出させてごめんね」
2人の刑事は互いに見合わせ、僅かに頷いた後に始と夢奏へ微笑みを見せた。
「今日はもう帰っていいよ。もしかしたら、また今日のことを聞くかもしれないから、この電話からかかってきたら可能な限り応答して欲しい」
刑事は名刺を2枚取り出し、始と夢奏の前に差し出した。
「よければ家まで送るよ?」
「……夢奏、大丈夫?」
「……乗せてもらってもいいですか?」
「ああ、勿論。道さえ教えてくれればそれでいい」
始と夢奏は刑事の好意に甘え、パトカーでの帰宅が決定した。
刑事は2人を誘導してパトカーに乗せた。パトカーとは言えど、車種はシルバーのR33スカイライン。加えて取り調べをした刑事はスーツを着ている為、周囲の目を気にすることもなかった。
パトカーに揺られる始と夢奏は手を繋いでおり、気付けば夢奏は眠っていた。バックミラー越しにそれを見ていた刑事は、少しでも場を和ませるため始に声をかけた。
「始君……だったよね。夢奏ちゃんのどこが好きなの?」
「え?」
「お前何聞いてんだよ!」
「和ませようと思ったんですよ。あ、嫌なら答えてくれなくてもいいから」
予想もしていなかった刑事からの質問に、始は特に躊躇うことなく回答した。
「……夢奏は、元々不幸な子だったんです。学校ではイジメられて、家では家族から虐待を受けて……俺だったら耐えきれずに自殺してます」
「虐待……!? それって一体……」
「……殴る蹴るは当たり前。時には非人道的な虐待も受けたみたいです。特に俺が衝撃を受けたのは、父親に火のついたタバコを腹に押し付けられたってやつです」
小学生の頃、仕事で嫌なことがあったという理由から、父親に火のついたタバコを腹に押し付けられたことがある。
数ある虐待の中でも、特に夢奏のトラウマになっている出来事の一つである。
「今でも、夢奏の腹にはその時の痕が残ってるんです。それだけじゃない。痣も、切り傷も残ってる……言わば夢奏は傷だらけなんです」
2人の刑事は唖然とした。
華奢で大人しそうな夢奏の身体に、自分達でも耐え難い傷痕がある。そう考えただけで、刑事は悪寒に襲われた。
「それでも、夢奏は絶対に学校に来てた。家にも帰ってた。夢奏は俺なんか……いや、並の高校生なんかよりも強いんです。夢奏の強さに惹かれて……気付けば俺の生きる理由は夢奏になってました」
眠る夢奏を見つめる始の顔は優しく、傍から見ているだけの刑事達も始の愛を感じ取った。
「始君……今から刑事としてじゃなく、男として助言をする」
刑事は一瞬だけ渋い顔を見せたが、すぐに元の表情に戻した。
「愛した者のためには命を失ってもいいとよく聞くが、それは間違っている。仮に恋人のために自分が死ねば、残された恋人は確実に悲しむ。恋人を泣かせないためにも、命は失っちゃいけない。どんなに絶望的な状況に立たされても生きなきゃいけない。それが男だ」
刑事の言葉は、テレビなどで聞くような薄っぺらな言葉ではなく、言葉の一つ一つが鉛のように重く感じられた。そしてその重さから始は、この刑事は過去に何かがあったのだろうと察した。
「刑事さん……その言葉、今まで聞いてきたどんな名言よりも、俺の心に染みました。絶対に忘れません」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの……始君、夢奏ちゃんは君が守るんだ。いいね」
「……はい」
「ありがとうございました。送ってもらって……」
「いいよ、送迎するくらい何でもない。それよりここで良かったのかい?」
駐車したのは、東海林家の前ではなく近所にあるコンビニ。東海林家前は道が狭く、走り慣れている人でないと高確率でどこかにぶつかるか乗り上げる。
それだけではなく、始は近隣住民の目も考えた。仮に自宅前に停めれば、パトカーではないものの察しのいい人物には警察だと気付かれる。
しかしコンビニの前で下りれば誰も怪しまない。刑事の車と自分達の噂を考えた上での決断であるが、刑事達は自分達への配慮としか受け取っていない。
「じゃあ気を付けて帰るんだよ」
「はい。ありがとうございました」
刑事はコンビニの駐車場から出ていき、車が見えなくなったことを確認してから始は口を開いた。
「うまくいっただろ?」
「だね……それよりも、始の演技力に驚かされたよ。あの時本当に吐くのかと思った」
「死体見たくらいじゃ吐かないよ」
取り調べの際、始と夢奏は演技をしていた。
事前の打ち合わせの通り夢奏は、始の「話せるか」という合図を受けた時のみ口を開いた。それ以外では常に口を閉ざし、相当ショックを受けているのだと刑事に思い込ませた。
それよりも夢奏が驚いたのが始の演技力。始の演技は校内で教員を探すところから始まっており、汗や喋り方は勿論、
「帰ったらトイレの出来事を説明しよう」
「……お母さんと摩耶の前で?」
「ああ。何せ2人とも、さっきの鏡の怪物を知ってる」
「え……じゃあ、知らないのって私だけなの?」
「そうなるな。いや、本当は知らなくて良かったんだ……」
始は夢奏の手を引き、自宅へと歩いた。
◇◇◇
始と夢奏を下ろした後、2人の刑事は警察署へと向かっていた。
「
愛車でありパトカーであるスカイラインを運転していた
「そうですね……明日は学校を休みにして貰いましたし、徹底的に探しましょう」
克巳と山路は県警に務める刑事であり、他の刑事同様に事件が起これば行動する。
しかし2人を含めた数人の警察官、主に克巳は、ある特定の事件が起これば他の事件よりも優先的に回される。
その事件とは、ここ暫く多発している不審死。発見された死体はどれも奇妙な死に方をしており、とても人間には真似できないようなものまで存在する。
克巳達は不審死の通報があった際、死体発見場所から近辺に存在する鏡を観察する。なぜならば、不審死を起こした犯人を知っているからだ。
「見つけ次第、殺します」
始と同じく鏡像と戦う、戦士の1人である。
始と董雅はこれが初対面であり、互いに同類であることには気付いていない。
しかし近いうち、2人は再開する。
目撃者と刑事ではなく、戦士として。
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